第26話
世の「女心がわからない男子諸君」に、恋愛における「嫉妬」のメカニズムについて講義しよう。
女の子が他の女の影に嫉妬して不機嫌になった時。
「ただの幼馴染だよ」「仕事の付き合いだよ」と論理的に弁明するのは三流だ。
「もしかして妬いてるの?」とニヤニヤしながら聞くのは二流どころか、殺されても文句は言えない。
一流の対応とは何か? それは、この後の俺の立ち回りを見て学んでほしい。
***
「……へえ。運命、ねぇ」
俺の会社の社長室。
高校時代からの幼馴染であり、今日から派遣秘書として配属されたアリス。
そして、極秘同棲中の彼女であり、世界を股にかけるトップモデル・玲奈。
二人の美女の視線が空中で激突し、バチバチと青白い火花を散らしていた。
「玲奈ちゃん、久しぶり! パリコレモデルが、なんで湊の社長室のソファで寝てるのかな?」
アリスが、ニコニコと笑顔を張り付けたまま首を傾げる。相変わらず、無邪気さを装って急所を突いてくるオタク女子だ。
対する玲奈は、深く被っていた帽子を取り、バサリと銀髪を揺らした。
腕を組み、長い脚を組み直し、圧倒的な「大人の余裕」を醸し出す。
「……別に? 私はこの会社のイメージモデルとして、打ち合わせに来ただけよ。ポンコツ社長の働きぶりを監視してあげてたの。……それより、あんたこそ何なの? 秘書?」
「そうだよ! 湊のスケジュール管理から、メンタルケア、あと……好みの濃さのコーヒーを淹れるのも、私の役目!」
アリスが、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを、俺のデスクにトンッと置いた。
「湊の胃腸の弱さ、昔から知ってるのは私だけだもんね〜」
その言葉に、玲奈の眉間がピクリと動いた。
「昔からの付き合い」というマウント。これは、高校時代からの関係性とはいえ、間に数年間の「パリと日本」の空白がある玲奈にとって、一番痛いところだ。
玲奈はフンと鼻を鳴らし、立ち上がって俺のデスクに近づいてきた。
「……昔のデータなんて、アップデートされてなきゃ無価値よ。それに、カフェインの摂りすぎは胃に悪いの。私が毎朝作ってるオーガニックの――」
そこまで言いかけて、玲奈はハッとして口をつぐんだ。
『私が毎朝作ってる』。
それはつまり、一緒に暮らしている(同棲している)という事実を自ら暴露しかけたのだ。
「え? 玲奈ちゃん、毎朝……?」
アリスが怪訝な顔をする。
「……っ! な、なんでもないわよ! とにかく! こいつの健康管理は、ビジネスパートナーとして私が口出しする権利があるの!」
玲奈は顔を真っ赤にして、アリスの淹れたコーヒーを奪い取り、自分で一気に飲み干した。
「に、苦っ……! バカじゃないの、こんな泥水飲ませたら、こいつのミジンコ並みの脳みそが死滅するわよ!」
「あーっ! それ湊のために淹れたのに!」
ギャーギャーと言い争う二人を前に、俺はただ黙って頭を抱えるしかなかった。
……男子諸君、よく見ておけ。
玲奈のあの必死な言い訳。本来なら「私はこいつの彼女よ、一緒に住んでるのよ!」と言い返したいのに、俺の会社に迷惑(スキャンダル)をかけないために、ギリギリのところで踏み止まっているのだ。
そのジレンマが、彼女の「ツン」をさらに過激なものにしている。
愛おしすぎるだろ、うちの彼女。
***
――その日の夜。
タワーマンションの俺の部屋。
「……」
「……」
リビングには、重苦しい沈黙が流れていた。
玲奈はソファの端っこに座り、クッションを膝に抱え、親の仇のような目でテレビの画面を睨みつけている。
俺が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、隣に座ろうとした瞬間。
「……ストップ。半径3メートル以内に近づかないで」
玲奈が、クッションで俺をガードするように突き出した。
