第29話 麦ちゃん生誕祭(前編)




 6月30日――記念すべき、麦ちゃん17回目の誕生日がやってきた。


 これまで俺は乃亜たち日下部軍団のメンバーと連携して、サプライズパーティーの準備を密かに進めていた。


 この日は平日だったこともあり、予定通り放課後に集合する。


 昨日の夜遅くまで皆で飾り付けをしていたから、会場である俺の狭い部屋は現在、普段とは見違えるような活気に包まれていた。


「陽太、クラッカーの準備はいい? もうすぐ澪が麦を連れてくるから」


 誘導役の端波さん以外は、既に玄関でクラッカーを手にスタンバっていた。


「でもやっぱり、この距離で打つのは危険じゃないか……? 麦ちゃんにもしものことがあったらと思うと……」


「直接狙うワケないでしょ? バカなの?」


「だってこの前は、乃亜のクラッカーが俺の顔面に向かってきてたけど……」


「それはアンタだから遠慮しなかっただけ。もし麦に当てたら殺すから」


「先に聞いておいてよかったよ……」


 前回、誕生日を祝われる側だった際も得体の知れない緊張を感じたものだが、今回祝う側に回ってみてもまた違った種類の身の引き締まる思いが全身を駆け巡る。


 ――麦ちゃんは、喜んでくれるだろうか。


 あれから、俺は麦ちゃんと和解はしたものの、未だ元通りとは言えない状況だった。


 この誕生日会を通して、俺と麦ちゃんの間に流れる微妙に気まずい空気感を払拭することが、今回の俺の裏テーマでもあるのだ。


「あ、澪から連絡きた……もうアパートの前ついたって……!」


 乃亜の報告を受け、俺たちは息を呑んでその時を待った。


「夏目っち、きたよー」


 予定通り、端波さんの気怠げな声が玄関の奥から聞こえる。


「鍵開いてるから、入ってきていいぞ!」


「だってさ。うちはここ来るの初めてだから、麦っちから先に入ってよ」


「え……う、うん。でも、夏目君は私も一緒にいるって知ってるのかな……?」


「いいからいいから。ほらほら」


 これも作戦通り、端波さんの芝居だった。ガチャリとドアノブが回された扉の前で待ち構えていた俺たちは、ニヤリと顔を見合わせる。


「お、お邪魔します……」


 ――パァーン!!!!!!


「麦(ちゃん)、ハッピーバースデー!!!!!!」


 目の前の5人と後ろの端波さんから突如鳴らされたクラッカーの爆音に、体が固まった麦ちゃんが放心状態で立ち尽くす。


 少し遅れて、麦ちゃんは正気を取り戻した。


「えっ……な、なんでみんないるの!?」


 未だ状況が掴めていない本日の主役に、乃亜は優しい笑顔を向けた。


「まだわかんない? 陽太の時もこうして祝ったでしょ? お誕生日おめでとう、麦」


「おめー!」

「おめでとう!」

「みんな麦っちの為に準備してたんだよ?」


「麦ちゃん、誕生日おめでとう」


「あ、そ、そっか……お誕生日をお友達に祝って貰うの久しぶりで……その、驚いちゃった。あの、ありがとうございます……」


 今日のことを予想すらしていなかったのか、畏まって深く腰を折った麦ちゃん。そんな彼女へ向けて、乃亜はサプライズの成功に安堵したかのような和やかな表情で言う。


「麦まであの時の陽太とおんなじようなこと言ってるし。ねぇ麦、早く入りなよ! 麦の好きな苺のショートケーキもあるよ?」



 こうして総勢7名で始まった麦ちゃん生誕祭だったけれど、やはりこの大人数で集まるには、俺の部屋はちと狭すぎた。


「あつ〜い。ねぇ夏目っち、窓開けていい?」


「ど、どうぞ……」


「あれ〜、もう飲み物ない感じ? なんか減るの早くない?」


 そんな空間に無理やり詰め込まれたものだから、女子たちとの距離は自然と近くなり、室温は上昇していく。みるみるうちに俺の部屋は女の子の匂いで充満していった。


 そんな空間に居づらくなった俺は、この場所から一旦離れる決意をした。

 

「あ、なら俺買ってくるよ!」


「じゃ、じゃあ私も――」


 そう言って、俺とほぼ同時に立ち上がった麦ちゃん。


「でも、麦ちゃんは主役だし……買い物くらい俺1人で大丈夫だから」

 

「連れてってあげればいいじゃん。麦が行きたいって言ってるんだし」


「そだよ〜」

「あたし、チョコとポテチ食べたーい」

「ここ狭いし、2人でゆっくりしてくれば?」


 まるで俺と麦ちゃんをここから追い出したいと言わんばかりに、女子たちは皆ニヤニヤと俺に含みのある視線を送っていた。


 これまで散々鈍いと言われた俺でも、今回ばかりは彼女たちの言わんとしていることが容易に理解できてしまった。


「じゃ、じゃあいこっか。麦ちゃん……」


「うん……」


「いってら〜」

「ごゆっくり〜」


 ケラケラと冷やかすような笑い声に包まれた家を出ると、俺と麦ちゃんは同時にお互いの顔を見合わせる。


「なんか、気を遣わせちゃったかな……」


「そ、そうだね……」


 彼女らのあからさまな態度に、麦ちゃんも何かを感じとっていたようだった。


「あんまり早く戻っても文句言われそうだし、買い物の前に、せっかくだからどこか行きたいとことかある……?」


 俺がそう尋ねると、麦ちゃんは遠慮がちな上目を向けた。


「あのね、夏目君……私、どうしても今日行きたいところがあるんだけど、いいかな……?」


「も、もちろん……」


 麦ちゃんに連れられてきたのは、俺たちが初めて出会ったバス停だった――。


 

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