第9話 エピローグ

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――広間に、いつもより豪勢な昼食が広がる。



「アイちゃん、これも食べて」


「これもとっても美味しいの、食べてほしいわぁ」


「お母さん、ずっと……アイちゃんと一緒に、食べたかったわ」


 母がニコニコと歌うように話す。

 その様は公爵家に花が咲いたようだ。


「わかったから! 普通に食べせてよ」


 喋りすぎの母が、弟にいなされる。



――もぐもぐ。


(――あぁ美味しい。何食べても美味しい)


 賑やかに食が進む公爵家の広間は、不思議と空気が澄んでいて、用意された料理も輝いて見える。


(――マエリス、こっちは任せて、そっちは任せた。

 寂しい気持ちがないっていったら嘘になる。

 でもその代わり、いっぱい嬉しいのも本当だよ。

 ……マエリスも、きっと同じだよね?)



「それにしても、アイちゃんとアザちゃんは仲良くなったのね?」


「そう? まだ病状の経過観察中」


「えっ? アイちゃん何か病気なの? えっ?」



『違うからっ!!!』


(――あのやろう……)


『アザリス、今の発言、次期公爵として相応しくなくってよ?』


――ビクッ


「クソ姉貴……」


――あははははっ



 ノックの音がして、ダレンが入ってくる。

 父に近付き、口を開く。


「お食事中、大変失礼申し上げます。皇帝陛下からの、緊急招集にございます」


 そう言うと父に、紙を差し出す。

 桜の紋章が押されていた。

 読んだ父が眉を潜める。


 父が立ち上がる告げる。


「行ってくる。アイリス、ありがとう。またゆっくり食事しよう」


『うんお父さん、またね。お仕事がんばって!』


 まあまあ、と母も立ち上がる。

 ふたりは移動しながら密やかに話し出す。


「今日は体調がいいのかしら、それにしても急ね」

「仕方ない、話せるときに進めないといけないものが山ほどある」

「無理なさらないでね」

「うむ、しかし最近どうもおかしい……」


――ぱたん。


(――最近……おかしい……)


 父の言葉が脳裏に流れる。


「やっぱり、アイリス様は、政治に興味がおありで?」


『いや、そんなことも、なくはないような……』


「びっくりしたよ。姉ちゃんが蓋外してピアノ弾いて、さらに父様たちと一緒に昼飯食べるなんて。何年ぶりだよ」


 アザリスは真剣な顔でそう言った。


――もう、逃げない、ごまかさない。

 私はここで生きていく。

 元あやめ、でもアイリスとして生きていく。


『これからもっと、驚かせてあげるから。』


『覚悟しといて!!』


「まじでっ!?」




◇◇◇


――王宮閣議室――


 王城の一階にそれは在る。

 年輪が歴史を語る重厚な木肌に包まれる格式高い会議用の広間。

 そこに爵位と要職を備えた者たちが集う。



「……このままでは、何も前に進まない」

 怒っている男は王家の桜木で設られたテーブルを叩き、吐き捨てるように言った。


「陛下はもちろん理解しておられる」

 別の男が嗜める。


「しかしっ……」

 尚も食い下がる彼は、周りに目配せをする。


「これは私だけの問題ではない、皆も同じ不安を抱えているはずだ。特に、甚大な浸水被害を受けた領地は特に……」


 咳払いをし。被害を受けたらしき男が応える。

「確かに現状に困ってはいる。しかしながら今は、個人の領地よりも大局を見るべきではないか」


「しかし!」


 災害対応をめぐる議論は、すでに感情論に傾き始めた。


「綺麗事がお得意ですね。各領地の民を守る事が本質であり大局ではないのかな」

 厳格そうな男が真剣な顔で言った。


――ガチャッ


「これは公爵閣下。お待ちしておりました」

 先程怒っていた男は大儀そうに言う。


「遅れて済まない。陛下は?」

 問い掛けたマイルズ公爵に、皆が首を振る。


「呼び出しておいてこれは手厳しい」

 怒った男は大袈裟にピシャリと頭を打つ。


「良さぬかっ、静かに待ちなさい」


 会議室は静寂に包まれる。

 苦虫を噛み潰した顔が並ぶ。



◇◇◇


――王城・後宮 王妃の間――



 王妃の桔梗色の瞳が驚愕に染まる。

 そこには隠しきれない狼狽が滲む。


「……それで?」


「はい、それで、持ち主に返したいのですが、どのようにすべきか確認したくて……」


 黒髪に燃えるような紅い瞳の青年は、母の目を真っ直ぐに見据える。


 王妃が手を伸ばす。その華奢で蒼白い手が震えている。


「そちら、見せていただいても?」

 

 青年は素直に差し出す。

 王妃はまるで、繊細な壊れ物を扱うかのようにブローチを手に取る。

 その顔は戦慄を湛えて引き攣っている。


――……。



「……いけないわ。僅かに損傷がある」


「それは! 彼女が勢いよくぶつかってきたので……」


「えぇ、もちろん貴方は悪くない。だけど」


 確信に満ちた顔で続ける。


「ご令嬢に返すなら、完璧にしないといけません。私が責任を持ってお返しします」



 青年は不満と安堵が綯い交ぜになったような表情で言う。


「正直、彼女とどう接していいのか、分からなかったもので……」


 控えめに笑う。その姿は年相応な青年らしいものだった。

 

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」


 青年はそう言って頭を下げ、部屋を後にする。


 その背中を、王妃が見送った。

 瞳の奥に、強く光る何かを宿して。


 王妃は自身の手の中の感触を確かめる。

 桔梗の瞳だけが静かに揺れていた。


――ぼっ……


 他には誰もいない部屋に、静かに光が灯った音がした。



◇◇◇



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