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  •  龐統の存在により、諸葛亮の天才性を高めつつ、また限界も示されているのが上手いですよね。
     諸葛亮の戦略により蜀は成立するも、三英傑はその後退場し、蜀は事実上に諸葛亮一人に支えられる。
    そして諸葛亮の病没と蜀の滅亡。
     諸葛亮と同格の人物が居たなら……。と想像の余地を残す人物ですからね。

  • 確かに曹丕が長生きしていたなら、晋ではなく魏が統一王朝として歴史に名が残ったかも知れませんね。
    後、詩才と政治力は別物なのですが、やはり(形式は整えたとはいえ)簒奪者として貶める逸話が残ったのでしょう。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    吉川英治氏の三国志を読む限りでは、魏のその後があまりわからないんですよね。その後、三国志に興味をもっていろいろ本を読んでいたら、曹丕をは、40歳で亡くなっていることを知りました。当時としては若死にとうものではないのでしょうが、後10年、50歳まで生きていたら、歴史が変わっていたのではないのかと思たわけです。

  • お話の通り政治には実務だけでなく、形式が整う必要があるので、その為の物語でしょう。
    呉に大敗し病を得た劉備が、諸葛亮に実際語れるだけの健康状態だったのかは微妙ですよね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    やはり、2000年近く前のお話なので、途中で多くの人が物語に味付けをしていっているように感じますね。
    実際には、もっと泥臭かったのだろうとは思いますが、有ったかなかったかなど別にして、こういった演出も含むのが三国志の魅力だと感じます。

  • 横山光輝先生の三国志の白帝城での劉備と孔明のやり取りは涙を流しながら読んだ記憶があります。

    それまでは、本宮ひろ志先生の「天地を喰らう!」のイメージが有ったので、最後に劉備が勝つ!と信じていただけにショックでした。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    僕が小説を初めて読んだときは、誰かから聞いて、結論は知っていたような気がします。結論がわかっていても、やはり諸葛亮を応援しながら読んでいましたが。

  • 糜芳の回でもそうでしたが、ドラクエ5を連想してしまいました。
    冒険初期から仲間となって、主戦力として活躍したメンバー。ずっとメインで使っていきたいと思いつつも、後から加入する面々は匹敵するかそれ以上に強いものが多く、ついついそちらが優遇されていき……。
    無理矢理例えれば、関羽は序盤加入ながらラストまで戦えるスライムナイト、黄忠は中盤加入の有力株ゴーレム辺りかなと。スライムナイトにしてみれば、ぽっと出のゴーレムとまったくの同格扱いではそりゃ忸怩たるものがあるでしょうね。あの戦いもこの苦労もこいつは経験してなかったのにと。
    糜芳は……早い段階から力不足が露呈するドラキーくらいか。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    ドラクエとの類似性は思いつきませんでした。
    確かにいろいろなゲームや小説でも序盤の仲間と後に登場する仲間では力量差があります。ゲームや物語は登場人物の感情は作者の思うままですが、現実では、人間の感情はそうはいかないでしょうね。


  • 編集済

    子供のころに古川版を読むも漢字が難しすぎて挫折し、横山先生の漫画でどっぷりはまって、大人になったからも三国志関連の書籍などをちょこちょこつまみ食している者です。

    三国志談義において、「劉禅」の「帝位」継承やその時代背景、顛末などが「幕末の徳川慶喜」のそれとどこか似ていると個人的に思うことはありましたが、第13話で「司馬懿と徳川家康の軌跡」の類似性、と言われて改めて「なるほど、そう来るか!」と感嘆しました。

    霧島様の、個々の切り口において現実的な着目点を挙げて論じられているのは新鮮でもあり、またその博識ぶりに「すごい」と感心するばかりです(中国の研究者界隈ではこんなやり取りが日々なされているのかもしれませんね)。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    家康の場合は「小牧・長久手の戦い」までは、信長の後継者争いに参入していたように感じます。
    ただ、秀吉に押し切られてからは、年齢的な面からも、難しいのではないかと感じていたのではないでしょうか。司馬懿もり年齢的には政権奪取は困難と感じていたとしてもおかしくはないと感じたわけです。
    人間の寿命はわからないもので、歴史というものはそう言ったことで動くものだと感じてしまいます。


  • 編集済

    「あの人に任せれば大丈夫」と「馬鹿には任せられない」が重なると実質的に権力が移行し、最後に形式が整う形で簒奪が起こるのでしょう。
    (上記の「馬鹿」とは無能ではなく、血筋の良い普通の人や現場の分からないエリートの事)

    そして簒奪者がシステムを作ってしまえば、システムが機能する間は正統性(大抵は血筋)さえあれば、誰でも機能する様になるのでしょう。

    蜀が安定し、システム作りがうまく行けば諸葛亮孔明の名の意味が変わったかもしれませんね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    何十年も戦争続きだったから、世の中の人々がもう戦争は勘弁してくれと思ったのかもしれないですね。その結果、もっとも有力で社会を安定してくれそうな人間に自然に権力が集中していったのかもしれません。

  • 私も三国志の中では趙雲が一番好きですね。
    彼の場合は、トップを張るより副将で光るタイプかと思います。 典型的な補佐が上手い人ですね。

    横山光輝先生の三国志でも、阿斗(劉禅)が趙雲に助け出された時にアレだけ劉備は感謝していたのに、それに報いた様子がなかったのは記憶にありました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    趙雲は劉備からは、特に蜀を立ち上げる頃は少し距離があったのではなかって、そんな気もします。
    でも、諸葛亮とは相性が良かったのではないでしょうか。

  • 趙雲は安定的に実務を担う人材として優秀なのでしょう。そして社内政治の基盤はない。
    こういう人物は使い勝手良く使われるので、作者さんとは意見が違い、現代でも評価はされずに取締役部長か平取締役止まりかと。
    関羽副社長、張飛専務、黄忠常務、馬超専務待遇(子会社社長)とは同格にはなれないと思います。
    ちなみに諸葛亮は社長室長とかですかね(笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    趙雲は僕は三国志の中で一番好きな武将です。
    物語ではいろいろ大活躍しているようには描かれていますが、実際はかなりの脚色が入っているのかもしれませんね。きっと野球で言えばいぶし銀の2番バッターとかという感じだったのではないでしょうか。

  • 馬氏が西涼の名家だったのが、大きい気がします。劉備は(怪しいながらも)さておき、関羽、張飛は血筋では敵いませんから……。
    血筋良く実力あれば(内心はともかく)異は唱えられないでしょう。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    おっしゃられる通り、馬超は現代的な感覚でいうと、吸収合併した会社の元社長という感じだったのでしょう。当然、馬超のもとにはその社員的な武将も多くいるし、処遇としては上位に来て当然だったのでしょう。
    蜀が出来上がっていく過程での人事配置には劉備も相当頭を悩ましたのではないでしょうか。

  • 確か、横山光輝先生の「三国志」では、関羽が馬超のことを孔明に聞いたら「馬超は張飛とは良い競争相手に成りますが、ヒゲ殿(関羽)が気にするようなことではありません」と返事をして、関羽が気を良くするシーンが記憶にあります。

    横山光輝先生の創作だと思いますが、関羽のプライドを上手くコントロールするのに孔明も大変だったのでしょうね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。馬超は外様なんですが、黄忠よりさらに外様なんですよね。関羽とは重ならない世界線にいたのではないのでしょうか。
    ただ、正史ではこの辺りあまりわからないんですよね。

    編集済
  • 三国志を「義」ではなく「名分と政治戦略」として読み直している視点がはっきりしていて、エッセイとしての軸がとても強い作品でした。歴史解釈としても読み物としてもバランスが良いですね。 (⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

    面白かったので、★★★とレビューを進呈いたします(⁠人⁠ ⁠•͈⁠ᴗ⁠•͈⁠)

