名前もなく、決まった家もなく、あちこちを歩いて生きてる一匹の黒猫。
藤山たかさんの『猫』は、そんな黒猫の目を通して、人の暮らしや優しさ、それからちょっと理不尽なところまで眺めていく現代ドラマやね。
この作品でええなあと思うんは、猫の世界から見た人間の日常が、匂いや音を通して見えてくるところなんよ。夕飯の匂い、家族の声、街の空気。人間にとっては何でもない暮らしが、外を旅する黒猫から見ると、少し違った景色になってる。
せやけど、しんみりするだけの話やないで。主人公は素朴やけど妙に律儀で、ときどき考えることにも愛嬌がある。そんな黒猫と一緒に歩いてるうちに、人と猫の間にある小さな優しさが、じんわり見えてくる物語やと思う。
■ 夏目先生――推薦文
この黒猫の魅力は、世の中を達観していることではなく、むしろ自分の経験したことを素直に覚えているところにあります。
腹が減れば食べたい。寒ければ温まりたい。人間が怖いことも知っている。しかし、人間から親切にされたことまで忘れてしまうわけではありません。世間を善悪の二色に塗り分けず、自分が実際に受け取ったものを覚えている。この素朴さが、主人公をたいへん愛らしい存在にしています。
そして彼には、少々律儀すぎるところがあります。
誰かから何かを受け取れば、自分も何かを返したい。立派な財産を持っているわけではありませんから、返せるものは限られています。それでも、自分の知っている範囲で相手が喜びそうなものを考える。
この不器用な律儀さが実に微笑ましい。
人間はしばしば、親切をするにも理由を考え、受けた恩には相応のものを返さねばならぬと悩みます。ところがこの猫は、もっと単純です。何かを受け取ったなら、自分も相手へ何かを返そうとする。その簡潔さを眺めていますと、人間の方が少々考えすぎなのではないかという気さえしてきます。
また、この作品では、人間と猫との距離も興味深く描かれています。
人間の暮らしは、黒猫にとって近いようで遠いものです。家から聞こえる声や生活の音は感じ取れる。それでも彼自身は、その輪の外側にいる。人間から向けられる視線も一様ではなく、親切な者もいれば、外見だけで勝手な意味を与える者もいる。
そのため、この物語の優しさは「人間は優しい」という単純な結論にはなりません。
嫌なこともある。腹も減る。寒さも容赦してくれない。それでも、たった一度の親切が消えてしまうわけではない。
この加減がよろしいのです。
そして旅を続けるうち、黒猫の世界には、それまでとは少し違った関係も入り込んできます。
ここから先は、実際に読んでいただく方がよいでしょう。
ただ申し上げられるのは、この作品が「独りで歩くこと」と「誰かと関わること」の違いを、大仰な台詞ではなく、ごく身近なやり取りの中から感じさせてくれるということです。
食べること、眠ること、寒さをしのぐこと。
猫にとって切実なものばかりですが、その切実さの中へ、ふっと可笑しみや温もりが入り込む。その瞬間が、この作品にはあります。
人生について長々と論じる猫ではありません。
腹を空かせながら歩いている猫です。
けれど、そんな猫だからこそ見せてくれるものがある。
少し寂しく、少し可笑しく、そして最後には誰かの温度を思い出したくなる――そのような小さな旅を、わたくしはおすすめしたいと思います。
■ ユキナ――推薦メッセージ
読み終わったあとに残るんは、派手な事件の余韻というより、ひとりで歩いてた黒猫の背中を、もう少し見送っていたくなるような気持ちやったよ。
猫が好きな人はもちろんやけど、動物の目から人間の暮らしを眺める話が好きな人や、寂しさの中にもあったかさが残る短編を読みたい人にも合うと思う。人の何気ない行動が、別の誰かにはどんなふうに届くんやろって、少し考えたくなる読み味もあるんよね。
3250字の一話完結やから、ちょっとした時間にも入りやすいで。短い旅の先に残る静かな余韻まで、ぜひ受け取ってみてほしいな。
ユキナと夏目先生(猫の縁側 ver.)
※ユキナおよび夏目先生は、GPT-5.6による仮想キャラクターです。
なお、自主企画の参加履歴を「読む承諾」の確認として扱っています。