第13話

 何故だ? 何故そうなる?


 目の前に立ちはだかる女丈夫、ラダマンテ。

 その後ろに、ヤバそうな武器を持った手下連中が十数人。

 キツい目で睨んでくるラダマンテのハスキーな声。


「人魚はこちらで預かった。人魚におかしな手出しはしていない。ギガベムス様から、厳しく言付かってるからね。そこは、配下にも徹底させている。ちょっと騒いだから、眠ってもらったけどね。それだけだから、安心おしよ」

 心乱れる名無しの頭の中を、ここ数日の動きがフラッシュバックする。


 ギガベムスを引っ張り出す。

 大凡の段取りは、ルルーナが決めた。


 表向きは、ルルーナのいつもの定期健診。

 その移動の過程に細工を仕込んで、彼女を移送。

 名無しがどこかで待ち受けて隠す。


 最終的にルルーナを敵さんも容易に手が出せない場所、例えば、名無しの住まう次元管理省の官舎にでも逃げ込ませれば良い。

 移動の過程も複雑にして、ギガベムス一味も簡単に追跡できないようにすれば安心だ。


 ルルーナの姿が消える。

 ブザレが騒ぐ。

 可愛いペットのために、ギガベムスが大騒ぎを始める。

 その動きを見張って、奴さんに突撃する。


 ルルーナの発案を受けて、名無しは彼女が行くという病院に、下見に出掛けた。

 病院の中にあるもので何が利用できるか、どう利用すると都合がいいかを細かく観察した。


 例えば、患者が着る入院着。

 これはクリーニング業者が集めていく。

 それが集まるバックヤードの、入院着の山の中にルルーナを隠す。


 運び出される。

 途中で待ち受けて、ルルーナを引っ張り出す。

 そして、別の移送ルートに乗せる。


 どこの何屋でもいい。

 とにかく荷物の中に潜ませ、移動させるのだ。

 それをまた待ち受けて、彼女を更に別の移送ルートに乗せる。


 その待ち受けと、別のルートに乗せるのを名無しが、あるいはチーリンでもいい。誰かが面倒を見て、最終的にルルーナを官舎へ連れていく。

 ギガベムスを誘き出して息の根を止めるために、と相談すると、チーリンも大乗り気で話を聞いてくれ、相談がまとまった。


 クリーニング業者にルルーナを運び出させた後、次元管理省行の荷物配送便のトラックと、クリーニング業者のトラックとを接触させる。

 次元管理省行のトラックはこの時、ルートを一時的に変更しなければならないが、そこはチーリンに工作して貰う。

 そして、ルルーナは次元管理省行の荷物が集まる集積場に送られる。


 ここで次元管理省を絡ませると、お役所絡みの仕事なので、途中で変な検閲だの何だの受けずに済む、という利点がある。

 そして、この荷物集積場からルルーナを引っ張り出して、今度は次元管理省行の郵便配達の車に移す。

 この荷物集積場、郵便物集積場で名無しが待ち受け、最後は名無しが官舎まで連れていく。


 終始、お役所絡みになるから、ギガベムス一味が覗き込んでくる心配もない。

 持つべきものは権威だ。

 クリーニング業者と次元管理省行荷物配送のトラックが接触する時は、チーリンが直々に面倒見る、と胸を張って請け負ってくれた。

 うまくやってくれるもの、と信じることにする。


 計画の段取りをルルーナに話し、予定の日に実行に移した。

 また病院に紛れ込み、ルルーナの検診が終わるのを待って、そっと彼女と連れ立ち、バックヤードへ。


「辛抱してくれ。すぐにまた会えるからな」

「キュンメル、信じる。絶対、うまく行く」

 そう言って別れ……。


 そして、想像もしない事態になった。

 上手く行ったというチーリンの連絡を受け、ルルーナを引っ張り出して郵便配達の車に乗せるために荷物集積場に来てみたら、忽ち取り囲まれてしまった。

 何故だ!? なぜ連中に作戦がバレている!?


 今そこを考えてもどうにもならん。

 名無しは必死に頭を切り替えた。

 命に換えても、彼女を取り返す。


 名無しは意識を集中して、辺りに素早く目をやった。

 <絶対戦闘術>で出来るだけ機敏に動いて、雑魚共を屠って逃げるか。


 いや、気を付けろ。

 馬鹿力の出せる姐さん、ラダマンテがいる。

 この姐さんの筋力を侮るな。

 そうかと言って、ここでいたずらに時を過ごしているワケにも行かない。


 凶悪な顔付きのラダマンテ。

 名無しを天国へ案内する気満々といった顔つきの手下たちが、ジリジリと包囲を狭めてくる。


「あんた、手練れだね。この間の戦いで分かったよ」

 怖い顔を崩さず、ラダマンテが言う。

 名無しは静かに返す。


「あんたも強い。あんたほどの力持ち、そうザラにはいない。組み合って、抜け出す方法は思いつけると思うが、その力……簡単には弾き返せそうにない」

 女丈夫がニヤリとする。


「あんたの首をへし折る前に、種明かしだけしとくよ。あの人魚……ルルーナちゃんだっけか。そのお友達の人魚、ペルーシャ。あんたとルルーナちゃんの、秘密の作戦会議を盗み聞きしてたのさ。ペルーシャ、ちょくちょくルルーナちゃんがギガベムス様に呼びつけられるの、きっと美味しい目に遭ってる、と思ってたんだ。下手したら、お妾にでも取り立てられて、玉の輿に乗るかも知れない。そんな特別扱い、させてなるものか。どこかのバカと何か悪巧みしてるって告げ口すりゃ、代わりに自分の待遇が良くなるかも。そう思って、聞き耳を立てたのさ」


 美味しい目なんて、とんでもない。

 詳しい事情を知らないとは言え、邪推にも程がある。

 名無しは腹立たしかった。


「ペルーシャが聞き耳を立てたったって、全部が全部、丸聞こえだったわけじゃない。断片しか聞き取れなかったんだよ。でも、“次元管理省の荷物”ってところが聞こえた。そこで、アタシたちも、無いアタマ絞った。次元管理省に運ばれる荷物の中に、ルルーナちゃんを隠すつもり。そう読んで、先回りして張り込んだのさ。溜まってる荷物。運ばれてくる荷物。配下総動員して、虱潰しに調べさせて、徹底的に見張らせた。集積場の作業員たちに、ちょっとした心付け渡したら、みーんな素直に協力してくれたよ。お陰で、ルルーナちゃんを難なく見つけられたってワケさ」


 誰しもにある功名心。

 それで背中から撃たれる。

 どこの世間に身を置いても、そういうのにやられる……。

 何とも言えない苦みが名無しの身を侵す。


「あんたと、勝負をつける」

 ラダマンテの生きているように見えるマントが、スルスルとまとまり、マフラー状になる。

 腰を落とし、構えた女丈夫の腕の筋肉が、グググッと異様に盛り上がる。

 鋭い殺気も飛んでくる。


「ただ殺すんじゃない。アタシの心義に従って、アタシのこの力で、あんたをねじ伏せる。そして、勝つ。勝たなきゃ、アタシの明日が無いからね」

 ラダマンテの声は真剣だった。


 この女丈夫は、武士の心を知っている。

 己の最大の力で、相手を純粋に撲殺する。

 それが彼女の“正々堂々”なのだ。


 名無しは、元いた世界で、宮本武蔵らしい人物と、剣技を磨くために汗を流し合った日々のことを思い出す。

 凄腕のヤツと、死ぬ心配などなく、思う存分力をぶつけ合う。

 その心地良さ。その清廉さ。


 このラダマンテとも、何の憂いもなく、互いの思う存分をぶつけ合えたら、どんなにスッキリするか。

 だが、それは叶わぬ夢。

 今、名無しは命の瀬戸際に立っている。


 死ねない。

 ルルーナの安全を確保するまで。

 そして、愛する妻(まだ式は挙げてないが、必ず娶ると決めている!)の元に帰るまで。


 やるか、大勝負。

 だが、必ず勝つ保証もない。

 せめて、ルルーナの居場所さえ分かれば……。

 名無しは仕込み杖を構えた。


 ジリジリとラダマンテが距離を詰めてくる。

 頭の中でカウントする。

 <絶対戦闘術>発動10秒前、9、8、7……。


 その時、歓声のようなものが響いた。

 それを聞き、ラダマンテがギョッとして、おやめ!と叫んだ。

 名無しの胸を、衝撃が襲った。


 息が詰まり……強烈な痛みが全身を包んだ。

 胸を何かに撃たれたのだ。

 意識が遠ざかる……膝が崩れる。


「あれほど手出しするなって言ったろ! 何故撃った!?」

 ラダマンテの痛切な声。

「すいません、姐さん。ボスの命令です。自分の手でディンギルス(飲んだくれ)の首っタマ掻き切るから、野郎を生かして連れて来いって……」

 部下がやけに陽気な調子で説明する。


「テメェ……!」

 ラダマンテの怒気が手に取るように伝わる。

 全くだ。そりゃあない。

 少しは部下の真剣さに敬意を払って欲しい……。


「も、文句は、ボスに言ってくださいよ。あっしゃあ、ボスの言いつけに従ったまでで……」

 そこで名無しの意識は途絶えた。

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