    もしよかったら、私の作品も読んでいただき、面白かったら★★★をいただけたら嬉しいです(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)

    先生と繋がっていきたいので
    作者フォローよろしくお願いしますm(_ _;)m

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    フォローさせていただきました。
    少しづつ読まさせていただきます。
    今回の三国志の解釈は、ちょっと冷めた目線ですが、昔からちょっと自分が思っていた考えをまとめているものです。
    2000年近い前の話ですので、いかようにも解釈できるところが面白いところですね。

  • 創業生え抜き組と中途採用組、年功序列と成果主義。
    組織の問題はこの頃から変わってないのですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    吉川英治三国志を読んだときに、ここ怒る場所かなって不思議に思っていました。
    今の年齢になって考えると、新興勢力である蜀が優秀な人材を外部から集めるときには、それなりの待遇が必要だった、また、従来からの生え抜き組は当然不満が出るという構造が良く見えてきます。

  •  新興国家の組織的矛盾の表面化。魏、呉、に比べ官僚組織が弱く武官の発言力が高すぎだった気がします。もちろん創業期には必須ですが……。
     単にパワハラが祟って殺されただけでも、張飛という創業メンバーの死は蜀漢にはダメージだったでしょう。
     政治的、軍事的に呉への報復が必要だったとしても、関羽の喪に服すなどと称して国力をためておけば、もう少し違った結末になった気がします。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    政治と軍事が切り離され文民統制になったのは近世になってからで、中世くらいまでは、優れた軍人が統治をするという時代が世界中で普通の状態でした。国家の拡張期はそれでも問題ないのでしょうが、優れた軍人が優れた行政官とは限らないので、劣勢になると一気に問題が表面化するのではないでしょうか。

  • クーデターには成功したが、後が続かなかった武将。
    でも、あまり悲劇の武将としてのイメージがないのは物語で悪役にされたからですかね。
    そういえば、一頭の馬だとしたら、赤兎馬の寿命と全盛期が長すぎるのも物語ゆえですし。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    呂布は物語でもそうですが、政治的な才覚がなかったのでしょうね。結局は反董卓連合からうまく使われていただけだったようにも感じます。

  • スタートアップ企業の部長が転職する事にした。
    スカウトしてきた人材が優秀で居心地が微妙だし、他の古参幹部の待遇からして、明るい展望は見えない。
    でも、円満退社の為に表向きの理由は「親の介護」
    待遇は下がるが、母の住居に近い会社に「泣く泣く」移ると言って退社した。
    これを美談に盛った感じですかね?
    う~ん。策士だなぁ(笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    徐庶は諸葛亮を劉備に紹介したという、その一点で演技という物語中では重要な役割を与えれれていたのでしょう。
    ただ、単純に魏に任官したとなれば、徐庶の人間性が薄くなってしまいます。だから、演出が必要だったのだろうなと思います。

  • ​蜀と魏の「圧倒的な国力差」という現実的な視点からの考察、とても納得です。司馬懿の「負けなければいい」という徹底した防衛策が、いかに理にかなっていたかがよく分かりました🤔💡
    ​そして、なぜ諸葛亮が勝ち目の薄い北伐を繰り返したのか——「魏の内紛」という現実的な勝機と、「蜀が蜀であるため」の国家の理念だったという背景に胸が熱くなりました😭
    ​単なる勝敗を超えた、諸葛亮の覚悟と三国志の深い人間ドラマを感じられる素晴らしい文章でした!👏🔥

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    歴史を俯瞰して見ていると、国家が無謀な戦争に突っ込んでしまうことは繰り返されています。
    諸葛亮が果たして勝算があったのでしょうか。聡明な諸葛亮のことなので、科姫は薄いとわかっていたのでしょうが、ギリギリ細い糸をだぐり寄せようとしていたように僕には見えます。

