第三話 ギルド
第三話 ギルド ①
視界を遮るもののない平原の向こうに、かつての共和制ブルクトの栄華を象徴する三層の城壁が姿を現した。
オリオンとカイが目指していた聖都ルミナスである。
ブルクト帝国が、三百年前に首都をカエザンティノープルへ遷した後も、至高神を信奉するユピテル神殿が新たな権威となり、この地は聖都として変わらぬ輝きを放ち続けていた。
聖都ルミナスは南から北へ向かってせり上がる丘全体が都市となっており、その最上層に白亜のユピテル神殿が鎮座している。神殿の北側は目も眩むような断崖絶壁となっており、その眼下には広大なルミナス湖が鏡のような水面を湛えていた。湖の中央に浮かぶ深い緑の離れ小島こそが、ウィス騎士評議会の開催地である。
最上層の城壁内は、最北に位置するユピテル神殿から中央広場を囲むように区分され、東北に総督府、東南に旧元老院議事堂や公立図書館などの公共施設。西南に建国以来の功臣の邸宅が建ち並ぶ貴族街。西北に聖職者とその関係者の居住区が設置され、この都市の支配層が集合している。
最上層にある三つの門から階段を下りると市民たちが暮らす第二層だ。
第二層は最上層よりも広く、東に近隣領主たちの邸宅が建ち並ぶ傍ら、南の商館では様々な商取引が行われ、西の軍団宿舎からは兵士たちの訓練の音が聞こえてくる。
市民の中でも経済的に豊かな者たちが住まう区域として計画されており、選挙で選ばれる聖都ルミナスの長官が勤務する政庁が設置されているのもこの層だ。
さらにその下の第三層も城壁で区切られており、そこには一般的な市民の居住区だけでなく、各種職能ギルドが統括する職人たちの工房や事務所が密集し、都市の経済圏を支えていた。
だが、整然と区分けされた街並みの一方で、第三層には歪みも見られる。
北東にある闘技場や馬車競技場はかつての熱狂を失って静かに朽ち始め、東南の隅にある一画には、市民権を持たない人々が簡素な柵に囲われて身を寄せ合っていた。
中でも異彩を放つのは、第三層の西門の外に広がる光景だ。そこには
オリオンとカイが、そんな都市の南門に到着したのは夏が始まろうかという季節だった。
ブルクト帝国が発行する通行手形を持っている者は、手形の提示のみで入国できるが、手形を持たない者は、この門で衛兵に持ち物を検査され、期限付きの入国許可証が与えられる。
その際、規定の長さを超える刃渡りの武器は没収されてしまうため、門の外には底値で武器を仕入れようとする商人たちの露店で溢れていた。
「そこの兄さんたち、手形は持ってるかい?持ってないなら背中のものは没収されちまうよ」
カイはともかく、オリオンの目立つ獲物は、そうした商人たちから目をつけられ、城内に持ち込むための取引を持ちかけられることになる。
手形を持つ商人の「商品」として門を通過させ、入国した直後に買い戻すという、一種の持ち込み代行だ。
もちろん、商人たちも慈善事業ではない。売値と買い戻し価格の差額が、そのまま彼らの手数料として消えていくことになる。
「武器持ち込み税を取ればいいんじゃないか?」
カイに限らず、この門に到達した者は誰もがそう思うことだろう。だが、武器の持ち込み禁止というルールが、利権を生むための「名目」として機能している以上、門番たちは「商人たちから賄賂をもらうために職務に精励する」という状態となり、是正しようという意見はかき消されることになる。
二人の目的は、亡きグラダスから託された宝珠を、ウィス騎士評議員のエレンに届けること。それと見習いカイの叙任を審査する評議会を開催してもらうことだ。門番には「巡礼・観光」とだけ伝えることになるので、武器は没収されてしまうだろう。
やむを得ず、一番売値と買値の差が小さい露商を見つけ、バルカ金貨十枚の出費で武器を運んでもらうことにした。
到着して早々、聖都の洗礼を浴びた二人だったが、真の障壁は城壁の厚さではなく、その内側に張り巡らされた「取次ぎ」という名の見えない網の目だった。
「紹介料がバルカ金貨三十枚だと……?」
オリオンは宿屋「
