第30話

 世の「女心がわからない男子諸君」に向けた、この長かった講義も、いよいよ今回で最終回だ。


 俺が仕掛けた、全世界のゲームプレイヤーを巻き込んだ「公開プロポーズ(事実婚宣言)」。

 その結果がどうなったかと言えば――俺たちの予想を遥かに超える、特大のハッピーエンドだった。


『伝説のカップル』『クリエイターとトップモデルの純愛』。

 週刊誌の悪意ある記事は一瞬にして消し飛び、俺たちは世間から「最強の夫婦」として公認されることになった。

 ゲームの売上は前代未聞の数字を叩き出し、玲奈のモデルとしての人気も、その「一途で愛情深い姿」が共感を呼び、さらに爆発した。


 ……だが、男子諸君。

 ここで満足して「俺ってスゲェだろ」と胡座をかいているようでは、永遠に女心は理解できない。


 女の子にとって、「世間がどう思うか」なんて実は二の次だ。

 一番大事なのは、「愛する男から、ちゃんと目を見て、形に残る言葉と物(指輪)をもらうこと」。

 俺はまだ、彼女に直接「結婚してください」と言っていなかったのだ。


 ***


 ――それから数ヶ月後。


 都内の、緑に囲まれた美しいチャペル。

 俺たちの結婚式は、親しい友人や関係者だけを招いた、極秘かつアットホームなものになる……はずだった。


「おおっとぉ! パパラッチの諸君! ここから先は、俺様とこのアコーディオンが奏でる『愛の防波堤』を越えてからにしてもらおうかァ!!」


 式場の外では、金髪特攻服に身を包んだ勉が、なぜかアコーディオンで『結婚行進曲』を爆音でかき鳴らしながら、群がる週刊誌のカメラマンたちを物理的に蹴散らしていた。

 そして受付では、アリスが「身分証のご提示お願いしまーす! あ、そこの記者、コミケの列整理舐めんなよ! 横入りは即退場だからね!」と、謎のオタクスキルを遺憾なく発揮して仕切っている。

 ……本当に、俺の周りは頼もしい公害だらけだ。


 そんなカオスな外の騒ぎから隔離された、静かな新婦控室。


「……ねえ、湊」


 鏡の前に座っていた玲奈が、ゆっくりと振り返った。


 俺は、文字通り息を呑んだ。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女は、俺がこれまで見てきたどんな瞬間よりも、圧倒的に、そして暴力的なまでに美しかった。

 パリコレの最前線で磨き抜かれたプロポーションに、純白のシルクが完璧にフィットしている。銀色の髪には、小さなティアラが輝いていた。


「……すごく、綺麗だ。玲奈」

 俺が素直に褒めると、玲奈は顔をサッと赤くして、フンとそっぽを向いた。


「……当たり前でしょ。誰だと思ってるの。それより、あんたのそのタキシード……ミジンコがペンギンに退化したみたいで、笑い堪えるの必死なんだけど」

「ペンギンってなんだよ。俺だって一応、オーダーメイドで作ったんだぞ」

「ふん。まぁ、隣を歩く許可くらいは出してあげるわ」


 相変わらずの毒舌。

 だが、そのドレスの裾を握る小さな手は、微かに震えていた。

 極度の緊張だ。世界中のカメラを前にしても堂々としている彼女が、たった数十人の前で「俺の妻」として歩くことに、ガチガチに緊張しているのだ。


 愛おしすぎて、どうにかなりそうだった。


 俺は彼女の前に歩み寄り、その震える手を優しく包み込んだ。


「……湊?」

「玲奈。式が始まる前に、一つだけ、俺のミスを修正させてくれ」


 俺は、タキシードのポケットから、黒いベルベットの小さな箱を取り出した。

 パカッ、と開けると、中には、彼女の瞳と同じように澄み切った、ダイヤモンドの指輪が光っていた。


「……っ」

 玲奈が、息を呑んで両手で口元を覆う。


 俺は、彼女の前に静かにひざまずいた。


「ゲームの画面越しじゃなくて。全世界に向けたパフォーマンスでもなくて。……今、お前の目を見て、俺の本当の言葉を伝える」


 俺は、玲奈の左手を取り、その薬指をそっと見つめた。


「高校の卒業式から今日まで、何度も俺を突き放して、その度に俺を守ろうとしてくれて、ありがとう。……お前のその不器用で重たい愛がなかったら、俺はここまで来られなかった」


 玲奈の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ち、純白のドレスにシミを作っていく。


「これからは、俺がお前を守る。俺の人生(システム)の、永遠のヒロインになってください。……俺と、結婚しよう」


 俺が指輪を差し出すと、玲奈は泣きじゃくりながら、何度も何度も首を縦に振った。


「……っ、ばか、遅いのよ……。ゲームの中で先にプロポーズするバカが、どこにいるのよ……っ」

「ごめん。どうしても驚かせたくてさ」


 俺が彼女の薬指にゆっくりと指輪をはめると、サイズは寸分の狂いもなく、完璧にフィットした。


「……湊」

 玲奈は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、俺の首に思い切り腕を回してきた。

 ティアラが少しズレたが、そんなことはお構いなしだった。


「……私、家事も壊滅的だし、素直じゃないし、すぐ手が出るし……あんたに迷惑ばっかりかけるかもしれないけど」

「知ってる。今更だろ」

「……だから、その分」


 玲奈は、俺の耳元に唇を寄せた。


【最後の3秒沈黙(ツンデレの終着点)】


「……い〜ち」

「……に〜い」

「……さ、んっ……」


「……一生、私が養ってあげるわよ。だから、安心して私の隣で、世界一のゲームを作りなさいよ。……この、世界で一番大好きな、私のポンコツ旦那様」


 ツンデレの限界突破。

 相手を守りたいという究極の愛が、「私が養ってやる」という男前すぎる逆プロポーズ(デレ)となって爆発した瞬間だった。


「……ははっ。降参だよ。俺の負けだ」


 俺は、彼女の腰を引き寄せ、誓いのキスの「前借り」をした。

 涙のしょっぱさと、彼女の甘いリップの味が混ざり合う、最高に幸せな味がした。


 コンコン。

「湊ー! 玲奈ちゃん! そろそろ入場だよー!」

 ドアの外から、アリスの明るい声が聞こえた。


「行くか。俺たちの、新しいステージに」

「……ええ。エスコートでつまずいたら、ドレスのヒールで踏んづけるからね」


 俺たちは笑い合いながら、立ち上がった。

 彼女が俺の腕に手を絡める。その薬指には、俺が贈った指輪がキラキラと光っている。


 重厚な扉がゆっくりと開く。

 そこには、勉が奏でるアコーディオンの優しいメロディと、俺たちを祝福する温かい光が待っていた。


 ***


 世の「女心がわからない男子諸君」。

 もし君の隣に、口が悪くて、素直じゃなくて、すぐに「バカ」とか「ポンコツ」とか言って悪態をつく女の子がいるなら。


 絶対に、手放すな。


 その「ツン」の裏側には、君のためなら世界を敵に回しても構わないという、不器用で、海よりも深く、そして最高に甘い「デレ」が隠されているのだから。


 俺の講義は、これでおしまいだ。

 さあ、俺は世界一のツンデレ妻に、今日も焦げた朝食を作ってもらうとしよう。


(第2部・完)

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