繋がる無線 切れる糸

 無線はノイズ混じりながらも、どうにか音を繋いでくれた。


【ガガッ……こちら楯矛海上保安局……どの島からの通信ですか?】

「ああ! ありがとうございます。こちら早生間島で撮影をしておりました……」


 山田は踊り出したい気持ちを堪え、どうにかこの数日のあらましを伝えた。

 プロデューサーが殺されてしまい撮影中断してしまったこと。次々と不審死が発生し、疑心暗鬼になってしまっていること。プロデューサーを引き継いだ自分がなんとかして、生き残っているキャストを連れ帰りたいが、救助はいつになったらできるのかなど。

 それに対して、海上保安局は心底申し訳なさそうに告げてくる。


【ガガッ……申し訳ございません……ガガッ……現在、台風が近付いている関係で船も救助ヘリもすぐには出せないのです】

「そんな……台風? 台風近付いているんですか!?」

【はい……そちらの南南東の島は通過しませんが、沖縄周辺は接近します。早くても……ガガッ……明日早朝になるかと思われます】

「今日一日は完全に無理……なんですね。でもわかりました。預かっているキャストには伝えておきます」

【ガガッ……ただ……お気を付けてください……そちらに不審死が続いている件ですが】

「はい」

【死刑囚が脱獄し、現在海上保安局も捜索しております……ガガッ……現状船を出しての捜索はできませんが……そちらの不審死に……ガガッ関係あるかもしれま……ガガガガガガガガッピー…………】

「ああっ、もしもし! もしもしぃー……!!」


 それ以降はうんともすんとも言わず、無線が反応してくれなくなってしまった。

 山田は橘と顔を見合わせる。


「……何度考えてもおかしい柿ノ木さんの死因だが……これでほぼ特定……だな」

「はい……ただ、榎本さんの死因だけは、わかってませんが」

「ああ……あの柿ノ木さんの死に方はひと突きで、どう考えても殺し慣れている動きだったが……榎本さんは違った」


 首を紐かなにかで縛られた末の絞殺だが。ひとつだけ気になることがある。


「あのう……榎本さんの絞殺死体ですけど……」

「なんだ? なんか思いついたか?」

「いえ。ただ、あれは縄じゃなかったなと思って」


 縄であったのなら、縄の食い込み跡がなければ絞殺できないはずだが、それにしては絞殺跡は妙につるりとしていた気がする。

 橘は「んー……」と腕を組んだ。


「そんな都合よくあるか? 絞殺できるほどの長さがあって、絞められるもの」

「そこなんですよね……そういえば、死刑囚が脱獄したのは本当だったみたいですけど。これキャストに伝えても大丈夫なんでしょうか?」

「……これは伝えないほうがいいと思うんだよなあ。明日には助けが来るんだったら、尚更余計なことは言わずにそのまま黙っていたほうがいいような気がする」

「……わかりました。ひとまずはその方向で」


 ひとまずプレハブ小屋にいる女性陣ふたりに声をかけてから、コテージにいる面々に声をかけに行くことにした。

 明日になったら帰れる。長い船旅であったとしても、ここで死体とずっと一緒に暮らすよりはよっぽどマシだった。

 ……そもそもが、死刑囚が脱獄してこの島にいるという、非現実的な現実に、そう長々と耐えきれるものではない。


****


 山田たちがコテージに行こうとしている中。コテージは騒然としていた。


「なんや音無さん。ずっと部屋に篭もっとったと思ったら家出したん!?」

「どうしましょう……ここ、まだ死刑囚が逃げているかもしれないのに!!」

「もう見捨ててよくないですか? いくらなんでもわがまま過ぎですし!」

「それは……ちょっとよくないかも……」


 人数の減ったキャスト陣だけで探し回っていいものかもわからず、結局は「行って戻ってくるだけやったら安全やろ。自分が山田さんたちに言うてくるわ!」と杉野が言い出したことで、意を決して高岡が「私も行きます」と言い出し、やはり全員騒然とする。


「そんな! 高岡さんはいてくれないと困りますよ!」

「そうや、高岡さんはあかんて!」

「ですが、このままだと危ないですし……」

「……ええっと僕、杉野さんと行きます」


 佐々木がおずおずと手を挙げて言い出すと、それに三枝が目を吊り上げて、ドンドンドンと佐々木の背中を叩く。


「あったり前でしょ。自分だけ安全圏にいるのやめなさいよ」

「イダイ……別に自分だけそんなつもりは全くないんだけど」

「……あたしだって、これ以上人が死んだら後味悪いって思うし」


 その三枝の言葉に、コテージ内は静けさが落ちかけるが。それに高岡が手をパンパンと叩いた。


「とりあえず、皆が無事に戻ってこられるよう、食事の準備しましょう。三枝さん手伝ってくれる?」

「は、はい……っ!」


 ふたりは昼間に食べた海鮮鍋の残りを使ってブイヤベース風のスープをつくり、あとは皆が帰ってきてからパスタを茹でる準備をはじめたのだった。


****


(本当に……馬鹿しかいないんだもの。やってられない)


