肥前化け猫騒動

猫の幽霊

5月初旬。佐賀県、JR佐賀駅前。


義経と政光はJR佐賀駅南口に降り立った。眼前にはアマツキツネのある地方都市とあまり変わらないこぢんまりとした印象の街並みが広がっていた。駅前には客待ちのタクシーが待機所も含めて10台以上並んでいる。


「私、佐賀って初めてなんですよね。」

「そう言えば、僕も佐賀の地に立つのは初めてだな。」


政光は長崎には行った事があるが、その際に佐賀は高速道路で素通りしたと言う。

有名な吉野ケ里遺跡は佐賀駅から車で30分ほどらしい、歴史ある物好きな義経は興味はあったが今回寄るほどの時間はあるまいと口には出さずにいた。


「目的地はO市でしたっけ?タクシーで行くんですか?」

「うん、O市。佐賀じゃ足が無いと不便だからレンタカー借りないとね。」


政光はそう言うと義経に先立ち駅前のレンタカーの営業所へと向かった。

大した荷物もなく二人の移動に使用するだけなので、コンパクトカーを借りる手続きをする。何日かかるかは状況次第だが、来訪目的は「人探し」だ、短期間で済むに越したことはない。


レンタカーのナビに目的地の情報を入れ、営業所を出て案内のままに道を進む。

佐賀は平地の只中にあって山は遠く、空は高い。佐賀市内から行けども行けども山の姿は道路周辺の建物に遮られて全く見えない。20分も進むころには周囲が開け、行く手に山の姿が拝めるようになった。一行はその山へと向かっていく。


道路の周囲が田んぼで大半を占められるようになった頃、周囲を田んぼに囲まれた小さな町が現れた。町のすぐ背後には山が迫り、この山々は北の福岡県との境まで広大な範囲に広がる。人探しの範囲が町中で済めば苦労は無いが、山までが捜索範囲に加わるとなると状況はかなり厳しい。


「現地の空気を確認しておきたいですね。」

義経は助手席の窓を開け、左手で空気を掻いた。車内に爽やかな春の風が入り込む。


「依頼人との待ち合わせにはまだ時間があるな、街の雰囲気を確かめよう。」

町の中にある公園に車を回し、駐車場に停めた。駐車場の近くには鳥居があり、続く階段の上に稲荷神社がある。二人は一礼して鳥居を潜り、神社への階段を上がる。


丹い鳥居が連なる稲荷神社の参道を進んだ先の社殿で手を合わせ、これからこの地で起こる出来事を見守って頂くようにと祈った。


「ここから少し行った所に温泉宿があってね、そこに宿を取ってるんだ。」

「温泉宿、いいですねぇ。ビジネスホテルは味気ないですからねぇ。」

「この辺、ビジネスホテルも無いし、若い子が遊ぶ様な場所も無さそうなんだ。」


『歴史ある町なんだが、若い子にとっては退屈なんだろうねぇ。』

政光がしみじみと言った。行方不明となった若い女の子はこの町に居るのだろうか?小さな町だからこそこの町に居ればすぐに見つかりそうなものだが・・・。


やがて二人はレンタカーへ戻り、目的の依頼人の自宅へと向かった。


────────────────────


ステンレス銘板の表札には「山鼡(やまね)」の苗字が表記されている。

表札は洋風のシャッターゲートが併設された併設された大きな通用門に掛っていた。

300坪は有ろうかという敷地は高さ2m程の洋風の壁に囲われており、内には新しい2階建ての洋風の建屋が威容を誇っていた。


「ここか、なかなか立派な建屋だねぇ。」

「どんなあくどい事をすればこんな物を建てられるんでしょうかね?」


シャッターゲート脇には来客用に5台分の駐車スペースがあり、政光はレンタカーをそこに止めて義経と共に依頼人の棲み処たる邸宅の外観をしばらく観察した。

シャッターゲートはステンレスパイプ製で表からガレージ内に止めてある2台の車が見える。


ランドローバー・ディフェンダーにジャガー・Fタイプクーペ。新車価格ならこの2台でちょっとした家が建つ。義経の言う通り普通の職業では買える代物ではない。


「ディフェンダーかぁ。いいなぁ。」

政光は車を見て笑みを浮かべる。旧車好きの義経と違い、政光は新しい物好きな為、こういう物に目が無い。現在はクラウンクロスオーバーを所有するが特定の車種にこだわりがある訳ではないらしい。外国車に興味の無い義経に促され、二人は通用門へ向かい、インターホンの呼び出しボタンを押した。


待つ間もなく女性の声で応答があり、それに対し『京極さんから紹介された者です。』と政光が応え、『少々お待ちください。』の応答があり、玄関ドアが開いた。


ドアからは憔悴したような40代と見える女性が姿を現し、深々と一礼し政光たちを敷地内へと招き入れた。


「この度は遠い所をわざわざご足労頂き、ありがとうございます。」

「いえ、ご心痛お察しいたします、微力ながら我々もご協力致します。」

政光と義経がそれぞれ自己紹介し、女性に案内され屋内へと通された。


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応接間に通されるとそこには一人の恰幅の良い50代と見える男が憔悴しきった様子でソファに座っていた。政光達が応接室に入っても顔を上げず、両手で頭を抱え込むように下を向いたままだ。


「あなた、こちらのお二人が美緒の捜索に来て下さいました。」

「・・・・ああ、あんた達が京極さんの紹介の人達か・・・。」

ようやく顔を上げた男は二人に座るよう向かいのソファを指し示した。


『普通、立ち上がって挨拶するのが礼儀でしょうに・・・まぁ良いですけど。』

義経は内心そう思いつつ政光に続いてソファへと掛けた。

男はこの家の主「山鼡 隆興(やまね たかおき)」と名乗った。改めて二人もそれぞれ名刺を出して自己紹介をする。早速政光が用件を切り出した。


「娘さんが行方不明になったと言う事ですが、警察に相談はされたんですか?」

「・・・真っ先に相談したよ、ただ行方不明になるしばらく前に私と口論になった件とGWという事もあって、事件と家出の両面で捜索するそうだが、家出の可能性が高いと言われた・・・。まともに捜索してくれるのかどうか怪しいもんだ。」


一応警察が調べて家出の可能性が高いと判断するにはそれなりの根拠があったのだろう。事件性の可能性が高いなら警察の組織力に任せるのが間違いなかろう。なぜわざわざ我々が遠く佐賀まで呼ばれたのか、その理由が義経には気になった。


「ただの家出でも事件でもないという何か根拠があるんですか?」

政光が義経の気になった事を代弁してくれた、隆興は少しためらいつつも口を開く。


「美緒が居なくなる少し前から、『猫の幽霊』に怯えていたんだ。」

「猫の幽霊?」


意外な単語に政光と義経は互いの顔を見合わせた。


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