夜の台頭
次の日、目が覚めるといつの間にかロビーのソファで眠ってしまっていた。
隣には幸せそうな寝顔の陽がいる。
昨夜のことを思い出し、また顔が熱くなった。
やっぱり、陽のことを好きになってよかった。
彼は私の想いを否定せずにそのまま受け止めてくれた。
中学の頃、私は同じように無邪気で明るい人に恋をしたことがあった。
彼もまた、私と付き合ってくれた。
けれど、彼は裏切り者だった。私への告白はただの罰ゲーム――いわゆる「嘘告」だったのだ。
いつの間にか彼だけでなく先生も、クラスメイトも、親でさえ私を冷たい目で見るようになった。
くだらない噂を聞いただけで親までもが手のひらを返すなんて信じられなかった。
噂はさらなる噂を生み私は自分の殻に閉じこもって一人で生きていくしかなかった。
そんな私に声をかけてくれたのが葵だ。葵はとても優しくて可愛い。
それと同時に、誰からも恨まれない彼女を私は羨ましくも思った。
彼女が私の味方をした瞬間、周囲の態度は一変した。
今まで私に石を投げていた人々は謝罪するでもなく、あろうことか今まで擁護していた彼に石を投げ始めたのだ。
見事なまでの手のひら返し。彼らには私の気持ちなど分かっていない。ただ、新しい
ああ、本当に人間はくだらない。
それでも、隣にいる彼だけは違う。
陽は誰のことも傷つけたくなくて、クラスメイトが喧嘩した翌日には、いつも心配で目に隈を作っているような人だ。
そんな彼がいるのなら人間という生き物も、少しばかりは美しいのかもしれない。
醜くて、けれど美しい。だから陽がいる限り、私は私でいられる。
「……夕?」
いつの間にか起きていた陽が覗き込んでくる。
「うん、大丈夫。陽がいてくれてよかったなって思っただけ」
「なんだそれ。反則じゃん」
照れ隠しに笑う陽を見て、私まで恥ずかしくなってしまった。
――その時だった。
ゴゴゴゴゴ、と何かが崩れ落ちるような重苦しい音が響いた。
「は!? なんの音だよ」
「キャー!!」
ロビーにいた他の客たちもパニックに陥る。
陽はすぐに、近くで泣きじゃくる小さな子供をあやしに駆け寄った。
私にできることは……まずは、葵を探しに行くことだ。
「陽! 私、葵を探してくるね」
「おう! 任せたぞ」
ロビーを走り回り、ようやく葵を見つけた。
「葵! 大丈夫?」
「あ、夕。私は平気。今の音、たぶん近くの道路が陥没した音だと思う」
「え……やばくない?」
「うん。まずは陽のところに戻ろう」
「それから夕、おめでとう。お幸せにね」
「なんでもう知ってるの……?」
「だって、ロビーに幸せそうなカップルがいるって噂になってたよ」
「え、恥ずかしいな……」
そんな会話をしながらロビーに戻ると、ちょうどホテルの従業員が状況を説明しているところだった。
道路の陥没により、帰路が完全に断たれたらしい。
「どうするの? 帰れないじゃん!」
「そんなこと俺に言われたって知らねぇよ」
「もうどうしたらいいの……」
怒号と泣き声が入り混じり、現場はひどい有様だった。
そこへ子供をあやし終えた陽がやってくる。
「葵も無事でよかった。さっきの館内放送、聞いたか……?」
陽の話によれば、このあたりはあまりに辺鄙な場所で、帰るための道が一本しかない。
おまけに警察の所見では、道路は人為的に爆破された可能性があるという。
「このホテルが何かしらの事件の舞台になっているかもしれないので、最大限の警戒を――」
そんな恐ろしい内容だった。
「私たち、どうするの?」
「一旦ここで落ち着いて生活するしかないな……」
「そうだよね……」
珍しく、葵にも陽にも元気がない。私は努めて明るく振る舞った。
「ねえ、一旦部屋に戻ってみんなでUNOしようよ!」
「……そうだな! 考えててもどうしようもない。せっかくの旅行なんだから楽しもうぜ!」
「おー!」
よかった。少しだけ活気が戻った。
◇◆◇
しばらく部屋でカードゲームを続けていると、突然ホテルのアナウンスが響いた。
『宿泊客の皆様にお知らせします。警察の捜査により、爆破犯は現在ホテル内に潜伏しているものとみられます。これから順次、取り調べを行います。』
「このホテルの中の誰かが……か」
「まるでメタな推理小説みたいな展開ね。これが夢だったならどんなに良かったか」
「とりあえず、部屋から出る時は必ずまとまって行動しよう」
そのあとは、意外にも何も起きなかった。
陽が持ってきたお菓子や遊び道具のおかげで暇を持て余すこともなく、いつの間にか時刻は23時を回っていた。
葵は疲れて、すでにベッドで眠っている。
その時だった。
廊下からけたたましい赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
陽が瞬時に反応し、部屋を飛び出す。
「待って!!」
慌てて後を追ったが、角を曲がったところで給仕さんにぶつかってしまった。
「すみません!」
「いえいえ、大丈夫よ。気をつけてね」
一瞬の足止めの間に陽の姿を見失ってしまった。
赤ん坊の鳴き声も、もう聞こえない。
「陽――!!」
葵を叩き起こし、三時間近くホテル中を探し回った。
オーナーにも手伝ってもらったが、そこで奇妙な事実が判明した。
「このホテルには、現在中学生以下のお子様はいらっしゃいませんよ」
おかしい。昼間、陽があやしていた子は明らかに幼かったはずだ。
嫌な予感が頭をよぎる。
いつの間にか外は白み始め、雪が静かに降り続いていた。
私の意識は、深い疲労に沈んでいく。
そして夜は一層、その輝きを増していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます