第14話 外の気配

その日、珍しくインターホンが鳴った。


 昼だった。


 しのはいない時間。


 部屋の中は静かで、光だけがある。


 ――ピンポーン。


 もう一度、鳴る。


 耳慣れない音に、少しだけ戸惑う。


 最近は、誰も来ない。


 来るはずがない。


 そう思っていたから。


 立ち上がる。


 ゆっくりと玄関に向かう。


 ドアの前で、少しだけ止まる。


 開けるかどうか、迷う。


 理由は分からない。


 ただ、開けたくないと思った。


 でも。


 また、鳴る。


 ピンポーン。


 仕方なく、ドアを開けた。


「……あれ?」


 そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。


「久しぶり」


 軽い調子で手を上げる。


 高校のときの友達。


 名前が、すぐに出てこない。


 でも、知っている。


 顔も、声も、ちゃんと分かる。


「……どうした」


 言葉がぎこちない。


「いや、連絡つかないからさ」


 そう言って、少しだけ部屋の中を覗く。


「大丈夫?」


 その一言に、少しだけ引っかかる。


 大丈夫じゃないように見えるのか。


「別に」


 短く答える。


 それ以上、言うことが思いつかない。


「入っていい?」


 自然に聞かれる。


 断る理由も、思いつかない。


「……ああ」


 頷く。


 友達が中に入る。


 靴を脱いで、リビングへ向かう。


 久しぶりの“他人の足音”が、やけに大きく聞こえた。


「なんか暗くない?」


 部屋を見回しながら言う。


「カーテン、開けたら?」


「……別にいい」


 反射的にそう答えていた。


 開けたくなかった。


 理由は分からない。


 ただ、そう思った。


「そっか」


 友達はそれ以上言わなかった。


 ソファに座る。


 少しだけ沈黙が流れる。


「最近、なにしてんの」


 何気ない質問。


 でも、答えが出てこない。


「……別に」


 同じ言葉を繰り返す。


「そればっかだな」


 苦笑される。


 その反応が、少しだけ遠く感じる。


「誰とも連絡取ってないだろ」


 続けて言う。


 その言葉に、少しだけ引っかかる。


「……まあ」


「心配されてたぞ」


 誰に、とは聞かなかった。


 聞く気にもならなかった。


 興味が、湧かない。


 それよりも。


 落ち着かない。


 この状況が。


 この距離が。


 この空気が。


「……帰れば」


 思わず言ってしまう。


 自分でも驚くくらい、はっきりした声だった。


「え?」


 友達が、少しだけ戸惑う。


「いや……」


 言い直そうとする。


 でも、言葉が出てこない。


 頭の中で、別の考えが浮かぶ。


 ――ここにいられると、困る。


 理由は分からない。


 でも、そう思った。


「なんか、邪魔した?」


 友達が、少しだけ気まずそうに笑う。


「……いや」


 否定する。


 でも、その言葉に力がない。


 そのときだった。


 視界の端に、赤が映る。


 はっとする。


 振り返る。


 ――いない。


 当然だ。


 昼だ。


 しのはいない。


 なのに。


 今、確かに見えた気がした。


「どうした?」


 友達が聞く。


「……なんでもない」


 すぐに答える。


 でも、落ち着かない。


 心臓の音が、少しだけ速くなる。


「ほんとに大丈夫か?」


 少しだけ真剣な声。


 その言い方が、妙に現実的で。


 逆に、遠く感じる。


「……帰れよ」


 もう一度、言う。


 今度は、はっきりと。


 友達が、黙る。


 数秒の沈黙。


「……わかった」


 静かに立ち上がる。


 それ以上、何も言わない。


 玄関に向かう。


 足音が、やけに大きく響く。


 ドアを開ける。


「なんかあったら、連絡しろよ」


 振り返って言う。


 その言葉に、少しだけ引っかかる。


 連絡。


 スマホは、ない。


「……ああ」


 曖昧に頷く。


 友達は、それ以上何も言わずに出ていった。


 ドアが閉まる。


 静寂が戻る。


 その瞬間――


 空気が変わった。


 さっきまでの重さが、消える。


 軽くなる。


 息がしやすくなる。


「……なんだよ」


 小さく呟く。


 さっきの感覚が、異常だったことに気づく。


 外の人間がいるだけで、こんなに落ち着かないなんて。


 ありえない。


 なのに。


 今は、楽だ。


 誰もいない。


 静かだ。


 そのとき。


「お兄ちゃん」


 声がした。


 振り返る。


 しのが、立っていた。


 昼の光の中に。


 少しだけ薄く。


 でも、確かにそこにいる。


「帰った?」


 穏やかな声。


 まるで、最初から分かっていたみたいに。


「……ああ」


 頷く。


 しのは、少しだけ微笑んだ。


「よかった」


 その言葉に、何も返せなかった。


 ただ。


 心のどこかで、同じことを思っている自分がいた。


 ――よかった、と。

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