「どうしたんだよ。機嫌悪いのか?」
「……別に? 私はいつだって平常心よ。ただ、あんたのスーツから漂う、安っぽいフローラルの香水が鼻につくだけ」
出た。匂いチェック。
もちろん俺は、アリスと変な距離感にはなっていない。だが、同じ空間(社長室)で仕事をして居れば、匂いくらいは移る。
ここで「アリスはただの仕事仲間だ」「何もやましいことはない」と言い訳するのは、先ほども言った通り三流の極みだ。
女の子の「嫉妬」は、事実関係を問いただしているのではない。
『私以外の女と仲良くしないで』『私だけを特別扱いして』という、言葉にできないS.O.Sなのだ。
だから俺は、3メートルの警告を無視して、彼女の隣にドカッと腰を下ろした。
「……ちょっと、近づくなミジンコ。殺すわよ」
「殺されてもいいよ。お前にならな」
俺は、玲奈の手からクッションを奪い取り、床に放り投げた。
そして、抵抗する彼女の細い手首を掴み、強引に俺の胸の中へと引き寄せた。
「な、なっ……!? ば、バカ! 何して……!」
「匂いが気になるなら、上書きしてくれよ。お前の匂いで」
俺がそう耳元で囁くと、玲奈の身体がビクッと跳ねた。
男子諸君。
ツンデレ女子を黙らせるには、小手先の言葉はいらない。
『お前しか見ていない』という事実を、圧倒的な行動(スキンシップ)で脳に直接叩き込むしかないのだ。
「……っ、この、セクハラ社長! パリコレモデルに気安く触ったら、違約金一億円よ!」
口では激しく罵倒しながらも、玲奈の抵抗は驚くほど弱かった。
それどころか、俺の胸に押し付けられた彼女の両手は、俺のシャツの生地をギュッと、離さないように強く握りしめている。
これがツンデレの真骨頂だ。
言葉の矢で牽制しながら、身体は正直に「安心」を求めてすり寄ってくる。
この矛盾した行動こそが、世界一可愛い彼女の愛情表現なのだ。
「一億円か。安いもんだな。俺のゲームの次回作、ミリオンヒットさせて全額お前に払うよ」
「……っ! バカ、そんなこと言ってるんじゃないわよ……」
玲奈は顔を真っ赤にして俯き、俺の胸に顔を埋めた。
【3秒沈黙(怒りから、安心への推移)】
「……い〜ち」
俺の胸元で、くぐもった声がカウントを刻む。
高校の卒業式の日から続く、俺たちだけの特別なルール。
「……に〜い」
彼女の呼吸が、少しずつ落ち着いていくのが分かる。
シャツを握る手の力が、少しだけ緩み、俺の背中にそっと腕が回された。
「……さ、ん」
3秒経った。
俺が少しだけ腕の力を緩めると、玲奈は俺の顔を見上げて、ツンと唇を尖らせた。
「……いい? アリスは確かに、あんたの過去をよく知ってるかもしれない。仕事のサポートも、私よりできるかもしれない。でもね」
玲奈は、俺のネクタイをグイッと引っ張り、自分の顔に近づけた。
「……あんたの『現在(いま)』と『未来』を独占する権利を持ってるのは、世界で私だけよ。他の女にフラフラしたら、本当に窓から叩き落とすからね」
その瞳には、パリで戦い抜いてきた強さと、俺への深すぎる愛着が同居していた。
「……ああ、分かってる。俺の特等席は、一生お前だけのものだ」
俺がそう答えると、玲奈は「……当たり前よ」と小さく呟き、もう一度、今度は自分から俺の胸に顔を埋めた。
――世の男子諸君、わかったか?
嫉妬でトゲトゲになったツンデレ女子は、正しい手順で抱きしめれば、世界で一番甘いデレを見せてくれる。
極秘同棲というプレッシャーの中で、俺たちはこうして、不器用に、だけど確実に、二人の絆を深めていくのだ。
「あ、そうだ玲奈。明日、アリスが『どうしても湊とランチ食べたい』って言ってて――」
「……は? ぶっ殺す」
……まぁ、地雷の撤去には、まだまだ時間がかかりそうだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます