第24話
世の「女心がわからない男子諸君」に、残酷な真実を教えよう。
ラブコメの最終回。パリの空の下で感動的な再会を果たし、「ずっと待ってたんだから」なんて最高にデレた台詞を引き出せば、あとは一生イチャイチャ甘い日々が続くと思っているのではないか?
……甘い。甘すぎる。ハチミツの原液を一気飲みするより甘い。
現実の恋愛において、「結ばれる」というのはゴールではない。ただのスタート地点、しかもチュートリアルが終わった直後の、理不尽な超ハードモードの幕開けなのだ。
特に、俺たちが選んでしまったルートは最悪だった。
一人は、新進気鋭のインディーゲーム会社の若き社長(俺だ)。
もう一人は、パリコレを沸かせ、今や世界中がその動向に注目するスーパーモデル、相沢――いや、活動名は『R(レナ)』。
そんなトップ同士の二人が、大手を振ってデートなどできるはずがない。
俺たちの交際は、絶対に世間にバレてはいけない「極秘ミッション」と化していたのだ。
***
「……マズいな、完全に嗅ぎつけられてる」
深夜の羽田空港、VIP専用の裏口。
俺は目深にキャップを被り、黒のワンボックスカーの運転席で息を潜めていた。
今日、玲奈は日本に活動拠点を移すため、極秘で帰国する手はずになっていた。だが、車のミラー越しに見える裏口の周辺には、どう見ても「出待ち」のパパラッチらしき車が数台、アイドリング状態で停まっている。
どこから情報が漏れたのか。人気モデルの熱愛や極秘帰国は、奴らにとって最高のご馳走だ。
『……湊。私よ。もうすぐ出口に着くわ』
イヤホン越しに、少し低くなった大人の――でも、俺にとっては何万回も聞いた大好きな声が響いた。
スマホの通話アプリ。俺たちは常に暗号化された回線でやり取りをしている。スパイか俺たちは。
「了解。だが外にはハイエナどもが張ってる。出てきた瞬間、フラッシュの嵐だぞ」
『……最悪。時差ボケで顔が浮腫んでるのに、そんな姿撮られたら末代までの恥よ』
「世界一綺麗な顔してるんだから気にすんな」
『っ……! ば、バカじゃないの! 今そういうこと言うタイミングじゃないでしょ、このミジンコ社長!』
電話越しでも分かる。絶対に今、顔を真っ赤にしてる。
何年経とうが、どれだけ世界的なモデルになろうが、俺の前では高校時代の「ツンデレ」のままだ。これがたまらなく可愛い。
『どうするのよ。このままじゃ車に乗れないわ』
「任せろ。秘密兵器を手配してある」
俺がスマホの画面をタップした瞬間。
空港の裏口に、どこからともなく一台のド派手な改造バイク――いや、どう見ても新聞配達用のスーパーカブ(マフラー改造済)が爆音と共に突っ込んできた。
『おおっとぉ! 深夜のハイウェイの流星とは俺のこと! パパラッチの諸君、俺の愛のエンジン音を聞きなァ!』
カブに乗っていたのは、真っ黒なSP風のスーツを着た金髪の男だった。
ただし、スーツの背中には金糸で『愛羅武勇』と刺繍されている。
……勉だ。あいつ、なぜか俺の会社の総務部で働いているのに、今日は「親友の愛を守るSP」として勝手に有給を使って駆けつけてくれたのだ。
「なんだあいつ!?」「撮れ撮れ! 謎の乱入者だ!」
パパラッチたちの注意が完全に勉(の奇行)に向いたその一瞬の隙を突き、裏口から黒い帽子とマスクで顔を隠した長身の女性が飛び出してきた。
俺は車のスライドドアを全開にする。
「乗れ!」
「……相変わらず、あんたの周りは公害だらけね!」
玲奈が車に滑り込んだ瞬間、俺はアクセルをベタ踏みした。
エンジンが唸りを上げ、パパラッチの車を置き去りにして深夜の首都高へと躍り出る。バックミラーには、勉がカブに乗ったままパパラッチの車の前に立ち塞がり、謎のアコーディオンを弾き始めている姿が見えた。後でボーナス弾んでやろう。
「ふぅ……間一髪だったわね。私の完璧な帰国プランが台無しよ」
助手席(外から見えにくいようシートは倒してある)で、玲奈がマスクと帽子を取り、長い銀髪をバサリと揺らした。
微かに香る、パリの高級ブランドの香水。そして、高校時代から変わらない、俺の心臓を狂わせる彼女の匂い。
「……おかえり、玲奈。ずっと会いたかった」
信号待ちの隙に、俺はたまらず彼女の細い肩を引き寄せ、抱きしめようとした。
遠距離恋愛。時差ボケ。仕事のプレッシャー。そのすべてを労うための、彼氏としての完璧なハグのつもりだった。
だが。
「……っ! ちょっと、いきなり触らないでよ!」
バシッ!
