第10話

「何も私が男性に対して求める『強さ』とは、単純な武力だけではないのですよ。男性が女性を守る強さ、また人としての強さ……強さとは一口に言っても様々です」

「武力では無い強さ……か」

 俺はアヤメさんの言葉を噛み締めるように呟いた。彼女が求める強さというヤツが、なんとなく理解できた。

「えぇ。少なくともその子は貴方を慕っているでしょ? つまりはそういうことなのですよ」

 アヤメさんはそう言いながら、俺の右胸に抱きついているもきゅ子を口元を緩め優しい目を向けていた。

「……もきゅ子」

「もきゅ~?」

 名前を呼ばれたもきゅ子は「な~に~?」っと、首を上へ向け俺を見ていた。

「…………」

「(じーっ)」

 互いに一言も発せぬまま、もきゅ子の円らな瞳と目が合ってしまう。くすみが一切碧い色、まるで何かに吸い込まれるように綺麗だ。

「もきゅ!」

「あっ、いや……何でもねぇよ」

 もきゅ子はずっと黙ったまま見つめている俺が不思議だったのか、沈黙を破るように右手を挙げ鳴いた。俺は我に返り、少しだけもきゅ子から視線を外してしまう。

「強さとは……何かを倒すものではなく、自分の大切なものを守る『想い』だと私は考えています。それが私の求める、貴方への強さなんです」

「大切なものを守る……想い」

 アヤメさんはそっと俺達から視線を外すと左腰に携えている武器に目を向け、更に言葉を続けた。

「えぇ。武力で相手を屈服させるのは容易です。ですがそれでは、何の意味も持ちません。人だけでなく、魔物でさえも想い労わり、そして守ることができる。それこそが『本当の強さ』なのではないでしょうか? あっ……ふふっ。どうやら少しお説教染みてしまいましたね。すみません」

「あ、いや、お説教だなんてそんなこと……」

 アヤメさんは気恥ずかしかったのか、少し頬を赤く染め謝罪の言葉を口にする。俺は説教どころか、むしろ為になる話しを聞いたと思ってたほどだ。

「よかった……。なら、貴方は貴方なりの強さを見つけてください。もし貴方を襲う刃があるならば……私は貴女を守る剣となり、その刃から貴女を傍でお守りいたします」

 アヤメさんはそっと武器に右手を添えると目を瞑り、そして少し間を置いて、俺に優しく微笑みかけながらそう言ってくれた。それはまるでプロポーズとも思える、そんな言葉にも思えてしまった。

「(にこにこ)」

 そして彼女はまるで親愛の証と言わんばかりに右手を差し出し、にこやかな笑顔と共に俺へと握手を求めてきた。

「もきゅ……」

「アヤメさん……」

 俺は座り右手を差し出している彼女へと近づく。右手はもきゅ子で塞がっているため、失礼ながら左手を差し出すことに。

「アヤメさん。俺さ、貴女の期待に応えられるよう頑張ろ……」

 俺は少し照れながらに、彼女の右手を受け取ろうとした。だがしかし、である。

「あ、あれーっ?」

 スカーッ。……えっ? 俺の差し出された左手は、アヤメさんの手を握ることなく、酸素と二酸化炭素また水素などが大半を占める混合物、つまりは『空気』と握手をする形になってしまう。それと同時に俺の胸元から短く赤い手が伸び、アヤメさんの右手と握手をしていた。

「これからよろしくお願いしますね、お嬢さん♪ 貴女のことはこの私が命に代えても守りますので」

「もきゅもきゅ♪」

 アヤメさんともきゅ子は少し照れながら、仲良さそうに握手をしていたのだ。

(いや、ま、確かにアヤメさん途中から『貴方』ではなく、『貴女』って言ってたんだよね。途中誤字なんだろうなぁ~って淡い期待してたけどさ、まさかそれがもきゅ子を指していたなんて……そんなのアリありかよ……)

 その頃、俺はというと所在なさ気な左手を差し出したまま、固まってしまっていた。どうやらすべては、俺の一人勘違い祭り《フェスティバル》だったようだ。

「おや、どうされたのですか? 左手などを差し出されて? もしや何かあったのですかね?」

「もきゅ~っ?」

 今なお、握手をしている二人はそんな所在なさ気な雰囲気を察したのか、左手を空虚にも差し出している俺を不思議そうな顔で見ていた。

「あ、いや……」

「(ニヨニヨ)あらあら~、旦那様。これはこれは……」

 俺の隣に妻であるあの悪魔が歩み寄り、「こりゃ、面白い見世物だわさ。えっ? なになに、その左手はどういう意味? シズネ、分からな~い♪」っと言った感じのニヤケ顔をしながら、何かを言おうとして途中で止めた。きっとそっちの方が面白くなると、判断した結果なのかもしれない。

