二番目の轍? 二番煎じ? それとも…
Algo Lighter アルゴライター
プロローグ 静かな海の学校
翠嵐高校には、独特の静けさがあった。
もちろん、現実には音で満ちている。朝のチャイム、廊下を行き交う上履きの擦れる音、部活帰りの笑い声、講義棟の窓から漏れる吹奏楽部の音合わせ。けれど、それらの表面的な喧騒の奥にある学校の本当の気配は、どこかひどく凪いでいた。
県内有数の進学校。
自由な校風。
自主性を重んじる伝統。
入学案内の冊子には、そんな言葉が並ぶ。保護者はそれを見て安心し、中学生は胸を躍らせ、教師たちは誇らしげに頷く。けれど、一年も通えば誰でも気づく。この学校の「自由」は、好き勝手を許されることではない。むしろその逆だ。
ここで尊ばれるのは、正しく失敗しないことだった。
成績は高く、振る舞いは穏当で、教師受けも悪くない。誰かとぶつかるほど尖らず、かといって怠惰にも見えない絶妙な地点に自分を置く。その位置取りのうまさが、この学校における賢さだった。
文化祭もまた、その空気から自由ではなかった。
表向きは生徒主体。テーマも企画も、各クラスや実行委員の「自主性」に委ねられていることになっている。だが実際には、「学習効果」「伝統」「安全性」「前例」という目に見えない枠が最初から四方を囲っていて、その中でどれだけそれらしく動けるかが問われているだけだ。
派手すぎるものは落ち着きがない。
遊びに寄りすぎたものは学びが足りない。
準備に手間のかかるものは受験の妨げになる。
前例のないものは、説明が難しい。
だから毎年、文化祭はきれいにまとまる。
失敗も少なく、教師の評価も上々で、保護者からの受けも悪くない。
ただ、胸がざわつくような何かは、だいたい最初から排除されている。
僕――佐藤湊は、そういう空気の中でうまく息をする方法を知っていた。
目立つのは得意じゃない。先頭に立って人を引っ張る資質もない。けれど、誰かが雑に投げた仕事を拾って整えたり、対立しかけた意見の間に入って落としどころを探したりするのは、それなりに得意だった。面倒ごとを未然に潰し、全体が大きくはみ出さないように調整する。自分でも嫌になるくらい、そういう役回りに向いていた。
「佐藤がいれば何とかなる」
「佐藤に任せておけば安心だ!」
そんなふうに言われることが増えたのは、二年の春からだった。褒め言葉なのか都合のいい便利屋扱いなのか、正直よくわからなかったが、少なくともそこにはある種の信用があった。
信用というのは不思議なもので、もらうまでは欲しいくせに、いざ持つと妙に重い。
失えば損をする。だから守ろうとする。
守ろうとするうちに、だんだん自分がその信用の形に縛られていく。
堅実。冷静。現実的。
そう見られることに、僕は慣れていた。
だから、まさか自分が、その信用を丸ごと賭けるような瞬間に立ち会うことになるとは思っていなかった。
しかもそれが、たった一人の一年生の、あまりにも無謀で、あまりにも眩しい一言から始まるなんて。
あのときのことを思い出すと、いまだに最初に浮かぶのは音ではない。
蛍光灯の白さと、九月初めの湿気を含んだ空気と、会議室に沈殿していた退屈の匂いだ。
すべてがあまりにも、いつも通りだった。
だからこそ、その一言は、あまりにも鮮やかだった。
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