第30話秘められた過去②
喉の奥のひりつきが消えないまま、ライラはその日も歌い終えた。
カイスは静かに目を閉じ、胸の奥の光を落ち着かせていた。
「ありがとう」
その声に、ライラは静かに微笑んだ。
けれど、その日以降ライラが来ない日が続いた。
石造りの神殿は、昼でも薄暗い。
高い天井に反響するのは、風の音と、遠くの森のざわめきだけ。
カイスは神殿の入口に座り、外の気配に耳を澄ませていた。
(……ライラ……)
風が枝を揺らす音。
鳥が羽ばたく音。
誰かが落とした小石の転がる音。
そのすべてに、ライラの足音を探していた。
光が明滅しざわつく。
揺れが細かくなる。
(来ない…)
その揺れを抑えるように、カイスは深く息を吸った。
けれど、研ぎ澄ませた感覚は、必要のないものまで拾ってしまう。
神殿の外の道を、二人の人影が通りかかった。
「……夜の器、もうだめらしいぞ……」
カイスの光が、一瞬で止まった。
「あの光を抑えるたびに、夜の器の命が削れてるんだろ……もう限界だ」
石柱の影に立ったまま、カイスは動けなかった。
何かが、世界ごと崩れ落ちた。
「夜の器がなくなったらどうするんだ。あの光、暴れ出すぞ」
(……夜の……器……?)
耳が勝手にその言葉を追う。
「あの娘だろ?最近姿を見ないって……」
「そりゃそうだ。命、削ってるんだ。もう長くない」
世界が、音を失った。
風の音も、森のざわめきも、聞こえない。
ただ、“夜の器”という言葉だけが残る。
光が、ひとつ、大きく跳ねた。
(……ライラ……?)
頭の奥で、鈍い衝撃が走る。
呼吸が止まる。
視界が揺れる。
光が荒れかける。
(……ライラ……が……命を……?)
言葉にならない。
ただ、暴れかけた光を必死に押しとどめるように、カイスは石の床に手をついた。
石床に細いひびが走る。
(……知らなかった。何にも知らなかった…っ…)
光が激しく明滅する。
頭が割れるように痛む。
けれど、カイスは歯を食いしばった。
(……ライラに……きく……ライラは絶対来る…約束したから…っ…)
光が荒れかけるたび、カイスは深く息を吸い胸を押さえ、ただ待った。
それでも、ライラは来なかった。
一日。
二日。
三日。
神殿の外の光が傾くたび、カイスは入口に立ち、森の気配に耳を澄ませた。
(……ライラ……)
風の音。
鳥の羽音。
枝の折れる音。
そのどれにも、ライラの足音はなかった。
光がざわつく。
揺れが細かくなる。
(……こない……なんで……)
四日目。
五日目。
喉の奥が焼けるように痛む。
光が、抑えきれないほど荒れ始める。
(……こない……こない……こない……)
来ない理由は、もう分かっていた。
噂ではなく、確信として。
六日目の夕暮れ、神殿の石壁に落ちる影が長く伸びていた。
その日もライラは来なかった。
その事実が静かに、けれど確実に形を変えた。
(……ライラ……死んじゃう……)
その瞬間だった。
体の奥で、光が“破裂”した。
「……っ……!」
石の床が爆ぜた。
破片が宙に舞い、空気が震え、神殿全体が悲鳴を上げる。
光が形を失い、暴風のように吹き荒れた。
石柱が折れる。
天井が軋む。
壁に走った亀裂が、音を立てて広がっていく。
(……助けて…っ…ライラ…っ…)
カイスの腕が焼けた。
皮膚が裂け、血が蒸発し、骨が露わになる。
それでも痛みはなかった。
痛みよりも、心にぽっかりと空いた“喪失”のほうが強かった。
光が噴き上がる。
神殿の天井を貫き、夜空へ向かって柱のように伸びる。
周囲の森が、一瞬で白く染まった。
木々が焼け落ちる音。
土が焦げる匂い。
空気が裂ける振動。
(……ライラ……ライラ……っ……)
名前を呼ぶたび、光がさらに跳ねた。
地面が割れる。
石畳が崩れ落ちる。
神殿の外の大地が波打つ。
光が世界を焼く。
夜の気配が悲鳴を上げる。
境界が軋む。
空気が震え、音が消える。
カイスの視界は白く染まり、世界はただ光だけになった。
(抑えられない…っ)
光が爆ぜた。
轟音も、熱も、痛みも、すべてが一瞬で飲み込まれた。
ただひとつの名前を必死で呼んでいた。
その名が落ちた瞬間、世界は静かに、完全に焼き尽くされた。
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