第14話
「みーくんのこと、私がもらっていい?」
アリスのその無邪気で残酷な宣言が響いた直後。
玲奈の顔から、すべての表情が抜け落ちた。
いつもは完璧にコントロールされている彼女の呼吸が、浅く、不規則に乱れる。
反論の言葉を探すように、微かに開いた唇が震えていた。
1秒。
2秒。
3秒。
彼女の瞳の奥で、今まで必死に抑え込んでいた感情のダムが決壊しそうになるのが見えた。
だが、玲奈はギリッと唇を噛み締め、無理やり氷の仮面を被り直した。
「……別に。誰と遊ぼうが……あんたみたいなミジンコの勝手でしょ」
震える声。
それは強がりというより、悲鳴に近かった。
彼女は俺の顔を一切見ることなく、逃げるように教室を飛び出していってしまった。
そして、週末。
俺はアリスに引っ張られるまま、秋葉原の雑踏を歩いていた。
最新のアニメソングが響き渡り、メイド姿の少女たちがビラを配る電気街。
アリスは俺の腕にしっかりと抱きつき、「みーくん、次はあっちのレトロゲーム専門店に行こう!」とはしゃいでいる。
昔から変わらない、ただのオタク仲間の幼馴染。
俺にとって、アリスはそれ以上でも以下でもない。
なのに、俺の頭の中は、金曜日の放課後に玲奈が見せた、あの傷ついたような、今にも泣き出しそうな顔で埋め尽くされていた。
どうして、あんな顔をするんだ。 ????
俺から離れようとしていたのは彼女の方なのに。
他の誰かのもとへ行けと急かしていたのは、玲奈自身なのに。 ????
「……ん?」
ふと、背筋に奇妙な悪寒が走った。
誰かに見られている。
秋葉原の喧騒の中で、明らかに不自然な、強烈で、それでいてひどく不器用な視線。
俺は歩みを止め、そっと後ろを振り返った。
休日の人混みの中、電柱の陰に、異様なオーラを放つ人物が隠れている。
トレンチコートの襟を立て、目深に被った帽子。さらに黒いサングラスという、逆に目立ちすぎる変装。
だが、隠しきれていない美しい銀色の髪が、帽子の隙間からサラリと零れ落ちていた。
玲奈だ。
間違いない。あの学園の氷の女王が、休日にわざわざ変装までして、俺とアリスの尾行をしている。
なぜ、そこまでして俺たちを追ってくるのか。 ????
そして、俺の視線は、彼女がコートのポケットから半分覗かせている「ある物」に釘付けになった。
小さな、子供向けのアニメキャラクターのお面。
見覚えがあった。ずっと昔、近所の夏祭りの射的で俺が手に入れ、泣いていた見知らぬ女の子にあげてしまった、あの古ぼけたお面だ。
どうして、玲奈があれを持っているんだ? ????
俺が玲奈と出会ったのは高校のはずなのに。 ????
まさか、あの時のお面なのか? だとしたら、どうして彼女はあんなものを、わざわざ尾行の変装アイテム(?)として持ち歩いているんだ? ????
俺が混乱の極みに達していると、不審人物(玲奈)の背後に、見慣れたバカが歩み寄っていくのが見えた。
「おおっとぉ!? この秋葉原の地に、運命の歯車を回そうとしている迷える天使が――」
「っっ!!」
勉だ。なぜお前まで秋葉原にいる。
勉が声をかけた瞬間、玲奈の肩がビクッと跳ねた。
彼女は目にも止まらぬ速さで振り返るなり、勉の胸ぐらを掴み、自分の鞄から取り出した巨大なアメ玉(激辛罰ゲーム用)を、勉の口に全力でねじ込んだ。
「んぐふぅっ!?」
声にならない悲鳴を上げて白目を剥く勉。
玲奈は勉の口を両手でガッチリと塞ぎ、周囲にバレないよう必死に壁際へ押し付けている。
完璧なモデルの彼女が、休日の秋葉原で、不審者の格好をして同級生を物理的に黙らせている。
そのあまりにもポンコツな姿に、俺は呆れを通り越して、なんだか無性に可笑しくなってしまった。
同時に、こんな馬鹿なことをしてまで俺を追いかけてきてくれた事実が、ひどく嬉しかった。
俺はアリスに「ちょっと待ってて」と言い残し、電柱の陰で勉の口を塞ぎ続けている不審者のもとへ歩み寄った。
「……休日に、何やってるんだよ。玲奈」
俺が声をかけた瞬間。
玲奈の動きが、ピタリと止まった。
ギギギ……と、錆びた機械のように首だけがこちらを向く。
サングラスがズレて、その下から、限界まで見開かれたアイスブルーの瞳が覗いた。
顔は、これ以上ないほど真っ赤に茹で上がっている。
尾行が完全にバレた学園のアイドル。
逃げ場を失い、勉の口を塞いだまま固まる彼女は、一体どんな言い訳を紡ぎ出すのか。
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