門出にデーモン
痩せ我慢をしているが、時間操作で治した傷跡が痛い。人目がなければ掻きむしりたいくらいだ。
ヤナギの異能覚醒騒動がひと段落し、廃墟帯。
「あなた方と関わるとロクなことがありません。もう関わらないでください……」
今回とばっちりを受けたヨーコは、サクラから治療費諸々を受け取って退散。本当に申し訳ないと思う。
「うん。またね、ヨーコちゃん」
……本当に申し訳ないと思う。
「タツヤさん、その、あたし……」
「いいって。おれもガキのころ、親父に自転車支えてもらってたからよ」
「……ふふ。なにそれ、タツヤさんったら」
竜胆夫妻は一応解決……だろうか。
相談所の仕事はサクラがやりたいから、やっているからやっていたのだけれど――これを知られたら、また怒られるんだろうな――竜胆たちを見ていると、漠然とだがやって良かったと思った。
「サクラ」
「うん。タツヤさん、ヤナギさん」
「……っす」
竜胆はヤナギの肩を抱き、まっすぐサクラを見た。やれることをやって、互いにどのような結果でも納得する覚悟をしたのだ。
「ちょうどターミナルに話を聞いてくれそうな知り合いがいます。掛け合ってみますが、ほぼ間違いなく、ヤナギさんは保留、という形になるでしょう」
「所長さん……!」
よかったな。
「おっと、吾輩にも一枚噛ませてもらうぞ」
どうした、一ノ瀬委員長。
みんなの注目が集まったことを確認すると、一ノ瀬委員長は満足しながら続けた。
「せっかくだしな。吾輩も異能絡みで事業を始めようと思う」
……彼女が“シンクタンク”から離れてくれるというのなら、俺としてもありがたいが……。
「内容としてはまぁ、異能覚醒者支援なんだが……サクラさん、どう思う?」
「え、わたし? うーん……、ソラトくん、パス!」
やられた!
「えぇー……? そうだな…………」
ここは一旦サクラに倣い、手をぱたと合わせる。格好から入るのは大事だからな――
「………………」
――本家本元に睨まれた。ダメなのか。
じゃあ自分でもやるなよ……とは言えまい。
「一ノ瀬委員長ならできるんじゃないのか? 俺たちの面倒もよく見てくれたし、異能の制御と習熟には一家言あるだろう。“シンクタンク”をやらないよう言い含めておくから多少の監査はあるだろうけど、うん、俺からも推薦しておくよ」
「フッフッフッ。これね、朝倉がミスって吾輩に付けたキズ」
笑いながらシャツを捲り上げ、脇腹の引き攣ったままの皮膚を晒す一ノ瀬委員長。
「…………今回の件は全力で協力させていただきます」
「うむ、よろしいよろしい」
……今夜は罪悪感で眠れなさそうだ。
「ってなると、ユリちゃんは異能教室を開く、ってことになるのかな?」
「いかにもいかにも。花屋と会ってピンと来たのだがな、生花教室とかあるだろう。ああいうのだな」
「おー……じゃあ、ユリ先生だ」
「先生!」
その言葉の響きを、一ノ瀬委員長はいたく気に入ったようだ。
「サクラちゃん、もう一回」
「え? ユリ先生?」
「朝倉も、ほら!」
「……ユリ、先生…………」
「ん〜〜♡」
ご満悦である。
「ヤナギさんヤナギさん、よければ吾輩が異能の手ほどきをしよう! なに、ウデはたしかだ! なにせ朝倉を育てたのは吾輩、一ノ瀬ユリ“““
「それは……ターミナルに拘束されずに済む、ということですか?」
「もちろん」
「家族三人でいられる……と」
「当たり前だ」
「ヤナギ、三人って……」
竜胆……タツヤの問いかけに、ヤナギは慈しみ深い微笑みで返した。
「〜〜〜〜! ユリ先生、おれからもお願いします!」
……おお、父親というやつだ…………。
「もちろんもちろん! ハハハ! 先生というのは気分がいい! 軒先先生に並んでしまったな! いや、アイツはいま出奔しているわけだし……朝倉、サクラちゃん、これは?」
欲しがるなぁ。
「あぁ。一ノ瀬委員長……いや、ユリ先生が“シンクタンク”で一番だ」
「よろしくね、ユリ先生」
