作者の掌編集は、初めて目にしたかのも
知れないが、その 強さ には何ら文字数は
関係ないのだと熟く思わされる。
濃厚な 生 は、端麗な 死 の番い。
この緩急の在り方は一体何処から出ずるのか
興味はあるが、とてもじゃないが手本にすら
烏滸がましいだろう。
息を呑む様な掌編たち。
夜の公園で老婆が踊り、夕焼けの照らす
畳の上で古い写真を取り落とす。病室で
薄く微笑む少女、アパートの向日葵と鶏頭
Poinsettia。
死が、常に付き纏う。
それを叩きのめしながら讃美を叫ぶが如く。
圧倒的な衝撃は
静謐な祈りにも似ている。