まず外国人・寄留者管理組合で余所者としての厳格な身元照会を受け、護民官の事務所、聖域管理ギルド、公益協会を巡らされた挙げ句、果ては聖域観光案内人ギルドにまでたらい回しにされ、ようやく得られた回答があまりに無情だったからだ。
ウィス騎士は聖都の行政機構に属する役人ではなく、俗世の権力から距離を置いて精神の研鑽に励む在野の名士たちだ。もし、オリオンの師であるノーヴェムが存命であれば、同じ騎士として、また古くからの知己として、何の障壁もなくエレンへの面会は叶ったはずだ。
しかし、既にノーヴェムはこの世になく、オリオンとエレンの間にほとんど面識はない。今の彼らは、聖都の住民から見れば「出所の定かでない旅人」に過ぎない。
また、防犯上の理由により、多くの有識者が紹介状のない客を門前払いしていることが、こうした名士への橋渡しを複雑な利権構造へと変質させていた。
目的の人物までの知人を辿るうちに発生する礼金を一つずつ金で買い取っていく経費が、バルカ金貨三十枚という数字となって二人の前に立ちはだかったのだ。
「聖都に住まう方々は、金や権力では動きません。だからこそ、彼らに繋がる『縁』を買うには、それだけの対価が必要なのですよ」
宿屋の主人は、困惑する二人を眺めながら、どこか事務的に言い放った。
手持ちの資金、バルカ金貨十八枚程度では、最初の一歩を踏み出すことさえ叶わない。
二人は、聖都の秩序が作り出した強固な「取次ぎの壁」を前に、まずはその通行権を手に入れるための活動資金を稼ぐ必要に迫られた。
オリオンとカイが途方に暮れていると、その様子を見た宿屋の主人が、いくつか羊皮紙を持ってきた。
「金が必要なら、冒険者ギルドの仕事を受けてみてはいかがですかな?」
宿屋の主人が羊皮紙の束を見せつける。
「仕事を斡旋していただけるんですか?ありがとうございます」
カイが反射的にお礼を述べた。
「条件に合う仕事があれば、ですが……」
「なるべく短期間で、そして現金で支払ってくれる依頼がいいんですが……」
カイの条件を聞き、宿屋の主人は羊皮紙の束をめくっていく。
「そうですねぇ……最近は不景気ですから、即日現金での支払いは……お、これなんかどうです?」
宿屋の主人がカイに見せたのは『ゴブリン退治:剣士、後一名募集、報酬バルカ金貨十五枚、四日後支払い』という依頼だった。
「あ、これ良さそうですね。でも一人しか募集してないのか……」
カイが依頼内容に難色を示す。
だが、師匠であるオリオンがカイに指示を出した。
「いいんじゃないか、この依頼。カイ、これはお前が受けろ。俺は条件の合う仕事がないみたいだから他の宿屋を当たってみる」
「わかりました」
オリオンが他の宿屋に向かおうとすると、何かに気づいて動きを止めた。
宿屋の主人に聞かれないよう、小声でカイを諭す。
「言っておくが、ギルドの依頼を受ける間はウィス騎士見習いであることは伏せておけよ?」
「……そうですね。ペテレの追手に伝わったら面倒ですもんね」
カイも小声で応じた。
「そうだ。俺たちの行動など、吟遊詩人の格好の餌食だからな。ひとたび英雄譚として尾ひれがつけば、為政者どもは社会の不満を逸らすための広告塔として俺たちを利用しようとする。あのペテレの追手にも、余計な足跡を残してしまうことになる」
ウィス騎士の武勇が語り草になればなるほど、それは民衆の熱狂を呼び、同時に権力者による「大衆操作の道具」へと変質していく。それを嫌うオリオンの言葉には、騎士としての矜持と、世俗の泥沼に対する強い警戒が滲んでいた。
「わかりました。ただの雇われの魔法剣士として立ち回ります」
カイが頷くのを確認すると、オリオンは今度こそ宿屋を後にした。
カイは改めて宿屋の主人の方を向き、依頼を受けたい旨を伝える。
「わかった。じゃあこれを渡すので、今から、南の通りにある『
宿屋の主人は、依頼書と簡単な地図が書かれた羊皮紙をカイに渡した。
「わかりました」
そう言って、カイも宿屋を後にした。
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