「やったー!」
おめでたい場だというのに、サクラは邪悪な笑みを浮かべていた。
その真意がわかるのはすこしあとのことであった。
◆◆◆
竜胆夫妻をアーケード街の花屋に送り届けた足で、俺たち三人はターミナルに向かった。ユリ先生の事業登録のためである。
「???」
受付から渡された書類の山々。いや、束なのだが……プレッシャーがその存在感を大きく見せている。
ユリ先生はそれを一通り読んで、はて、と首を傾げた。
「朝倉、朝倉」
「なに」
「これ、わかる?」
「お役所の書類だろ? 書いてある通り…………、???」
はて。
使用されているのは日本語だ。
漢字とひらがなをメインに、カタカナとアラビア数字、すこしのアルファベットを用いて作られた、普通の文章である。
使われている単語はわかる。馴染みのない言葉もあるが、それでも字面や文脈から推測もできる。
だというのに、なんだ? まったく頭に入ってこない……。
「……サクラ」
「あー、ターミナルの書類ってわかりにくいよねー」
真打のエントリーである。
「わざとわかりにくくしてるらしいんだけど、……うん、わたしのときとあまり変わらないみたい。イジワルだよねぇ」
ふんふんと頷きながら、サクラはすいすい読み進めていく。
「はい。あっ」
合図として手をぽんとするサクラ。無意識のクセなのだろう。ニヤつく俺を睨んできた。
「…………はい! ユリ先生、まずね――」
「サクラちゃんが代わりに書いてくれないか?」
「えっ、いいの?」
「結局、吾輩にはわからん文章だったからな……。わかるサクラちゃんに頼んだ方が間違いない」
「うーん……じゃあわたし書くけど……」
いいのかサクラ……。
「一応、もう一度全部読んでからにしない?」
「いい。読みたくない」
「ホントにいいの?」
「や! 読みたくない!」
「……ユリちゃん先生がいいならいいけど…………」
……?
サクラはなにを念入りに念を押している……?
ユリちゃん先生――まさか!
「ユリ、まずい!」
「え、なにが?」
「よろしくお願いしまーす」
――遅かった……いや、サクラが速かった!
「な、なぁ朝倉、サクラちゃんは好意で吾輩の代わりに書いてくれたのでは……?」
「……好意には…………違いない、だろうけど……」
「〜〜♪」
サクラがほくほく顔で帰ってきた。いい感じの木の枝を拾った男児のそれだ。
「……サクラ…………」
「やだなぁ、人聞きの悪い……」
なにも言っていないが、言おうとしていたのは人聞きが悪いなんてもんじゃない。
「え? なになに?」
騙された……いや、これも厳密には違うな……とも知らず、“シンクタンク”最年長は呑気なものだ。
「なんにせよ、ユリ先生になにが起きたかを説明するべきじゃないのか」
「うん、これからするよ」
コワ……。
◆◆◆
近くのファミレスに移動した俺たちは、テキトーな料理とドリンクバーを注文し、ターミナルでの顛末を確認した。
「まず前提なんだけど、ユリちゃん先生は一応書類に目を通したんだよね?」
始まってしまった。
オレンジジュースを飲みながらの説明……いや、事実上の犯行声明である。
「うむ。よくわからなかったが、たしかに吾輩は一通り目を通した! これから先生になるから、このくらいは当然だ!」
「その上で、わたしに代筆をお願いした。わたしは一度断ったけど、ユリちゃん先生はそれでも頼んできた。よね?」
「間違いない!」
付け加えておくと、サクラは席に着くなりスマートフォンで時間を確認するふりをして、ボイスレコーダーを起動している。
「じゃあ仕方ないよね……」
言葉とは裏腹に、サクラは申請書類の写しにマーカーを走らせていく。
「これで読みやすくなったと思うけど、どう? 『代理での申請は原則認められない』ってあるよね?」
「うむ……たしかに……」
「例外のところは読める?」
マルで囲ったところを指すサクラ。
「『なお、既存の事業と合併、もしくは下請けとなる場合は、親請側の代表が代理することができる』……ふむ。???」
