幼馴染のライオン獣人ちゃんは、むかし僕につけた小さな傷の償いで一生僕を守ると約束したくせに、嫉妬させたら普通に押し倒して襲ってくる【俺にだけ愛が重すぎる獣人娘ちゃんとラブコメする短編シリーズ㉞】

黒鉄の蓮根術師

第1話:ライオン獣人の幼馴染は、僕の頬の小さな傷跡を一生の罪だと思っている

 朝、家を出ると、玄関の前に、幼馴染が立っていた。

 金髪のロングヘアに、頭の上の耳。腰の後ろから伸びる尻尾が揺れている。可愛らしい顔立ちと、しなやかに長い手足。

 幼馴染で、隣の家のライオン獣人・レーナだ。

 物心ついた頃から、彼女は毎朝こうして待っている。


「おはよ、レーナちゃん」

「おはよっ、それじゃ、行こ?」


 言うが早いか、レーナが僕の腕に自分の腕を絡めてきた。

 密着する。腕どころか、肩、二の腕、胸の柔らかい部分まで、全部押しつけられている。十年以上やられているのに、毎朝慣れない。

 僕は反射的に半歩距離を取ろうとした。


「レーナちゃん、近いって」

「だって、こうしないとキミを守れないでしょ?」


 澄んだ顔でそう言って、ぐっと腕の力を強める。ライオン獣人のパワーを振りほどけるはずもない。諦めて、そのまま歩き出す。

 

 ライオン獣人はメスのほうが強い、と言われている。これは生物学的な話で、群れを率いて狩りをするのはメスの役割だから、らしい。

 その血を引いているレーナの身体能力は、文字通り人間離れしている。


 走れば学校で誰よりも速い。跳べば誰よりも高い。スポーツテストの記録は、男子の県大会記録すら超える数値を、軽く出す。本人は「ワタシ、運動はそこそこかな」みたいな顔をしているが、そこそこの人間が陸上部のエース三人をぶっちぎって走れるはずがない。

 力もそうだ。手のひらで握ったリンゴをつるんと潰す。本人は「あれ、固かったかな」と首を傾げているが、そこそこの人間にリンゴは潰せない。


 そのくせ、見た目は筋肉ゴリゴリなわけでもなく、華奢きゃしゃで可愛らしい。

 金髪、整った顔、すらりとした体つき。ライオンの耳と尻尾は、彼女の場合は可愛さを増す装飾として機能している。

 学校では人気者だ。男子からは憧れの対象、女子からは姉のように慕われる存在。


 町でも有名で、すれ違う住民が「おはよう、レーナちゃん」と気軽に声をかけてくる。

 なぜ町でこんなに知られているかというと、一つは単純に可愛いから。

 もう一つは、町にたむろする獣人の不良グループをたった一人でボコボコにして、二度と寄りつかなくさせた、という噂が住民の間で広まっているからだ。


 詳しい話は本人がはぐらかすので、僕も詳しくは知らない。

 ただ、確かにある時期から、町の治安は良くなった。


 ——可愛いライオン獣人の幼馴染が、町の不良を一掃したらしい。

 

 なんとも妙な現実だ。

 

 通学路の途中、信号待ちで隣のレーナを見上げる。

 ライオンの耳がぴこぴこ動いて、尻尾の先がご機嫌に左右に揺れている。「キミの腕は、温かいなぁ」と頬を緩めている。

 町の不良を一人でボコボコにした生き物の顔とは思えない。


「どうしたの、ワタシの顔に何かついてる?」

「いや」

「じーっと見てた」

「気のせい」

「ふふ、見てもいいよ」

「見てないってば」


 信号が青に変わる。歩き出す。腕は組んだまま。

 

 ——ちなみに、レーナがこんな距離感になった理由、僕を守るなどと言い出した理由は、はっきりしている。

 

 子供の頃、僕が彼女にある「事故」を起こさせてしまったからだ。

 

 あれは、僕たちが五歳か六歳の頃。

 うちの庭で、二人で遊んでいた。何をしていたかは、もう正確には覚えていない。 

 たぶん、ただのじゃれ合い。子供のレーナが笑いながら僕に手を伸ばした、その時。

 

 爪が引っかかった。僕の頬に、血が一筋にじんだ。

 どれくらい痛かったかあまり覚えていないが、後で医者に診てもらったところ、それなりに深い傷だったらしい。

 幸い、すぐに止血して手当てしたので大事には至らなかったが、傷跡は消えない薄い線となって残ってしまった。


 その事実を告げられた時のレーナの顔を今でも覚えている。

 目を見開いて、自分の手を見て、それから僕の頬を見て、わなわなと震え始めた。そして、声を上げて泣いた。「ごめんなさい」「ごめんなさい」と何度も何度も。

 

 子供の僕は慌てて「全然痛くないよ」と言った。だから気にするな、と。

 でも、レーナはそれを受け入れなかった。

 

 その日から、レーナは僕を「守る」と決めたらしい。

 

