第16話

「……な、なにバカなこと言ってるの。私が、あんなミジンコを好きになるわけないでしょ」


 玲奈の反論は、あまりにも弱々しかった。

 震える声。行き場を失って泳ぐ視線。

 アリスは意地悪な追及をやめ、ただ悲しそうに、丸眼鏡の奥の瞳を伏せた。


「だったら、玲奈ちゃん。どうして今、そんなにボロボロな顔して泣きそうになってるの?」

「……っ!」


 玲奈は何も言い返せなかった。

 彼女はバンッとテーブルに両手をついて立ち上がると、鞄をひったくるように抱え、逃げるようにカフェのテラス席から走り去っていった。

 入れ替わりでトイレから戻ってきた俺は、ぽつんと残された冷めた紅茶と、どこか遠くを見つめているアリスの姿に、ただ首を傾げるしかなかった。




 そして、週が明けた月曜日。

 学園は、かつてない異常事態に陥っていた。


「……おはよう。今日はこの子を紹介してあげる。清楚系の後輩で、図書委員もやってるわ」


 朝のホームルーム前。玲奈が、見知らぬ美少女の手を引いて俺の席にやってきた。

 だが、異常なのはそこからだった。


 火曜日の昼休み。

「……昨日の子がダメなら、この子はどう? スポーティなショートヘアで、活発なタイプよ」


 水曜日の放課後。

「……やっぱりあなたには、同い年の方がいいわね。隣のクラスの、ハーフの読者モデルよ」


 玲奈が、まるで何かに憑かれたように、狂ったようなハイペースで次々と別の女子を俺に引き合わせ始めたのだ。

 毎日、違う女の子。

 毎日、違う言い訳。


 俺が断ろうとしても、彼女は一切耳を貸さない。

「私じゃ不満? なら次は……」と、呪文のように繰り返し、強引に俺と誰かをくっつけようとする。


 なぜ、そこまでして俺を自分から切り離そうとするのか。 ????

 彼女の目の下には微かな隈が浮かび、無理に作った笑顔は痛々しいほどに引きつっている。

 身を削るようにして「自分の代わり」を探す彼女の心の中には、一体どれほどの絶望と焦燥が渦巻いているというのか。 ????


「し、師匠ォオオ!!」


 廊下で次の候補者をリストアップしている玲奈の足元に、勉がスライディング土下座で滑り込んだ。


「俺を! 愛の紹介屋の第一の弟子にしてください! 余った美少女でいいんです、俺にもその輝かしいおこぼれを……!」

「視界の邪魔よ、プランクトン。そのまま床のシミになりなさい」


 玲奈はすがりつく勉の頭を冷酷に踏みつけながら、それでも血走った目でスマートフォンの連絡帳をスクロールし続けている。

 その姿は、もう見ていられないほどに迷走していた。




 木曜日。

 俺の机の前に、またしても見知らぬ女子生徒が立たされていた。


「……ねえ、湊。この子は家事も得意で――」

「もう、いい加減にしろよ!!」


 俺が力任せに机を叩いて立ち上がると、バンッ! という激しい音が教室に響き渡った。

 ざわついていたクラスメイトたちが一斉に静まり返る。

 紹介された女子生徒が「ひっ」と短い悲鳴を上げて逃げていく中、玲奈だけが、ビクッと肩を跳ねさせてその場に立ち尽くしていた。


「なんで毎日毎日、見ず知らずの人間を連れてくるんだよ。俺がいつ、そんなこと頼んだ!? お前、自分が何やってるか分かってんのか!?」


 感情のブレーキが壊れていた。

 ただでさえアリスの出現で心がざわついているのに、玲奈が俺をゴミのように誰かに押し付けようとするその行為が、どうしても許せなかった。

 俺はお前が連れてくる誰かじゃなくて、お前がいいんだ。

 その本音が喉の奥まで出かかったが、目の前の彼女の顔を見て、言葉が詰まった。


 玲奈は、傷ついた小鳥のように肩を震わせていた。

 その瞳には大粒の涙が浮かび、今にも零れ落ちそうになっている。


「……っ、なによ! 私がせっかく……あんたが将来、独りぼっちで寂しい思いをしないようにって……っ!」

「だから、それが余計なお世話だって言ってるんだよ!」


 俺が怒鳴り返すと、玲奈の瞳から、ついに堪えきれなくなった涙が一筋こぼれ落ちた。


「……っ! じゃあ、もういいわよ! 一生一人で、部屋の隅でガラクタとオタクしてなさいよ! バカ!!」


 彼女は泣き叫び、そのまま教室を飛び出していった。

 険悪すぎる空気に、床のシミと同化していた勉が「お、俺が間を取り持つぜ……」とおずおずと立ち上がろうとしたが、俺は無言で教室のドアをピシャリと閉め、彼を廊下に締め出した。


 最悪のすれ違い。

 初めて彼女にぶつけてしまった、明確な怒りと拒絶。

 それが、彼女に残されたわずかな「時間」を、さらに残酷な形で削り取ってしまうことになるとは。


 翌日から、玲奈は学校に姿を見せなくなった。

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