『お隣のゆるふわ美少女が、なぜか俺の部屋でくつろいでいる件 〜「ごはん、まだですか?」って、君は俺の飼い猫かなにか?〜』
第55話:大学で「二人で買い物に行くと完全に新婚さん」と友人に冷やかされ、否定する湊と満更でもないひより。
第55話:大学で「二人で買い物に行くと完全に新婚さん」と友人に冷やかされ、否定する湊と満更でもないひより。
第55話:大学で「二人で買い物に行くと完全に新婚さん」と友人に冷やかされ、否定する湊と満更でもないひより。
大学の昼休み。学生たちでごった返すカフェテリアは、あちこちから話し声や笑い声が飛び交い、活気に満ち溢れていた。
俺はいつもの指定席となっている窓際のテーブルで、日替わりの唐揚げ定食をかき込む同じ学部の友人、大樹(だいき)の向かいに座っていた。
「いやー、今日の午後の講義、マジでだるいな。佐倉、ノート見せてくれよな」
「お前なぁ、たまには自分でノート取れよ」
そんなくだらないやり取りをしていると、不意に、周囲の男子学生たちの視線が一点に集まるのがわかった。
「湊くーん! お待たせしました!」
パタパタと小走りで駆け寄ってきたのは、淡いピンク色のブラウスに白いフレアスカートを合わせた、我が大学が誇るゆるふわ美少女――白雪ひよりだった。
彼女の手には、購買で買ってきたらしいメロンパンと紙パックの紅茶が握られている。
ひよりは迷うことなく俺の隣の空席にちょこんと腰を下ろすと、「ふぅ」と一息ついてから、満面の笑みで俺を見た。
「購買、すっごく混んでました! でも、湊くんの好きな焼きそばパン、ちゃんと買えましたよ! はいっ」
「お、サンキュ。わざわざ悪いな」
「えへへ、どういたしまして。あと、これ。湊くんのお弁当箱、ちゃんと洗ってきましたからね」
ひよりがトートバッグから取り出したのは、俺が昨日彼女のために作ってやった『特製・生姜焼き弁当』の空箱だった。
それを丁寧にハンカチで包んで返してくる姿は、どう見ても『彼氏に手作り弁当を作ってきた彼女』、あるいはその逆の親密すぎるやり取りにしか見えない。
「…………っくくっ」
向かいの席で唐揚げを頬張っていた大樹が、肩を震わせて笑いを堪え始めた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いや……お前らさぁ。本当に、いつまでその『ただのご近所さん』設定を突き通すつもりなの?」
大樹はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、俺とひよりを交互に指差した。
「この前さ、夕方に駅前のスーパー行ったんだよ。そしたら、お前らが二人で買い出ししてるのを見かけてさ」
「……っ!」
俺の背筋に、嫌な汗がツーッと流れた。
「俺、彼女と一緒にいたんだけどさ。うちの彼女がお前らのこと見て、『ねえ、あの二人、すっごく幸せそうな新婚さんだね』って言ってたぞ」
「し、新婚っ!?」
俺は思わず裏返った声を出し、飲み込みかけたお茶をむせそうになった。
「違う! あれはただの買い出しだ! 食費を浮かせるための合理的な共同出資で……」
「いやいや、無理あるって」
大樹は呆れたようにため息をつき、箸で俺を指した。
「佐倉が重いレジ袋を持ってやってて、白雪ちゃんが『今日はお肉にします? それともお魚?』って聞いてただろ。で、佐倉が『昨日魚だったから肉だろ』って答えて」
「…………」
「白雪ちゃんが『じゃあ、鶏肉のトマト煮込みがいいです!』って、佐倉の腕にすげえ笑顔で抱きついてた。……あれのどこが『合理的な共同出資』なんだよ。完全に、今夜の献立を相談してる新婚夫婦のオーラだったぞ」
周囲のテーブルの何人かが、大樹の言葉にウンウンと深く頷いているのがわかった。
もはや、俺たちが『ただのご近所さん』だなんて設定を信じている人間は、このキャンパス内に一人もいないのかもしれない。
「そ、それは……こいつが勝手にくっついてくるだけで、俺は……っ!」
俺が必死に弁解しようと、隣に座るひよりの方を振り向いた、その瞬間。
普通なら、ここで「誤解ですよ!」と顔を真っ赤にして否定するところだろう。
だが、隣に座るひよりは。
「えへへ……新婚さん、ですかぁ……」
両手で自分の真っ赤になった頬を包み込み、身をよじらせて、たまらなく嬉しそうに身悶えしていたのだ。
