拝読しました。
東京出張の一夜を描いた短編ですが、派手に感情を叫ぶのではなく、食事や匂い、距離感のずれでじわじわ読ませる作品でした。
最初は、上司との出張という仕事の延長にある話として始まります。
本社でのやり取りや、普段は見えなかった自分の仕事が評価される場面には、少し浮き立つような感覚もある。
だからこそ、その後の高級な鉄板焼きの場面が効いていました。
慣れない店。
甘い食前酒。
きらきらしたグラス。
ガーリックライスの匂い。
美味しいものを食べているはずなのに、どこか少しずつ自分の輪郭がぼやけていくような不安がありました。
この作品で印象的だったのは、「何かが決定的に起きた」というより、主人公自身がずっと「なんで?」と思っているところです。
嫌だったのか。
流されたのか。
自分にも気持ちがあったのか。
それとも、ただその場の空気に連れていかれただけなのか。
はっきり言葉にできないまま残る違和感が、とても生々しかったです。
上司の描き方も上手いと思いました。
優しいようにも見えるし、慣れているようにも見える。
気遣っているようでいて、こちらの境界線には踏み込んでくる。
その曖昧さが、主人公の混乱とよく重なっていました。
そして最後に残る、匂いの描写が良かったです。
東京に全部置いて帰りたいのに、身体や記憶には残ってしまう。
ガーリックライスという少し可笑しみのある言葉が、読み終える頃にはやけに重く感じられました。
恋愛とも、不倫とも、単純な過ちとも言い切れない。
でも、確かに何かが変わってしまった夜。
短い中に、大人の関係の苦さと、言葉にしづらい後ろめたさが残る作品でした。