「(チクショーめっ! 結局こんな結末が待っていやがったのかよ!! あとシズネさんもそこで敢えて止めるんじゃなくて、ちゃんと突っ込んでくれよ。何だか俺が勘違い野郎の痛いヤツになっちまうだろ)」

 俺は居た堪れなくなり、その場から逃げ出そうとするがもきゅ子がアヤメさんと握手をしているため、どうすることも出来ず動けない。

「あっ……冗談ですよ、冗談。……ね?」

「きゅ? ……きゅ!」

 アヤメさんももきゅ子も空気を読み、俺をフォローしようとしていた。逆になんだかそれが俺の勘違いの惨めさを助長するのは、もはや言うまでもない事だろう……。

「やはり……怒られましたよね?」

「……べ、別にぃ~」

 アヤメさんは俺の機嫌を伺うよう少し伏し目がちになりながら、申し訳なさそうにしている。俺は言葉では「気にはしていない」と言いつつも、内心メッチャ気落ちしていたため、口を少し尖らせ顔を背けてしまう。

「ふん! どうせ俺なんかいつもいつもオチ役がお似合いなんだろうさ!!」

 ふて腐れ、強がりをアヤメさんに向けそんな言葉を言ってしまった。だが彼女の顔を見てしまい、何故そんな強がりを彼女に対して言ってしまったのか? と激しく後悔してしまう。チラリっと窺った彼女は、とても悲しそうな顔をしていたのだ。

「あ、あの! 誤解なさらないで欲しいのです」

 意を決したかのように顔を上げたアヤメさんは、俺の左手を手に取り両手で優しく包み込むと同時に自らの胸元へと手繰り寄せたのだ。

「あ、アヤメさんっ!? にゃ、にゃにお」

 俺はいきなりアヤメさんに左手を握られ、また彼女の胸元付近に手繰り寄せられたため、小指に柔らかく温かい何かが当たっていた。きっとそれは彼女の女性としての柔らかさなのかもしれない。またそんな行動に戸惑い動揺からか、猫語になってしまった。

「……すみません」

「へっ?」

 アヤメさんからの謝罪の言葉。一瞬何を謝られているのか、分からない。

「先程、人を守るのが強さだと言っていた自分を恥じています。私は貴方を……傷つけてしまった……」

「…………」

 アヤメさんは……本気で俺を傷つけてしまったと思い込んでいる。そして今にも泣き出しそうな顔で、目に涙を溜めて必死に謝罪している。俺はそんな彼女の美しさに魅了され、何も言葉を口に出来ずにいた。

「あっ、いや……うん。だ、大丈夫大丈夫。ほら、俺は慣れてるっていうのか……うん。アヤメさん……その、あ、ありがとう……」

 ふと我に返り、これ以上彼女の悲しい顔を見ているわけにはいかない。俺も謝罪しようかとも思ったのだが、それは彼女に対する冒涜でしかない。だから俺は彼女に対して、感謝の言葉を述べた。やはり少し照れくさかったせいなのか、最後は消え去りそうな声でそう呟いた。

「えっ? ありがとう……ですか? ふふっ……やはり貴方はお優しいのですね。こんな私に「ありがとう」だなんて。普通このような時に、感謝の言葉など言えませんよ。ふふっ。それも貴方良さなのかもしれませんね。いえいえ、私の方こそ、ありがとうございます♪」

 アヤメさんはもう悲しい顔はしていなかった。俺の感謝の言葉が可笑しかったのか、少し口元を緩ませ微笑んでいる。そして右手の人差し指を曲げその腹で自らの目元に溜まっている涙を拭い、彼女もまた感謝の言葉を述べてくれた。

「はははっ」

「ふふっ」

 何とも可笑しな雰囲気から、俺もアヤメさんも少しだけ笑ってしまった。俺は左手を後頭部に当てながら、アヤメさんは右手を口元へと当て、互いに笑ってしまう。何だかアヤメさんがどういう女性なのか、分かった気がした。きっと彼女はとても純粋で、誠実で、真っ直ぐな女性なのかもしれない。

「「……こほんっ」」

「「あっ……」」

 わざとらしい咳が傍で重なり聞こえると、互いに笑っていた俺達は我に返り、そちらへと顔を向けてしまう。そこには握った右手を口元に当て、わざとらしい咳をした二人がいた。