「お、おいひより! お前、なんで否定しないんだよ!」
「だってぇ……大樹くんの彼女さんに、そんな風に見えてたなんて……えへへ、すっごく嬉しいです」
ひよりは上目遣いで俺を見つめ、蕩けるような甘い笑顔を浮かべた。
「あの時、湊くん、私のわがまま聞いて、すっごく美味しいトマト煮込み作ってくれましたし。……本当に、毎日が新婚生活みたいで、幸せだなぁって……」
「〜〜〜っ! お、お前なぁ!」
「ほーら見ろ。白雪ちゃんは完全に認めてんじゃん」
大樹が腹を抱えて笑い転げている。
「佐倉、もう観念しろよ。お前ら、どう見ても結婚間近のカップルにしか見えねーから。早く白黒つけちまえよ」
周囲からの容赦ない冷やかしと、全く否定する気のない(むしろ肯定して喜んでいる)ひよりの態度。
俺は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われ、ただ無言で焼きそばパンにかじりつくことしかできなかった。
夕方。
講義をすべて終え、西日が差し込むキャンパスの帰り道を、俺とひよりは二人で歩いていた。
「……お前なぁ。昼のあれ、なんでちゃんと否定しなかったんだよ」
俺が呆れたようにため息をつきながら小言を言うと、隣を歩くひよりは少しだけ唇を尖らせた。
「だって、本当のことだもん。私たち、一緒にご飯のメニュー決めて、一緒に買い物して、一緒にご飯食べてるんだよ? 新婚さんみたいに見られるの、当然じゃないですか」
「お前なぁ……そういう無防備な発言が、周囲の誤解を招くんだっていつも言ってるだろ」
「誤解じゃありません!」
ひよりはピタリと足を止め、俺の前に回り込むようにして立ち塞がった。
オレンジ色の夕日を背に受けた彼女の表情は、いつものゆるふわなものとは少し違い、どこか真剣で、挑発的だった。
「……ねえ、湊くん」
「な、なんだよ」
「湊くんは……私と一緒に買い物して、新婚さんみたいに思われるの……嫌だった?」
ひよりは、俺の顔を覗き込むように、真っ直ぐに俺の瞳を見つめてきた。
その潤んだ瞳の奥には、不安と、そして確かな期待が入り混じっている。
先日、俺が高熱を出した夜。
彼女が俺の耳元で囁いた『早く、奥さんにしてね』という決定的な一言が、不意に脳裏にフラッシュバックした。
彼女はもう、隠す気なんてないのだ。
俺たちの関係を、ご近所さんという便利な箱の中から、次のステップへと進ませたがっている。
俺は、言葉に詰まった。
ここで「嫌だ」と言えば、きっと彼女は傷つくだろう。
でも、「嫌じゃない」と言ってしまえば、俺は完全に敗北を認めることになる。
数秒の、永遠にも似た沈黙。
俺は視線をそらし、頭をガシガシと掻いて、小さく息を吐いた。
「……嫌だとは、言ってないだろ」
「――――っ!」
俺がボソリと呟いた瞬間。
ひよりの顔が、夕焼けの空よりもさらに赤く染まり、その瞳にパァッと明るい光が灯った。
「ほんと……? 湊くん、ほんとに嫌じゃない……?」
「ああ。……だからって、あんまり調子に乗るなよ」
俺が照れ隠しに早歩きで歩き出すと、ひよりは「えへへっ!」と弾けるような声を出して、小走りで俺の隣に並んできた。
そして、迷うことなく俺の右腕に自分の腕を絡め、ぴたりと体を密着させてきたのだ。
「ちょっ、お前……キャンパスの中だぞ!」
「いいじゃないですか! だって湊くん、新婚さんに見られても嫌じゃないって言ってくれたんだもん!」
ひよりは俺の腕に頬を擦り寄せ、これ以上ないほどの幸せそうな笑顔を向けた。
「ねえ、湊くん。今日の夕飯、何にしますか? またスーパーに寄って、新婚さんごっこしながら帰りましょう?」
「……お前ってやつは、本当に」
俺はため息をつきながらも、腕に絡みつく彼女の温もりを振り払うことはできなかった。
外堀は完全に埋められ、周囲の目も完全に『夫婦』として定着してしまった。
「ただの隣人」という俺のささやかな抵抗は、彼女の圧倒的な愛情と包囲網の前に、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
俺が白旗を揚げて、彼女の手を完全に握り返す日は。
もう、そう遠くない未来まで迫っているのだった。
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