第24話 退屈しない時間

さて……どんな曲を歌おうか。


さっき練習してたやつや他の流行りの曲を歌うのは、なんだか違う気がした。


俺の歌を聴きたい。


そう面と向かって言われたのは、久しぶりかもしれない。

動画サイトに歌を上げて、そこそこ名前が知られているとしても、それはあくまで画面越しの話だ。


再生数やコメントは増えても、こうやって目の前で「聴きたい」と言ってくれるひとはあまりいない。


だからなのか、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。

悪い感じじゃない。


たぶん、これをワクワクしていると言うのだろう。


すぐそばの銀髪少女を見る。


「…………?」


怪訝そうに首を傾げた沙月さつきと目が合う。

その瞳は綺麗な碧で、吸い込まれそうなくらい輝いて見えた。

その姿がなんだかおかしくて、愛らしいと思ってしまった。


……そうだよね。


出会って間もない俺なんかに死んではいけないと言い、俺を生き返らせると、俺の人生を楽しませてくれると言った。


その呆れるくらい自分の道を信じて走る真っすぐさに、きっと興味を持った。


沙月と一緒にいるのは、楽しい。


それがいつまで続くのか、終わりがあるものなのかはわからないけども。


そんな彼女に聴かせる歌なら、今この世界にある曲は似合わないと思った。


なら、どうするのかは決まっている。


「──うん、歌うね」

「……玖羽くろう君?」


隣で沙月が息を潜める気配がした。


その沙月の存在を近くに感じながら、膝の上にいる相棒を抱え直す。

優しく弦を弾くと、小さく応えてくれる。


頭は働かせて、だけど考えるのではなく感情をそのまま音にしてしまう。

歌詞もだ。今の気持ちをそのまま乗せればいい。


沙月は静かに俺を見ている。


春風が俺と沙月の間を通り抜けた。


俺は大きく息を吸って、声とアコギで空気を揺らす。




誰かが作った世界で

みんな上手に笑っている

僕だけ息継ぎが下手なまま




──こんな即興で演る(やる)のは久しぶりだ。

──でも感覚は悪くない。

──このまま進もう。




折れた羽で

どこへ飛んでいける?

もう夜はすぐそこ



──感じたまま指と喉を動かしていく。

──上手く歌えているか少しだけ不安になる。

──その気持ちもすべて込めてしまおう。

──今はただ、この身を任せてしまえ。




死んでしまえば

次の朝にいけるのかな

どこからか音がした

なぜか綺麗だった



歌い終えて、大きく息を吐く。


やり切った達成感と、アドリブで生み出した曲を無事に着地させられてほっとする。


いやー、珍しくちょっとだけ緊張しちゃった。


額の汗を拭って、今度は大きく息を吸う。


「どう? これでお返しできたかな?」


そう言って顔を上げる。


沙月はじっとこちらを見ている。


爽やかな風が吹き、木々が揺れる音が静かに聞こえてくる。


俺が歌う前と同じ姿勢のまま、沙月はしばらく瞬きも忘れたように動かなかった。


……うーん? いまいちだったのかな?


さすがに即興のクオリティだし、ちょっと攻めすぎたかもしれない。


「……ねえ」


何かフォローしようと口を開きかけたところで、沙月がぽつりと呟いた。


「うん? どうしたの」

「これ、料金は発生するのかしら」

「しないよ? おひねりはいただいていないよ?」

「支払いは現金でよかったかしら?」

「話きいてー? お財布もしまってー」

「ごめんなさい……こういう時、お金以外で気持ちを伝えられなくて」

「そんな嫌なお嬢様キャラじゃなかったじゃん……お礼なんだからお金は要らないって」

「そう……ならいいわ」


沙月はそう言って視線を落とし、何事もなかったようにスマホを操作する。

そして、無機質な電子音がふたりの間に響いた。


「なんか録音してなかった?」

「……?」

「いや何か? みたいな顔しないでよ」

「安心しなさい。歌いだしの直前からしっかり録れているわ」

「そんな心配はそもそもしてないよ……」


いや別に沙月のために歌ったものだし好きにしてくれて良いんだけど。

沙月が変なことに使うとも思っていないしね。


「……玖羽君」

「なに? 曲のことなら録音したのを好きに使って別に大丈夫だよ」

「いえそうでなくて……」


沙月は珍しくはっきりしない様子でこちらを見ていた。

碧い瞳が揺れて、言葉を探すように唇が小さく開く。


「えっと……すごく良い歌だったわ」


それだけ言って、視線を逸らしてしまう。


普段の大人びた表情とは違う、年相応のその様子がなんだか面白くて、思わず笑みが出る。


「そっか。うん、ありがとう」


沙月に喜んでもらえて、そんな姿が見られたのなら俺も満足だ。


それに、誰かのために歌う歌は思ったより楽しかったしね。

こっちのほうこそお礼を言いたいくらいかもしれないくらいだ。


陽もだいぶ傾いてきて、空は茜空に変わり始めていた。

木々の影が長く伸びて、さっきまで明るかった公園に夕方の気配が滲んでいく。


とりあえずもう今日は店じまいかな。


そんなわけで、撤収作業。


まあアコギを軽く拭いて、ケースにしまうだけなんだけど。


「……ねえ、玖羽君」


近くでその様子を眺めていた沙月が、静かに声をかけてくる。

俺は作業の手を止めずに、声だけで答えた。


「んー?」

「今は、楽しい?」

「変な質問だね」

「大事なことじゃない」

「俺がこうやって生きてる間は、そういうことでいいんじゃない? 少なくとも沙月と一緒にいる時間はね」

「そう……良かったわ」

「沙月のほうこそ、俺を退屈させないなんて約束したこと、後悔してない?」

「していないわ」


問いかけると、間髪入れずに返ってきた。

思わず苦笑して、ベンチの背もたれに体を預ける。


「沙月はどうなの? 楽しい、今は?」


沙月は少し考えるように間を置いてから、こちらへ視線を向けた。


「貴方、やっぱり少し変わったわね」

「えぇー……会話成立してるそれ? どこ見て言ってんの?」

「私と出会った時、いえ、その前の玖羽君は他人に興味なんてなかったじゃない。だけど私のこともだし、結季ゆきさんのことも知ろうとしてくれている」

「どうだろ」


自分の変化の自覚なんてものはない。


相変わらず世界は退屈で、生きていても仕方がないという気持ちは消えていない。


だけど、沙月や結季が興味深いというのも、嘘じゃない。

それは否定してはいけないと思うし、否定したくもないと思う。


俺が黙って考え込んでいたのが面白いのか、沙月はくすりと小さく笑う。


「そういうことにしておいてあげる」


沙月は空を見上げる。

オレンジの空の遠くには、黒い世界が見え始めていた。


「玖羽君の質問だけどね」


風に混じって、沙月の声が届く。


「退屈しないわ、貴方といると」


そう言って微笑んだ沙月の口元はやわらかくほどけていて、その碧い瞳まで、夕焼けを映して優しく見えた。


普段の澄ました表情とは違う、少しだけ無防備で、年相応の可愛らしさが滲む顔だった。


それは、思わず見惚れてしまうほどに。


さっきまでの歌の余韻が、まだこの場所に残っているような熱があった。

夕焼けの中で、沙月の声だけがやけに綺麗に聞こえる。


なんだか、悪くない。


そう思った。

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