「旦那様、よろしかったですね~。アヤメさんと仲良しになれて……」

「そうね。私もアヤメがこんなに積極的だとは知らなかったわね。ふふっ」

 シズネさんもマリーも嫌味な言葉を口にした。どうやらずっと傍で俺達を見ていたようだ。まぁむしろ二人っきりの雰囲気を作っていた俺達が悪いのだが。

「あと……手ぇっ!!」

 そしてシズネさんのドスの効いた重々しい声により、俺とアヤメさんは今なお互いに手を握り合っていたことに気付き、パッと離してしまう。

「(照れ)」

 彼女の温もりと柔らかさが、今なお左手に残っているような気恥ずかしさから、アヤメさんに背を向け少し熱を帯びている頬を左指で掻いてしまう。

「(照れ照れ)」

 またアヤメさんも俺と同じ気持ちなのか、同じく背を向け右指で頬を掻いていた。何故かそんな一緒の行動が二人の気持ちが通じ合ってる気がして、余計照れくさいなぁっと思えてしまう。

「へぇ~。やるわね、貴方。こんな短時間でアヤメまで、意図も簡単に口説き落とすなんて……ほんと」

「アヤメさんを口説き落とすだなんて、そんなこと……」

 マリーは更に興味が増したのか、少し笑いながら俺を観察している。

「……ま、いいわ。それでこそ私の夫に相応しいわ。私は別に愛人が何人いようとも、気にはしないわ。でもね……んっ、ぁっ」

「んんん~っ!?」

 マリーはそう言いながら俺へと詰め寄りると、グイっと胸元の服を両手で引っ張った。そして俺に合わせるよう爪先立ちで背伸びをすると、そのまま俺の口を塞いでしまったのだ。

「なっ!?」

「まぁ!?」

「もきゅっ!?」

 シズネさんもアヤメさんも、また抱き抱えて近場で見ているもきゅ子までもが、マリーのそう行動に驚きを隠せない様子。そして誰よりも俺自身が驚き、彼女のされるがまま口を塞がれてしまっている。

「(な、な、な、何で俺マリーとキスしちゃってるんだよ、おいっ!?)」

 そして彼女を抱きしめるとも拒絶するともできずに、俺の左腕は所在なさ気に慌てふためきながら、上下にブンブン振ってしまう。決して喜びをアピールしようしているわけではないので、あしからず。

(マリーってこんなまつ毛長いのか。それに改めて間近で見てみると、すっげぇ美少女だよな……)

 マリーは眠り姫のように可愛らしくも目を瞑っていた。まるで人形のように整った顔立ちにクセっ毛のある髪、唇から伝わる女の子としての柔らかさと彼女の温もり。そして香水のように甘く香る匂いが余計そう思わせていた。

「ちゅっ。……あら。ふふっ、照れているのね。可愛らしいわ。私は何をするにも一番でなくてはいけないのよ。これでちゃんと理解したかしら?」

 マリーは永遠とも思える口付けを終え、唇を離した。そしてそのまま再びキスするように顔を近づけたまま、「私の初めてを奪ったのだから、ちゃんと責任取りなさいよね」っと余裕を持った笑みと共にそう囁いた。

「(コクコク)」

 今なお彼女の吐息と熱が伝わり、当てられそうになってしまう。そしてそんな雰囲気に呑まれ何も考えのないまま、彼女の言うなりに二度ほど頷いてしまった。

「もーきゅっ! もきゅもきゅ!! きゅきゅ!!」

「うわっ、なんだ!? も、もきゅ子っ!?」

 今まで静観していたもきゅ子だったが、突然暴れ出し短い手足バタつかせ、もきゅ語で騒ぎ出していた。

「あらあら、これは嫌われちゃったかしら? ふふっ」

 もきゅ子に嫌われたと言いつつも、マリーは余裕のある笑みのまま勝ち誇ったようにアヤメさんとシズネさんにドヤ顔を決め込んでいる。

「ぐっ!?」

 シズネさんは少し顔を歪め、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

「くすりっ」

 そんな俺達のやり取りが可笑しいのか、アヤメさんは軽く握りこんだ右手で口元を隠すように笑っていた。

「ま、まぁいいでしょう。マリーはおませなお子様なのですから、大人であるこの私がい、イチイチ気にするほどでも……」

 シズネさんは「私、別に貴女のことなんか全然気にしてませんからね!!」っと強気になっていたのだったが、声がとてもどもっていた。

「あら、それではそんなお子様にキスを越されたのは、一体どこの誰だったかしら……ねぇ? ふふふっ」

「ぐっ! ぐぬぬぬっ」

 マリーは意地悪な笑みを浮かべ「あら、もしかして妻のクセにキスもまだだったの? 貴女の方が全然お子様じゃなくて♪」っと挑発し、シズネさんを丸め込んでいた。またシズネさんも言葉の隙を突かれたとばかりに、何の反論もできずにいた。