 崖には、風が流れると都合のいいように靡く潮風が吹く。普段の音無だったら、潮風を浴びて歩くなんて、肌と髪に悪いことはまずしないが、今はそうしたい気分であった。自棄を起こしたいと言ってもいい。

 愛し合ったはずの御室は死んでしまった……ろくでなしの男とは思うものの、テクニックだけはあった。あれは相当遊び慣れているし、婚約者は苦労するだろうことが忍ばれた。その男が、いともたやすく死んでしまったのだ。

 それに音無は苛立ちが止まらなかった。

 探偵ごっこをするスタッフたちにも、知らぬ存ぜぬを貫き通す他のキャスト陣営にも。なによりも。ただ、音無は恋をしてみたかっただけだというのに、恋と呼ぶには禍々しい感情に直面し、それでより一層嫌気が差していたのだった。


(恋が綺麗なもんじゃない。そんなことは知っているわ。私がこの島限定の恋人にしようと思っていた御室さんだってろくでなしだったし、そんなものを後生大事に最後の恋としておいておく気もないけれど、でも駄目ね。何故かしら。殺したくて殺したくてたまらなくなるの)


 音無は、未だかつて覚えたことのなかった独占欲と執着に塗れて、吐き気を催していた。

 彼女は子役からデビューし、演技派女優として、美人女優たちの踏み台になり続けていた。だからどこかで諦めてしまっていたのだ。自分は絶対に主役にはなれない、脇役にしかなれないものだと。

 ここへ来て、どうでひと月限りの恋と割り切れる相手に出会ってしまった。それでもかまわないと思っていた。だというのに彼が死んだ途端に、怒りがわき上がってしまったのだ。それは諦め癖の付いていた音無にとっては、信じられない感情であった。

 殺したと思われる佐々木に対しても、そんな佐々木を全く疑わずにコテージの女王として君臨している高岡にも、その高岡に対して湿度を帯びた目で見ているデブハゲ芸人にも、よくわからないキンキン声のインフルエンサーにも、鬱陶しい苛立ちと殺意があった。


(私がこんな感情を持っていたなんて……本当に、本当に……素敵)


 どれだけ自分は恋をしたことがない、踏み台にされて消費されていくだけと悲観に明け暮れる音無だが、それ以上に彼女は女優であった。生まれた頃からずっと、演じずにはいられない人間だった。

 食べたことのないものを食べてまずいと思っても、それを「おいしい」と笑顔で返し、気持ちの悪い俳優と親子の役をして、気味が悪いと思っても表面上では「お父さん」と仲良し親子を全うし、そして自分の嫉妬心すらも演技の糧にするという、生粋の女優。

 脚本を通して他人の人生を渡り歩いていた音無にとって、初めてしっくりと来る恋い焦がれる熱と、吐き気がして内蔵と内臓が軋むほどの殺意と、自分の中にぽっかりと空いてしまって時間薬以外に治す術のない喪失感を覚え、悦に入っていた。


(私は……まだ演じられる。まだ女優としてやってられる……戻りましょう。日焼けしてしまったから、三枝さんにでも頼んでアイシングしてもらって……)


 そこで帰り着くことができれば、彼女は演技派女優としてこれからもずっとテレビにスクリーンにネットドラマに映り続けていたのだろうが。

 恋に焦がれた衝動は、破滅を呼ぶ。

 彼女は一瞬息ができなかった。


(え……?)


 声が出ない。そして次の瞬間、体から熱が抜け落ちていく感覚に気付いた。

 彼女は崩れ落ち、岩肌をサマードレスに感じながら気付いた。刺されて血が抜けていくのだ。


(そう……本当にいたの、殺人鬼)


 この痛みも、息が詰まった感覚も、血が抜け落ちて体温が抜けていくおそろしさも、全部演技に込められるというのに。

 立ちたい。立ちたい。もう一度スクリーンに。もう一度カメラの前に。

 音無という人間は、悲観主義ですぐに嫉妬をする、感情に乏しく美しく生まれなかったことに妬み、手術代が原因で整形手術の手段すらなく、その惨めな感情を演技に叩き付けていた女優であった。その演技は天才として讃えられても、賞をもらっても、彼女の器の底は割れている。満足することができず、ただ飢えばかりを覚えていた。

 死ぬとき、ついぞ一瞬たりとも御室のことが頭に浮かばなかったことは、完全に思考が途切れるまで音無は気付きもしなかった。

 彼女はドラマに恋をし、ドラマに恋い焦がれ、結局はドラマ以外愛することのできない人間だと、死ぬ間際になっても気付かずにいたのである。

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