筆者の友人Y氏が生成AIの台頭によって筆を折った事例を最初に挙げ、生成AIについて多角的に論じた一作。
特に、過程なき結果、中身のない成果を欲しがる人間に対する考察・界隈ごとの各分野の生成AIへのスタンスのねじれについての考察が見事だ。
おそらく読んでいて耳が痛いと感じる人もいるのではないだろうか。
生成AIは(名前のイメージによるところも大きいだろうが)0から1を生むテクノロジーではなく、無数ある学習データのうちからそれらしいものを拾い上げデタラメに混ぜてキメラを作り出しているものであること、学習データのひとつひとつは人の手によって生み出された作品であるということを利用者はもっとよく考えるべきだし、考えたうえで使用不使用を決めるべきだろう。
創作者の端くれなら、作品を生み出し、送り出すまでの苦しみを知っているだろう。
たとえ分野が違えども、その苦しみは共通だ。
それでも、一瞬で完成する生成物は魅力的かもしれない。
だが、心を折られた人間が現に一人はいる。
そのことに心を痛めている人間もいる。
今後、生成AIをめぐる問題がどのようになっていくにせよ、今のうちに一人一人が自身のスタンスを明確にしておくべきだろう。
本作を参考に、是非ご一考いただきたい。
昨年、このカクヨム内のAI小説がランキングトップを取ったというニュースで、Web小説界隈で激震が走りました。
時間をかけて人の手で作った小説と、読者にとって評価される小説は全くの別物であるという事実が、改めて眼前に突きつけられたのです。
この作品は、近況ノートやXなどの宣伝で多く見受けられるようになった、AI生成イラストに触れながら1人の熱心な絵師が筆を折ったという事実から始まります。そして、生成AIを嫌う過程、AIイラストと他AI生成物との相違が語られていきます。
ぜひ、この作品を読んで、生成AIに対しての自分の立場を明確化してみませんか?
共存していくとしても、その過程を経なければ遅かれ早かれ、同じ問題に直面する。そんな気がするのです。