第154話 天雷の威力

天雷の轟音が夜の静寂へと溶けていく。


まるで時が止まったかのように、その場にいるすべてのものがピタリと静止していた。眩い光の残滓が視界に焼き付く中、悠太も、そして周りを取り囲んでいた十数体の鎧武者たちも、あまりの現象を目の当たりにして動けずにいた。


​しかし、その静寂も長くは続かない。


思い出したかのように残りの鎧武者たちが一斉に甲冑を鳴らし、機械的な殺意を漲らせて行動を再開。


​「うおっ!」


​呆然としていた悠太も敵の動きで我に返り、必死の回避行動を開始する。


天雷によって目の前にいた三体の鎧武者は葬り去ったものの、戦況そのものが劇的に好転したわけではない。


周囲には音を聞きつけ集まってきた新たな追手たちがひしめき合っている。三体減ったところで、十数体に包囲されているという絶望的な状況は何も変わっていないのだ。


​ただ、悠太の目は消滅した三体のうちの一体がドロップしたキラリと光る小さな物体を捉えていた。


​(あれが…内門の鍵か!?)


​トップチームの攻略動画で何度も見た古めかしい真鍮の鍵が、運良く乱戦の最中にドロップした。


だが、今の悠太にはそれを拾いに行くためのコンマ数秒の余裕すら残されていなかった。四方八方から容赦なく振り下ろされる大刀の嵐。


持ち前のフットワークを限界まで絞り出して避けるたびに、ただでさえ底を突きかけていた魔素が容赦なく削られていく。


​「キューブっ……くそ、もう出ないか!」


​ついに、罠を展開するための魔素も完全に枯渇した。


手札がすべて消え、防壁となる罠も設置できない。これ以上の滞在はただの無駄死にを意味していた。

悠太は迫り来る刃の風圧を感じながら、ついに最後の手段を選択する。


​「今日はここまでだ……」


​残った力で右手に握りしめていた『帰還石』を地面へと強く投げつける。


パリンとガラスが割れるような高い音が響き、悠太の視界がぐにゃりと歪む。全身の輪郭が眩い光の粒子へと変換されていく。

怒号を上げる鎧武者たちの姿が遠ざかり、悠太の身体は一瞬にしてその場から掻き消えた。




​次に悠太が目を開けた時、視界に飛び込んできたのは、見慣れた第九階層の『転送装置前』だった。


石造りの無機質なセーフティゾーン。そこにはもう、耳を聾するような金属音も命を奪おうと迫ってくる漆黒の甲冑もない。


​「はぁっ、危なかったあぁ!」


​鬼気迫る極限の状況から一瞬にして安全な場所へと引き戻された悠太は、その場にへたり込んで激しく胸を上下させる。

生きて戻れたという絶対的な安心感が全身に染み渡り、張り詰めていた緊張が一気に解け深い安堵の溜息へと変わっていった。


​一息ついた悠太の脳裏にはすぐさま強烈な疑問が湧き上がってきた。


​(……なんで、あの時『ゾディアックフィールド』が発動したんだ?)


発動のきっかけ自体には何となく心当たりがある。あの瞬間、パリィクロスによって強引に軌道を逸らされた一体の刀が、地面に展開されていた十二星座の領域に突き刺さったからだ。


トリガーは間違いなくそれだろう。


だが、これまでにも戦闘中に同じような場面は何度かあったはずだ。なぜ、その時は何も起きなかったのか。


​(『聖域を穢す』っていうのが十二星座の盤面を攻撃することなのは間違いないはずなんだけど……。これまでの攻撃と、さっきの刀の何が違ったんだ?)


​何か決定的な「条件」を見落としている気がして、悠太は必死に思考の糸を巡らせようとした。

しかし、五時間以上も脳をフル回転させ、極限の隠密行軍を続けたツケは重かった。精神的疲労によって意識は急速に朦朧とし始め、視界がぐらりと揺れる。


今すぐにでもこの場に横たわって、眠りに落ちてしまいたいほどの睡魔と疲労感が悠太を襲う。


​それでも、フラフラの悠太がまだこの場に踏みとどまるのは「大切な相棒」の回収を待つためだった。


​「おかしいなぁ……全然戻ってこない」


​アイテムバッグから出した時計を見れば、帰還してからもう随分と時間が経っている。悠太は重い頭を振りながら、転送装置の周りをウロウロと歩き回り上空を見上げ続けた。


悠太が待っているのはもちろん瀬戸から借りている最新の高性能ドローン。帰還石で強制帰還した際、ドローンにも自動追従でこのセーフティゾーンまで帰還するよう命令が飛んでいるはずだった。


さらに​待つこと、およそ十分。


重い雲が垂れ込めるダンジョンの遥か上空から、微かに異様な音が聞こえてきた。


​「あれ?  ちょっと嘘だろ、待ってくれ!」


​悠太が目を見開く。


視界の先に煙をモクモクと上げながら、今にも墜落しそうなほどフラフラと飛んでくる飛行物体が見える。


ガクン、ガクンと不自然に高度を下げプロペラの一角から火花を散らしているそれは、間違いなく悠太のドローンだった。


​ドローンは最後の力を振り絞るようにして下降してきたが、着陸のコントロールを完全に失い、悠太の目の前にガシャン!と激しい金属音を立てて難着陸――というか、ほぼ墜落に近い状態で激突する。


チリチリと小さな火花を散らしたまま、完全に沈黙して動かなくなったドローン。


​「 もしかして……さっきの天雷か!?」


​悠太は青ざめてドローンに駆け寄り、その焼け焦げた機体を抱きかかえた。


​敵の目を欺くため、鎧武者たちの視界には絶対に入らないほどの上空から撮影するように指示を出していたはずだったが、『ゾディアックフィールド』が呼び寄せた天雷の規模は悠太の想像を遥かに超越していたらしい。


漆黒の空から垂直に降り注いだ莫大な電気エネルギーの余波、あるいは超高電圧の電磁パルスの衝撃が上空で待機していたドローンの精密回路を容赦なく直撃したのだろう。


​「ご、ごひゃくっ… しっかりしてくれ! 目を覚ませ!」


​悠太は必死に電源ボタンを連打し、モバイルバッテリーを差し直してみたが、レンズの奥のセンサーが再び光ることはなかった。


その後、いくら弄り回しても最高級ドローンが反応することはなく、セーフティゾーンに悠太の魂の抜けた悲鳴が虚しく響き渡るのだった。

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