……いや、まぁ。
ここまでわからないとなると、今回のサクラの采配でよかったのかもしれないな。
「つまりね、ユリちゃん先生。一ノ瀬異能教室は、わたしたち立花異能相談所の一部門として扱われることになりました、だよ」
「………………うん?」
「わたしが社長で、ユリちゃん先生は部長です」
「……え? あっ!」
すべての点が繋がったのだろう。ユリちゃん先生は写しをひったくり、目を皿にして読み込んだ。
サクラのマーカーによって読みやすくなっただろう。飲みやすくなった毒というべきか。紙をめくるたび、ユリちゃん先生の顔は青ざめていく。
「朝倉……これは…………」
見れば、ターミナルで会ったときの仲崎と同じ貌じゃないか。策士策に溺れるというか、サクラの術中にハマったというか……。仲崎はなにされたんだろうな。お見舞いがてら聞いてみよう。
「これはな、ユリ先生。あんたが申請をサボったからサクラが代わりにやった結果、ターミナル的には立花異能相談所の傘下として、先生の一ノ瀬異能教室が設立された――というふうに処理されてしまったんだ。情報も金銭も、一旦相談所を通してユリ先生に行くことになった」
「さ……詐欺じゃないか!」
「違うよユリちゃん先生」
「違うな、ユリ先生」
違わない。詐欺である。
「わたし、なんどもかくにんしたもん」
白々しい……。
「う、ぐぐぐぐぐ……ぐ。うむ! 騙された方が悪い!」
なにか、飲み込まなくていいものを飲み込んだような。
「そもそもこんな手に引っかかるバカでは、事業を始めてもカモだからな! 騙したのがサクラちゃんでよかった!」
それもそうである。
「もちろん、ユリちゃん先生の顔は立てるよ? 目標だったもんね。あくまで一ノ瀬異能教室の先生はユリちゃん先生。その運営をわたしたちに委託しているってだけ」
「うん、うん!」
「この通りわたしたちはターミナルに顔も利くし腕も立つ。イチから始めるよりもっといい条件で先生になれたね、ユリちゃん先生」
「うん! ありがとう、サクラちゃん!」
…………本人がいいならいいけど……。
「しかし、こういう騙し方は人としてどうかと思う!」
うん。そうだね。
「くっ……」
お、効いてる効いてる。サクラにはこういうどストレートが有効なのか。
「朝倉はサクラちゃんのどこがいいんだ?」
「うわ、こっち来た」
「うわ、とはなんだ」
「うわ、ってなに?」
なんだよ、俺が悪いみたいな。
「吾輩の頼みを蹴って、サクラちゃんを選んだのだろう。それなりの理由があるはずだ。違うか?」
「……困ってたときに助けてくれたから。頑張ってたから。どんなときでも前を向いて、自分で難しい道を選べるから。以上だ」
テーブルに突っ伏す二人。飲食店でそれはマナーが悪いんじゃないのか。
「……なに?」
「吾輩は惚気ろと言っていない……」
「テーブルに俺はいないだろ。こっち見ろよ」
「スパダリマン…………」
「久しぶりに聞いたなそれ」
褒め言葉……だったか。サクラが満足いく返答だったらしい。
「逆にさ、逆にだよ。サクラちゃんは朝倉のどこがいいわけ? なんか夜の公園で全裸だったらしいじゃん」
「どこで聞いたんだよそれ」
「灰戸さんに聞いたのだ」
そういえばユリ先生、灰戸さんのところに入り浸っていたな……。
「それはまぁ、困ってたから? 助けたらあとでいいことあるかなーって思って助けたら、ふふ、大当たりでした♡」
「……朝倉、やっぱり吾輩と来ないか?」
「え、ヤだよ……」
「むぅ。朝倉が言ったから聞くが、サクラちゃんは朝倉のどこが好きなのだ?」
……聞きたいような、聞きたくないような。
二人はコレで顔を伏せていたのか。なるほど。いやな気付きだった。
「えー? そうだなー……」
クネクネするサクラ。
「顔かな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます