第18話 誓約

「――読んだぞ、誓約の錬金術師殿」


 メメルルたちを見送ったラピスが戻ると、リュカは困惑の滲む顔でそう言った。

 

「いかがでしょう。殿下がここに入れないこと、私が外に出られないことをご理解いただけましたか?」

「理解した。だが……意味の分からないダンジョンだな」

「ええ、それはもう!」


 ラピスは目を輝かせ、そう言葉を返す。


「何らかの制限があるダンジョンは知っているが、他の場所を模倣し、その造りを変えるダンジョンなど聞いたことがない」

「そう! その通りです、殿下! しかもこのダンジョンの攻略クリア条件は、 『願いを叶えないと出られない』というもの」


魔物討伐隊の副隊長であったリュカは、おそらくダンジョンに入ったことがあるだろう。だからこそ、このダンジョンのに困惑を覚えているのだ。

 

 現在、ダンジョンは自然発生説が主流だが、ラピスはそれでは説明のつかないダンジョンがあると思っている。

 このダンジョンのような、稀にある『意味の分からないダンジョン』がその一つだ。

 

 このダンジョンは『願いを叶えないと出られない』という条件が設けられ、中に入った人間の『願いを叶えるため』ダンジョンが助力する。

 果たして自然に発生したダンジョンという場が、そんな条件を伴うだろうか。


「このダンジョンには意図がある。意思と言い変えてもいい。でも、『願いを叶えないと出られない』なんて意味が分からないでしょう? 一体それが何のためなのか、何の得になるのか、なぜダンジョンがそんなことをするのか! だから専門家である私が研究するのです!」


 ラピスは目を輝かせて言う。

 これは、ラピスがダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作るための絶好のチャンスなのだ! と。


「確かに……変わり者の天才であるあなたにしかできないか。分かった。調査は誓約の錬金術師殿に任せよう」

「お任せを!」


「ラピスったら、変わり者って褒められてないのよ?」

「今さらだろ。オレたち使い魔を複数持ってることからして変わってるんだからさぁ」


 テティとセティはラピスの足下で、ボソボソとそんな言葉を交わす。

 ラピスは錬金術の天才だが、色々な意味で変わっているのだ。

 

「ところで、誓約の錬金術師殿。は大丈夫なのか?」


 リュカが一歩前に出る。ダンジョンに弾かれるギリギリ、扉の前でラピスをまっすぐ見つめ、小さな声で言った。

 ラピスと使い魔たちにしか聞こえないくらい小さな声だ。リュカの後ろで成り行きを見守る、町長に聞かせないためか。


「あの誓約が、口約束ではない魔術契約ということを、殿下はご存知なのですね」


 ラピスはカラッと笑う。

 リュカが言っているのは、初代アストルム家当主が女王に誓った〝天から星が降る日まで、決して命に背かずお仕えする〟という誓約のこと。

『誓約の錬金術師』の名を継ぐ者は、その誓約も受け継ぐ。

 

「オレも一応、王位継承権を持っているからな。概要は聞いている」


 万が一、王に突然の不幸があった時に備えているのだろう。

 リュカが『誓約』を理解しているのなら話は早い。ラピスは心の中で「よし!」と拳を握る。

 

 今、『誓約の錬金術師』ラピスには、新王から『錬金術師アストルムに、基本調合液、他、求められる基本素材の作成を命じる。』という命令が下っている。

 王都を出てダンジョンに入ったラピスは、その命令に反している状態だ。


『誓約の錬金術師』にとって王命は、魔術で縛られた絶対のもの。背くことは許されないし、背くことはできないはずだ。

 だが、もし無理を押して背いたなら、違反者には重いペナルティが課される。代償を支払うのだ。


「誓約の錬金術師殿。ペナルティは平気なのか。誓約の代償は、死の呪いに匹敵するのでは……」

「ええ。でも、私にペナルティが課されることはありませんよ」


 ラピスはニマリと笑う。

 ラピスは、『誓約』の抜け穴を見つけたのだ。

 

 ――『誓約の錬金術師』を継承して五年。

 その穴に気が付き、現状に不満を抱えつつも、ラピスは王への期待をこめて『誓約の錬金術師』としての在り方を守ってきた。

 

 しかし、その期待は新王にも裏切られてしまった。

 だから誓約の塔を飛び出した。

 

「殿下。誓約はとうに無効です。初代が誓ったのはに、ですから」


 ラピスが抑えた声で告げると、リュカは目を見開いた。


「メテオリテ王国は代々、女王が治めてきた。ですが、ここ三代は男王ですね」

「まさか……」

 

 リュカの言葉にラピスは頷く。


「『誓約の錬金術師』が仕えると誓った、女王はいない」


 ラピスはニヤリと笑った。

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