第6話 呼ばれる人

仕事帰りのバーは、

会社より少しだけ本音に近い。


照明は暗く、

氷の音だけがよく通る。


高澤が入った時、

加藤瑠衣はもう奥の席にいた。


グラスは半分。


姿勢は崩れていない。


高澤は向かいに座る。


マスターが黙って水を置いた。


「Auroraか」


挨拶代わりの一言だった。


加藤は頷く。


「榊さん不在、

 相沢さん平常運転」


「知ってる」


「でも、現場が持ち始めました」


高澤は水に口をつける。


「何を」


「見守りです」


高澤は目だけ上げた。


加藤は指先でグラスを回す。


「自然発生した当番制です」


「……そういう言い方するな」


「事実です」


淡々としていた。


「美咲さんが遅番で残る日が増えました。

 藍さんは作業を口実にいます。

 凪さんはソファに沈んでるだけの日があります」


「ただ居るだけだろ」


「そうとも言います」


氷が小さく鳴る。


「でも全員、

 相沢さんが帰るまで帰りません」


高澤は返さない。


返さない時は、

理解している時だった。


「現場で支えるのはいいことです」


加藤が言う。


「でも、現場だけで回すには少し長い」


「それで俺か」


「整備士ですから」


「誰が決めた」


「みんな薄々」


高澤は苦笑した。


勝手に役職が増える時は、

だいたい面倒な時だ。


スマートフォンが震える。


画面を見る。


知らない番号。


出る。


「高澤さん? 俺、凪」


凪隼人だった。


高澤は眉を寄せる。


「……なんで番号知ってる」


加藤は水を一口飲んだ。


「僕が教えました」


高澤は横目で加藤を見ながら続ける。


「どうした」


少しだけ向こうが騒がしい。


機材の音。


誰かの笑い声。


遠くでドアが閉まる音。


『今って暇?』


いつも通りの声に聞こえて、

少しだけ疲れていた。


『迎え、これる?』


高澤は椅子から立ち上がっていた。


「どういう状況だ」


『帰るって言って、

 三時間ケーブル見てる』


加藤が小さく笑う。


予想通り、

という顔だった。


「分かった。行く」


通話を切る。


ジャケットを取る。


加藤が言う。


「ほら、必要でしょう」


「お前が仕組んだんじゃないのか」


「半分くらいは」


否定しなかった。


高澤は会計票に手を伸ばす。


加藤が先に取る。


「今日は僕です」


「何でだ」


「制度の相談料です」


高澤はそこで手を止め、

そのまま引いた。


「次はないぞ」


「次もありますよ」


加藤はそう言った。


高澤は店を出る。


夜の空気は、

まだ少し重かった。


道路の向こうで信号が変わる。


会社でもなく、

家でもなく、

Auroraへ向かう夜だった。


もう、

線の内側で呼ばれていた。


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