第十一景:強制ログアウト
その瞬間。
「ブツッ」という鈍い音と共に、世界は沈黙した。
唸りを上げていたエアコンの音が消えた。
ミニコンポから流れていた大音量のロックが消えた。
熱暴走寸前だったノートパソコンの画面が真っ黒になり、冷却ファンの回転もピタリと止まる。
停電である。
Wi-Fiルーターの小さなランプも消え、インターネットという広大な仮想世界との繋がりは、物理的に、そして暴力的に切断された。
六畳一間の部屋は、一瞬にして深い暗闇と、重苦しい静寂に包み込まれる。
聞こえるのは、窓ガラスを容赦なく打ち据える激しい雨の音だけだ。
「…………」
吾輩は暗闇の中で、ただ呆然と座っていた。
数分もすると、エアコンの恩恵を失った部屋に、真夏のむせ返るような湿気と熱気が、じわじわと、しかし確実に侵食してくる。
首筋をツーッと汗が伝い落ちる。
シャツが肌に張り付く不快感。
そして、椅子に座り続けていることで軋む、四十五歳の誤魔化しのきかない腰の痛み。
それらが、吾輩に容赦なく現実を突きつけていた。
お前は、光ファイバーの中を飛び回る無敵の電子データなどではない。
お前は、マトリックスに接続された悲劇の主人公でもない。
お前は、停電一つで途方に暮れ、汗をかき、腰を痛め、暗闇の中で一人ぼっちで座っている、ただの「肉体を持った不器用な中年男」なのだ、と。
圧倒的な自然の猛威の前に、吾輩の貧弱なデジタルの城はあっけなく陥落し、安っぽい妄想は、湿気を含んだ空気の中に霧散していった。
吾輩は暗闇の中で小さく息を吐き、まとわりつく汗を手の甲で無造作に拭った。
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