おつかれさま?

 ココアのトレーを片付けて本部に用意された自室に戻り、ソファに座ってタイを緩めた。

 もたれかかるまではせず、深く腰掛けて軽く息を吐く。

 なるべく普段から隙を見せないように、自室であってもあまり気を抜いていると外でも出てしまう。

 それでも。

「良かったー……」

 改めて大きく息をつき、両手で顔を覆った。

 今くらいはいいよな、と思い、少し気を抜いた。

 複数箇所で山の行商路が崩れたと聞き、盟主、他の幹部と分担して自分の都市から近い場所の対応に行っていた。

 行商路が崩れているために資材の運搬にも難が出てしまい、長丁場を覚悟していたところに唐突な同盟員を招集しての会議依頼。

 盟主も別のところを対応しているということは、必然的に会議は幹部長であるマリーが対応することになる。

 マリーは判断が良くフットワークも軽く、身内を大事にするので幹部向きではあるが、会議をまとめるとか資料をまとめるとか、そういったことは概ね苦手で、苦労するのはわかりきっていた。

 それに、この盟主不在、幹部も少ない中での唐突な会議招集。

 何の裏もないと思う方が難しい。

 なんとかして現場を抜けられないかと苦慮していたところにレミーの都市から資材と共に連絡が届き、『心配なんでしょ?行ってあげなよ』と。

 レミーも共に幹部であり、前に出て人を率いるタイプではないが、人の警戒心を解き、人と人を円滑に繋ぐことに長けている。

 彼はそういう機微に聡いから、自分が普段からマリーのことを気にかけていたのを知っていた故の行動だろう。

 送ってもらった資材でありがたく応急処置をし、可能な限りの急げる手段で本部に向かうと、案の定敵対同盟の部隊が近くに控えており、それを片付けてから何事もなかったように会議に遅れて参加した。

 今日はそのことは伝えられなかったが、明日にでも報告する必要があるだろう。

 まずは無事を確認できたのが何よりだった。

 今回の会議依頼は一般の同盟員から出たものであり、盟主は内容的に必要と判断して招集をかけたが、その出所は探っておいた方がいいかもしれない。

 今では貴重になってしまったハーブティを薄めに淹れ、香りを楽しむ。

 このあと自分の都市の残務を処理すれば今日は休めるかなと考えていると、扉がコツコツと叩かれる音がした。

「まだ起きてる?寝ちゃった?」

 レミーの声だ。

 遅くなったので明日にしようと思っていたが、礼を言えるなら今でもいいかもしれない。

 タイは緩めたまま居住まいを正して扉を開けると、ワイングラス二つとやはり今では貴重になってしまったワインボトルを持ったレミーが立っていた。

「今日はお疲れさま。大変だったでしょ。それに安心したかと思って。」

 そういうことなら立たせての話は失礼だろうと思い、部屋に招き入れた。

 早速レミーはグラスをローテーブルに置き、グラスに半分ほどワインを注ぎ、片方を自分に渡した。

「マリーの無事と、陰謀の粉砕を祝って。」

 レミーが口上し、かろん、と小気味の良い音でグラスを合わせ、ヴィンテージの割には軽い口当たりを楽しむ。

「やはり知っていたか。」

「あの敵対同盟の領地から本部に向かうなら、うちの都市は通り道よ?今回は気づいたときには通り過ぎてたから後手に回っちゃったけど、片付けてくれて助かった。」

「それはこちらこそだ。マリーも礼を言っていた。恩に着る。」

「苦楽を共にしてる戦友でしょ。そんなとこ気にしない。」

 それもそうだ、と力を抜いてふっ、と笑いを漏らす。

 レミーも少し気を抜いたように柔らかく笑う。

 しかし、すぐに困ったように眉根に軽く皺を寄せて、隣に座ってきた。

「でも僕はね、心配してるんだよ?」

「え?」

「心配することが君の専売特許だとでも思ってた?僕だって心配だよ?マリーのことも。……君のことも。」

 長いまつ毛の眼差しが妙に近くに寄る。

 思わず落としそうになったグラスをひょいとレミーの指が受け止めてローテーブルに置き、その長い指が頬に触れる。

「現場から休みなしで走ってきたでしょ。どんだけ無理したの?その上、僕の援軍が着く前に陰謀軍も片付けちゃって。さらに会議まとめてマリーのアフターフォロー?そりゃ心配もするよ?」

 まるで全て見ていたかのようにすらすらと出てくる言葉。

 いや目端の利く彼なら、見ていたのだろう、全て。

 頬から髪を撫でる手をやんわりと払おうとしたが腕が持ち上がらない。

 実際かなり疲れてはいるのだが、疲れているにしてもおかしい。

 ソファにもたれかかってしまった身体を起こそうとしたが、レミーが覆い被さるように寄ってきていて起こせない。

 一度身体を沈めて逃れようとしたが、緩めたままのタイを軽く引かれ、逃げられなくなった。

 そこまで酒に弱いわけではないはずなのに、目が回る。

 意識を少しでも立て直そうと深く呼吸するが、レミーはそれで何かに気づいたようだった。

「頃合いみたいだね。」

「……何を。」

「だって、こんなに無理してるのに全然休んでくれないし?仕方なくない?」

 考えがまとまらない。

 散り散りになる思考をかき集め、ようやく何か薬を盛られた可能性に思い至る。

 手足だけでなく全身に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになるところをレミーの腕が支え、肩に回して身体ごと支えられた。

 そのままベッドに運ばれ、ゆっくりと下ろされて横たえられる。

 無理にでも身体を起こそうとするが、馬乗りになって肩を押さえられ、ますます動けない。

「この後仕事しようとしてたでしょ。そこに書類出てたしね。今日はもう休むべきだと思うんだけど?」

「なんで……こんなことを……」

「そりゃあ、もう。」

 抵抗できないままに衣類を緩められていく。

 必死に意識を手放さないようにしているが、長く続きそうにもない。

 懇願するようにレミーの腕を掴むが弱々しく、むしろ求めているような形になってしまう。

 その様子を見ながら困ったように、手の平で目の周りを覆われる。

 辛うじて耐えていた意識が、暗闇と暖かさの中に落ちていった。

「……良い夢を。」

 最後にそんな声が聞こえた。

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