  • ​第1章、めちゃくちゃ面白かったです!✨ 子供の頃に読んだ時と、大人になってから振り返る時の「視点の違い」にすごく共感しました🤔
    ​特に、劉備の「出自の曖昧さ」を逆手にとった強みという考察は目からウロコでした!😳 圧倒的な力を持っていた曹操が皇帝になれなかった理由も、当時の「名分」や「血筋」の重みを踏まえると非常に納得です👏
    ​単なる「義の人」というだけでなく、政治的なしたたかさを持った劉備の姿がとてもリアルで魅力的ですね。三国志の奥深さを改めて実感できる、素晴らしい考察でした!📚💖

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。何せ2000年前近くの話です。一次資料をもとに、後年、どんどん話が盛り付けられているのでしょうね。ココに研究者の余地と、小説家の自由があると思います。

  • なろう系に歴史上の人物へ転生ありますが、関羽の同僚と張飛の部下はハードでしょうね(笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    関羽、張飛に限らす、この時代は本当にハードでしょうね。何か失敗すれば、まさに命に直接かかわりますからね〜

  •  諸葛亮は過労死したとされるぐらいの人物だから、野心家ではなくとも、精力的人物かと。(晴耕雨読はポーズでしょう。)で、仕官にあたり、3度面接をして、今で言うベンチャー企業の社長、劉備の熱意と発展性を測っていた気がします。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    諸葛亮が数ある有力者の中から、劉備をなぜ選んだかは少し謎ですよね。今回も書いていてちょとと引っかかっていた点でした。確かに面接しあっていたという感じだったのかもしれませんね。

  • 国力差あるのに徹底抗戦論唱える有力者は古今問わず厄介ですね。
    まだ「降伏はせず、嫌がらせは続けましょう」ぐらいの方針なら穏健派も妥協点見いだせそうですが。
    降伏後の態度は劉禅の方が正しいですし。

    まぁ、今川氏真の様に全く統治や争いには向かなかった可能性もありますが……。(文化的指導者として重用されて、今川家は明治まで残ってますけどね)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    劉禅はちょっとだけ、
    新しい政府にはまったくさかわらないという事で徳川慶喜を僕は思い出させます。劉禅にはあの答えしか無かったのではないでしょうか。

  • 道化を演じ続けなければならない悲哀……そう考えると劉禅は悲しい皇帝だったんですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。劉禅は三国志内では悪役にさえなり得ていませんでしたよね。物語をしめる損な役回りでした。

  •  諸葛亮亡き後を見るに、蜀も対外戦争に討って出なければ瓦解するしかなかった様に見えます。それでも方針転換をして国力を蓄えれば、もう少し国は保てたかもとは思いますが。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    現代的な視点で行くと、中華思想のもとでは蜀は瓦解する運命だったことが見て取れます。当時の人々はどう思っていたのでしょうか。想像は膨らみます。

  • 劉備は冷静に見ると、初期は傭兵隊長でしかないですから……。
    でも、その頃日本は縄文後期から弥生時代(地方による)と考えると、びっくりします。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。日本では魏志倭人伝の時代ですもんね。卑弥呼がいてた時代のお話ですよね。

  • 子供の頃、本宮ひろ志先生の「天地を喰らう !」が私が最初に出会った三国志でした。
    例の如く、中途半端で終わったので、最後に劉備が勝つと信じていました。

    社会人に成り、横山光輝先生の「三国志」60巻を大人買いをして数日かけて読んでみたら……

    若い頃は劉備率いる蜀漢が好きでしたが、「蒼天航路」などを読んで曹操に魅せられ、家庭用ゲーム恋姫†無双で孫権のファンに……

    ミーハーな私です (笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。「天地を喰らう !」読みました。世界感だけ取り入れて、原作完全無視ですよね。
    三国志はイロイロな本は読み漁りましたが、60巻におののいて横山光輝先生のものは読んでいません。
    読んで無いのですか、演義では無い正史三国志は中身は、やっぱりかなり違うらしいですよね。