「(すっげぇー。あのシズネさんが言い包められてやれてるぞ。さすがギルドを束ねるだけはある、ってことなのか……)」

 俺は本当にこの子がギルドの長だと思い知らされた気分になっていた。

「…………」

「…………」

 シズネさんもマリーも一歩も引く様子もなく、黙って互いを目だけで牽制し合っている。もしかするとこのまま『仁義在るモブ男争奪戦争』が勃発しかねない、一触即発の状況に発展しようとしていた。ぐぅ~っ。っとそのとき、場を和ませるようなお腹の鳴る音が聞こえてきた。

「あっ、すみません……」

 どうやらその音の主はアヤメさんのようだ。彼女は恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながら下を向いて話の腰を折ったと謝罪している。

「ぷっ……ぷっくくくっ。こ、この状況で、なんですか? ぷっ」

「ふっ……ふふふっ。あ、アヤメいくらなんでもそれは狙いすぎでしょうが。ふふっ」

 そんなマヌケな音に気が殺がれたのか、先程まで一触即発の緊張感を持っていたシズネさんもまたマリーも笑い出した。

「はぅ~っ。す、すみませ~ん(照)」

 二人に笑われ、アヤメさんは所在無さ気に顔を真っ赤にしてテーブル下を向いている。それくらいお腹が鳴ってしまったのが、恥ずかしいのだろう。

「「ほっ」」

 俺ももきゅ子も、それを見て安心するように肩の力を抜き、一息吐き出した。

(この分なら、大丈夫だよな? にしてもアヤメさんが食いしん坊キャラだったなんて……ちょっと可愛い女性なんだなぁ)

 俺は安堵の笑みを浮かべると、「アヤメさん、年上の美人お姉さんなのに、マジ可愛くねぇ?」っと改めて惚れてしまいそうになる。

「そうですね。今日のところは一時停戦……といきますか?」

「ええ、そうね。私もアヤメではないけれど、お腹が空いたわ。今日はとりあえず、この店のオススメって言う『ナポリタン』を2ついただけるかしら?」

 シズネさんもマリーも、今日のところは『ただの店員ウェイトレス』と『そこに来た客』に徹するっと言っているようだ。そしてマリーは右手で指を二本立てながら、ナポリタンを2つ注文した。

「はい。ナポリタンをお二つですね。かしこまりました……旦那様」

「あ、ああ。代金か……あっいや、それは既に受け取っていたか。うん、すぐ作るから待っててくれな!」

 シズネさんは注文を承ると丁寧に頭を下げた。ここら辺りはさすがは『おカネを頂くプロ』っと言った感じである。すぐさま気持ちを切り替え、接客に望んでいるのだ。そしてシズネさんは俺を呼び頷いた。

「あのアヤメさん、お客にこんなこと頼むのは非常に悪いんだけど、その、もきゅ子を……」

「あっ、はい。お預かりしておきますね。さぁこちらへ」

 俺は厨房に向かうため、右腕に抱き抱えているもきゅ子をアヤメさんに預けることにした。さすがに今から表にあるプロモーション用のお立ち台に戻してる時間は無い。またもきゅ子一人では、あの大きな樽はよじ登る事ができないだろう。

「貴女、可愛いですね~。お名前はもきゅ子ちゃんって言うのですか? あっ抱きしめるの強くないですかぁ~?」

「もきゅもきゅ♪」

 アヤメさんは俺からもきゅ子を受け取ると、大事そうに抱き抱え子供をあやす様に話しかけていた。またもきゅ子も暴れることなく、まるでぬいぐるみのように大人しく抱かれている。そして俺とシズネさんは互いに頷くと、急ぎ足でバーカウンター奥にある厨房へと向かうことにした。

「っとと。あら、アマネ? そんな所でしゃがみ込んだりなんかして……一体何をしているのですか、貴女は? 既にお客様が来店して、注文を受けているのですよ! お冷を出しておいてくださいね! いいですか? 分かりましたか?」

「あっ、いや、これはそのぉ~……」

 その途中、バーカウンターの裏側で隠れるようしゃがみ込んでいるアマネがいたのだ。シズネさんは「時間がありませんので、この場は旦那様にお任せいたしますね!」っと、一人急いで厨房へと向かって行った。

「店の中にいるはずなのに全然姿を見せないと思っていたら、こんな所に隠れたいたのかよアマネ? シズネさんじゃないけどさ、何してたんだそんなとこで?」

「しーっ。しーっ。声が大きすぎるぞ、キミは!」

 アマネは右人差し指を自らの口元と鼻に押し当て、静かにするよう俺に向けそう言った。

「一体なんだってそんなこと……おうわぁっ!?」

 ガバリッ。そして俺の右手を強引に引っ張ると、アマネのように俺までも隠れるようカウンター裏へとしゃがみ込ませたのだ。

「(しーっしーっ。静かにしてくれ。見つかってしまうではないか!)」

「(コクコク)」

 アマネは誰から隠れているのだろう? そんな疑問を思うときもあった。だが今はそれどころの話じゃなく、目の前の出来事を前にしては疑問もどこかへ吹き飛んでいた。何故ならアマネは俺の口を塞ぐよう右の掌を押し当て、顔もまるでキスするかのように近づけていたのだ。そして俺にできるのはただ頷く事しかできない。

「(あっ、すまない。苦しくなかったか? あっ……)」

 アマネは自分の手で喋ることが出来ないと気付き、俺の口から右手を離した。そしてアマネ自身も今のこの状況を理解したのか、俺の目をじっと見つめている。アマネの潤んだ赤い瞳がゆらゆらっと揺れ動き、互いを見つめる目から離せなくなっていた。

「(……ゴクリッ)」

(アマネも他の娘に負けないくらいの美少女だよな……)

 アマネは言うまでもなく美少女だった。それもシズネさんの手前影を潜めているが、メインヒロインクラスと言っても大げさではないだろう。赤く長い髪に柔らかそうな唇、そして前屈みにしゃがんでいるため胸が押しつぶされ、その柔らかさと大きさをより強調していた。そんな美少女が俺の目の前、ほんの数センチほどの距離にいて互いに見つめ合っているのだ。ほんの少し顔を突き出し前に出せば、キスも出来てしまう距離である。

「(アマネ……いいよな?)」

「(……ああ)」

 強気攻め真っ最中の俺は「いっそのこと……」っと決断し、了解を得るように目で合図をして確認を取る。アマネも俺の意図が分かったのか頷き、そして互いに顔を近づけていった。あとほんの少し。もう既に互いの吐息が、鼓動が聞こえる距離になっていた。あとはこのまま体が求めるままに身を任せてしまえば……

「……貴女達、何してるのよ?」

 そんなとき頭上からそんな声が聞こえてきた。

「うわっ!?」

「な、なんだっ!?」

「『うわっ!?』とか『なんだ?』ってのはないでしょ。私は魔物かっつーの!」

 それはマリーだった。その小さな体をバーカウンターから身を乗り出し、俺達を見下げていたのだ。何気に背が足りないのか、足をブンブンっとバタつかせているのが泣ける努力。

「あ、これはその……」

 今日何度目か分からない戸惑いの言葉を口にするアマネ。

「そ・れ・よ・り・も! アマネ……私達から隠れていたというのは本当なの?」

「あの、マリー……これは違うんだ。決してそういう意味じゃなくてだな……」

 マリーの質問にうろたえるアマネ。

「えっ? マリー達から隠れてたのかよ? なんで……」

 っと口にしそうになり、そこで改めてアマネの言葉を思い出してしまった。

(確かアマネはギルド所属の勇者様で、酷い扱いを受けてるとかじゃなかったか? でもマリーが……いや、マリーなら全然しそうだけれども、アヤメさんがそんなこと許すかよ?)

 俺は少し考えるような素振りをしつつ、実は何にも考えていなかった。そもそもっんなもん、考えても分かるわけないねぇよ(謎の逆ギレ)!!

「おい、マ……」

「はぁ~っ。どうせ貴女のことだから、オジ様の言うなりに仕事をしていたんでしょ? だから言ったじゃないの、私のところに来なさいって。はぁーっ。も~うっ!!」

 俺が文句を言おうとしていたら空気を読んだのか、マリーが簡単に事の概要を述べていた。二人のやり取りを察するに、どうやらアマネはマリーのオジさんのところにやっかいになっていた様子。で、そこではあまり良い待遇はされていなかったようだ。そんなアマネをマリーは自分のところへ来るように言っていたが、拒否したってところだろう。

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