『キミに二度と傷をつけさせないために、これから現れるあらゆる敵から、ワタシがキミを守ります』


 ……重い。

 あまりに、重い。

 でも、レーナは本気だった。

 

 以来、十年以上。

 レーナの行動原理はずっと「僕を守ること」になっている。

 通学は必ず一緒。学校でも、隙あらば僕の様子を確認しに来る。下校も一緒。家が隣だから、夜まで一緒にいることも多い。


 その間、レーナは常に僕の周囲の脅威に目を光らせている。

 ちなみに、僕は一度聞いてみたことがある。


「レーナちゃんさ、本当に守りたいから、くっついてるの?」

「そうだよ」

「ただ、くっつきたいだけじゃないの?」


 その瞬間、レーナの動きが止まった。

 ライオンの耳がぺたんと倒れた。頬がふわっと赤くなって、視線がすうっと逸れた。こめかみに、汗が一筋伝った。


「……そ、そんなことない」

「目、泳いでるけど」

「キミの安全を守るのが、ワタシの使命だから」

「汗かいてるよ」

「……気のせいだもん」


 それ以上、追求はしなかった。

 

 とはいえ、レーナの「守る」という覚悟がどれくらいの本気か、僕は一度はっきり目にしている。


 数年前の、ある放課後。

 たまたまレーナと別行動になった日があり、僕は先に下校していた。

 通学路の途中の公園で、僕は運悪く、タチの悪い不良と出くわした。


 うちの学校じゃない、隣の高校の三年生。名前は知らないが、奇妙な形の金髪が特徴で、町ではそこそこ知られた不良。後輩からカツアゲし、コンビニの店員に怒鳴り散らし、年下の中学生を殴って小遣いを巻き上げるような奴。何度か警察沙汰になっても親が金で揉み消している、という噂もあった。


 その男が、二人の取り巻きと一緒に公園のベンチでタバコを吸っていた。

 目が合った瞬間、向こうがにやりと笑った。


 ——逃げよう、と思った。だが遅かった。


「おい、お前、ちょっと来い」

「……すみません、急いでるので」

「『すみません』じゃねえよ、来いって言ってんだろ」


 肩を掴まれた。

 公園の植え込みの裏に引きずり込まれた。

 財布を出せ、と言われた。出さないと殴る、と言われた。

 僕は財布に手をかけた。


 ——その時。


「ねぇ」


 声が聞こえた。

 冷たい、低い声。

 振り向いた向こうに、レーナの姿があった。

 

 ライオンの耳がぴんと立っていた。尻尾は——水平に固まっていた。あれは、ライオンが獲物に襲いかかる直前の姿勢だ。

 そして、目からハイライトが消えていた。


「あぁ? なんだお前、こいつの女か?」


 悪ガキが笑いながらレーナに向き直った。

 次の瞬間、彼の体が宙を舞った。

 一瞬で距離を詰めたレーナが片手で彼の胸ぐらを掴んで、軽々と持ち上げて地面に叩きつけたのだ。


「ぐぁっ——!」


 レーナは、地面に倒れた男に馬乗りになり、爪を振り上げた。


「ワタシの大切な人に、何をするつもりだったの?」

「ま、待っ——」

「タダじゃ、済まさないから」


 爪が振り下ろされる、寸前。

 僕は咄嗟とっさにレーナの腕に飛びついた。


「レーナちゃん、待って!」

「……離してよ」

「そんなことしたら、本気で殺しちゃうよ!」

「そのつもりだけど?」

「ダメだって!」


 レーナの腕は、僕が両手で押さえてもびくともしない。彼女が本気で振り下ろせば、僕など羽虫みたいに弾き飛ばされる。

 これは、レーナが「止まってくれている」だけだ。


「レーナちゃん、お願い」

「こいつは、キミに危害を加えた。許す理由がないよ」

「あとは警察に任せよう、ね?」

「そんなんじゃ、甘いよ。ワタシが、裁かないと」

「お願い、ストップ!」


 数十秒、押し問答した。

 ようやく、レーナは爪を下ろした。

 ハイライトが戻った。


 ——でも、男はもう動けなくなっていた。


 地面に倒れて、ガタガタと震えて、失禁していた。

 レーナに馬乗りにされた瞬間に、すでに恐怖で抵抗する気力を失っていたらしい。

 取り巻きの二人も、最初の一撃の時点で走って逃げていた。

 

 以来、彼らは町で僕を見かけると、そそくさと逃げるようになった。


 

 そんな記憶を思い返していると、校門が見えてきた。

 レーナは、まだ僕の腕に組みついたまま上機嫌に歩いている。

 

「今日も、放課後、迎えに行くからね? 絶対、一人で帰っちゃ、ダメだよ? キミの安全は、ワタシが、責任持って守るから」


 絶対の守護、と本人は言うが、もはや「守られている」という感覚を超えている気がする。

 でも、それで困ったことは十年間、一度もなかった。


 彼女の爪は絶対に、僕には向かない。

 彼女の力はずっと、僕を守るためだけに使われてきた。


 ——僕はそれを信じきっていた。


 信じきっていて、油断していた。

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