第49話 アヴァロンの心臓と、腐れ縁の招待状
うっそうとした緑のトンネルを抜け、黒鉄の馬車が急に開けた空間へと躍り出た。
そこは、アヴァロンの森の最奥部にして中心地――「聖都大樹(せいとたいじゅ)」。
「……まあ。なんて巨大な……」
馬車の窓から身を乗り出したアイリスが、感嘆の声を漏らした。
彼女の視線の先には、天を衝くほどの巨大な一本の樹がそびえ立っていた。幹の直径だけで帝都の城壁を丸ごと飲み込めそうなほどの圧倒的な質量。太い根や枝には無数の家屋が寄生するように建てられ、まるで樹木そのものが一つの都市を形成しているかのようだった。
「これが、アヴァロンの心臓……。噂には聞いておりましたが、大自然の神秘とは恐ろしいものですわね」
ルネもまた、圧倒されたようにため息をつく。
だが、御者台に座るガルドの目には、その「神秘」は全く別のものとして映っていた。
「……神秘、ねぇ」
ガルドが目を細め、「構造視」を起動する。
モノクロのグリッドが視界を覆うと、苔と樹皮の分厚い層の下に隠された「真実」が浮かび上がった。
そこにあったのは、木目ではなく、無機質な超硬合金の装甲板。枝に見えたものは空を突き刺すような巨大な排気ダクト群であり、根だと思っていたものは地下深くへと伸びるマナの吸い上げ用パイプラインだった。
「シルヴィア。あの大木の化けの皮、正体は何だ」
ガルドがコンソール越しに問う。
『……解析完了。……対象は、第一紀・広域環境維持用……「セクター・コントロールタワー」。……外装防壁に、変異性の寄生植物が……長期間にわたり、着床・増殖した結果……現在の「樹木」のような形状を、形成したものと推測されます』
「つまり、ただのデカい『工場(プラント)』に、雑草がこびりついてるだけか。……あいつら、工場の煙突に家を建てて喜んでるってわけだ」
ガルドが呆れたように鼻で笑い、馬車を広場へと停めた。
その時だった。
「――そこまでだ、帝国の者たちよ」
広場を囲むように、深緑の法衣を纏った数十人の僧兵たちが音もなく現れ、馬車の進路を塞いだ。彼らが手にしているのは、ただの杖ではない。先端に鋭い魔力(マナ)の刃を纏わせた、実戦用の魔導槍だった。
「な、なんですの!?」
ルネが慌てて馬車の扉を開け、外交官としての威厳を取り繕いながら前に出る。
「無礼ですわよ! 私たちは大帝国より遣わされた聖者一行……」
「わかっている」
僧兵の群れを割って、一人の老人が歩み出た。
その身に纏う法衣は、辺境の村の指導巫女たちとは比べ物にならないほど豪奢で、顔には傲慢なシワが深く刻まれている。アヴァロンの最高意志決定機関、『賢人会議』からの使者だった。
老人は、ルネを完全に無視し、御者台のガルドを鋭く睨みつけた。
「我が聖都へようこそ、帝国の『聖者』殿。……賢人会議より、貴殿らに対する出頭命令が下った。直ちに議事堂へと向かってもらおう」
「出頭命令だと?」
ガルドは煙草をくわえたまま、見下ろすように笑った。
「ずいぶんと物騒な歓迎じゃねぇか。お偉いさん方の晩餐会に呼ばれたってツラには見えねぇぞ」
「……白々しい」
老人の顔が怒りに歪む。
「辺境の村で、貴殿らが何を行ったか。……聖なる杖を無残な鉄屑へと貶め、あまつさえ森の怒りを不浄な光で切り刻んだ暴挙。すでに報告は届いているのだ」
ルネの顔から、さぁっと血の気が引いた。
(やはり……! リナさんの村でのあの一件、完全に『異端審問』の対象にされていますわ!)
「これは招待ではない。聖なる森の調和を乱した罪を問う、『弾劾』である。……さあ、来るがいい。我ら賢人の裁きを受けるために」
老人が杖を鳴らすと、僧兵たちがじりじりと包囲を狭めてきた。
逃げ場はない。アヴァロンの中心部で、圧倒的なアウェーの状況。
「ルネ……どうしましょう」
アイリスが不安げにルネの袖を掴む。
「……っ……どうするも何も、行くしかありませんわ……!」
ルネは震える手でポーチを探り、常備している胃薬を三粒まとめて口の中に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
「帝国の威信に懸けて、異端審問などという理不尽、この私がすべて撥ね退けてみせますわ……!(できれば穏便に!)」
悲壮な決意を固めるルネをよそに、ガルドは面倒くさそうに首の骨を鳴らし、愛用の巨大なスパナを肩に担ぎ上げた。
「弾劾裁判ねぇ。……上等だ。その偉そうな賢人サマたちが、どれだけデタラメな神様を拝んでるか、見学させてもらおうじゃねぇか」
緑の迷宮の最奥部、第一紀の巨大な遺跡(プラント)の腹の中へ。
偽りの聖者一行は、アヴァロンの支配者たちとの対決の場へと足を踏み入れた。
第49話・完
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