玲奈は顔を真っ赤にして、俺の胸を両手で強く押し返した。
「……え?」
「な、馴れ馴れしいのよ。時差ボケがうつるじゃない」
「時差ボケは感染症じゃないぞ……」
「と、とにかく! 運転中にベタベタしないで。事故でも起こしたら、あんたの会社ごと賠償金請求するわよ」
腕を組み、フンと窓の外を向いてしまう玲奈。
……ここで、女心がわからない男子諸君はこう思うだろう。
『せっかく迎えに来たのに、なんでそんな冷たい態度を取るんだ? 嫌われてるのか?』と。
バカ野郎。よく見ろ。
窓ガラスに反射して映っている彼女の口元は、これ以上ないくらいに緩み切っている。
いいか、解説してやる。
彼女は今、「世界で戦う孤高のトップモデル」という重い鎧を脱ぎ捨てて、数ヶ月ぶりに大好きな男(俺だ)の隣に座ったのだ。
本当は、今すぐ俺の首に腕を回して、泣きながら甘えたいに決まっている。
だが、それをストレートにやってしまえば、自分の感情が爆発して、大人としての「余裕」が崩壊してしまう。
だから「時差ボケがうつる」という、中学生でも言わないような謎の屁理屈(シールド)を展開して、必死に自分の照れを隠しているのだ。
この「触れたいけど、触れられたら感情がバグるから拒絶する」という矛盾こそが、ツンデレの最上級形態である。
「……分かったよ。じゃあ、家に着くまでお預けだな」
「……べ、別に家に着いても触らせてあげるなんて言ってないわよ。あんたは床で寝なさい」
そんな軽口を叩き合いながら、俺たちは深夜のドライブを楽しんでいた。
……だが、俺は気付くのが遅れた。
チュートリアルを終えた「大人の恋愛」が、どれだけシビアなものかに。
「……湊。後ろ」
玲奈の声が、スッと冷たく研ぎ澄まされた。
ルームミラーを見ると、俺たちのワンボックスカーの背後に、ヘッドライトを消した漆黒のセダンがピタリと張り付いている。
勉が足止めに失敗したのか、それとも別働隊か。
間違いなく、週刊誌の追跡車両だ。
「チッ……撒くぞ。掴まってろ」
「無理よ、相手はプロのパパラッチ。このままあんたのタワマンに帰ったら、私たちの極秘同棲が初日で終わるわ」
玲奈の判断は冷静だった。
俺は急遽ルートを変更し、入り組んだ都心の裏路地へと車を滑り込ませた。
だが、土地勘のある相手のセダンは、執拗に俺たちを追い詰めてくる。
細い路地の奥。行き止まりの壁が見えた。
「……クソッ、袋小路か」
車を急ブレーキで停めた瞬間、後ろからセダンが道を塞ぐように停車した。
中から、カメラを手にした男たちがニヤニヤと笑いながら降りてくる。
「トップモデルのRさんですよね? 隣の男性は、噂の……」
フラッシュの光が、容赦なく俺たちの車を照らし出そうとしていた。
交際発覚。それは、玲奈のキャリアに致命的な傷をつけることを意味する。
「……湊、頭下げて!」
玲奈が俺の腕を掴み、シートの下に引きずり込もうとする。
絶体絶命の裏路地。
世界中を敵に回しても絶対にバレてはいけない、俺たちの秘密の恋。
――第2部、開幕からすでに詰みかけているんだが、どうすればいいか誰か教えてくれ。
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