三十年ぶりに父の存在を運んできたものは、謝罪の手紙でも遺言でもありません。
市役所から届いた、固定資産税の「請求書」でした。
母と自分へ凄惨な暴力を振るった父。主人公の中では、とうの昔に死んでいたはずの男です。
悲しくもない。嬉しくもない。
ただ事実として受け止めるだけだった心の真空へ、古びた家に遺された数十冊のノートが、主人公の知らなかった三十年間を流し込んでいきます。
死亡通知、診療明細、戸籍謄本、遺産分割協議書――。
各話に掲げられた無機質な書類の名称とは裏腹に、その一枚一枚から浮かび上がるのは、恐怖、孤独、後悔、そして、あまりにも不器用な人間の情でした。
この物語が誠実なのは、父の過去や事情が明らかになっても、その罪を美談で塗り替えないことです。
誰かにとっての恩人が、別の誰かにとっては、生涯消えない傷を刻んだ加害者でもある。
人間の一面を知ったからといって、それまでに受けた痛みまでなかったことにはできません。
それでも、理解することと許すことを混同しないまま、主人公の凍りついた心に、ほんの小さな変化が生まれていく。その繊細な動きに、胸を強く揺さぶられました。
最後に彼が選ぶのは、愛でも赦しでもありません。
三十年間、自分を縛り続けた過去を終わらせるための、最後の「手続き」です。
許せない相手の人生を知ることは、自分に何をもたらすのか。
安易な感動や和解へ逃げることなく、家族と人間の複雑さを描き切った、重く、痛く、そしてどこまでも誠実な物語です。
どうか最後の一頁まで、主人公が過去の呪縛から歩き出す瞬間を見届けてください。