第三十八話:聖女の決意と偏屈な職人

 王都の北端、石造りの建物がひしめき合う職人街の片隅に、その工房はある。

 絶え間なく響く槌の音と、鉄を焼く熱気。クロの師匠である老鍛冶師、ガーランの工房だ。


 メルは、重い鉄の扉を緊張で震える手で押し開けた。

 途端、焦げた油の匂いと、肌を焦がすような熱風が彼女を包み込む。奥の炉の前では、岩のように頑強な体躯をした老人が、真っ赤に焼けた鉄の棒を凄まじい気迫で叩いていた。


「……あの、ガーランさん」


 メルの小さな声は、火花と共に散る槌の音にかき消される。彼女は意を決して、もう一歩踏み出し、声を張り上げた。


「ガーランさん!お願いがあります!」


 最後の一撃を振り下ろしたガーランが、鬱陶しそうに顔を上げた。煤で汚れた顔に、鋭い眼光。彼は手にした槌を置くと、太い腕で汗を拭った。


「……なんだ、クロの連れか。あいつなら今日は来てねえぞ。今は立て込んでる、帰んな」


「クロさんのことじゃないんです。私に……私に、新しい杖を造っていただきたいんです。今の私よりも、もっと……ずっと強い力が引き出せる杖を!」


 ガーランは鼻で笑い、無造作に火箸を掴んだ。


「お門違いだ、お嬢ちゃん。俺は鍛冶師だ。鉄を叩き、刃を研ぐのが仕事だ。まじない師が使うような小道具つえなんざ、魔道具屋にでも行きな」


「そうじゃありません!ガーランさんの打つ武器には、魂が宿っているとクロさんから聞きました。今の私の力では、中層の戦いで二人を支えきれないんです。クロさんが一人で無理をしようとするのは、私が頼りないからで……。だから、ガーランさんの腕が必要なんです!」


 メルは深々と頭を下げた。

 ガーランは炉の火を見つめたまま、低く、重い声で答える。


「……断る。俺は昔、魔法の力を組み込んだ武器を打って、ろくなことにならなかった。魔法は人を怠けさせ、刃の純粋さを曇らせる。俺はもう、魔法を使った鍛冶はやらねえと決めてるんだ」


 冷たい拒絶。しかし、メルは顔を上げなかった。彼女の脳裏には、自分を置いて一人で闇へと消えていこうとしたクロの背中と、悔しさに震えていたフェリアの顔があった。


「怠けさせるためじゃありません!二人を守るためなんです!クロさんは、自分の命を捨て駒にしようとしています。フェリアさんは、自分の限界を超えようと必死です。私だけが、今のままの私でいていいはずがないんです!」


 メルの声が、工房の熱気に負けない熱を帯びて響く。


「ガーランさん、あなたはクロさんの師匠でしょう!?あの方がどれほど不器用に、一人で傷つきながら戦っているか、知っているはずです!あの方を一人にさせないために……私に、あの方の隣に立つ資格をください!」


 沈黙が工房を支配した。パチパチと薪が爆ぜる音だけが聞こえる。

 ガーランはゆっくりと振り返り、メルの瞳をじっと見つめた。そこには、以前会った時のような「守られるだけの少女」の弱さはなかった。泥を啜ってでも、深淵へ手を伸ばそうとする者の、覚悟の火が灯っていた。


「……チッ。どいつもこいつも、あのクソガキの周りには似たような手合いばかり集まりやがる」


 ガーランは忌々しげに頭を掻くと、奥の棚から埃を被った古い設計図を引っ張り出した。


「……そこまで言うなら造ってやる。だがな、お嬢ちゃん。俺の打つ杖は、ただの木切れじゃねえ。それ相応の芯がなけりゃ、あんたの魔力に耐えきれずに爆ぜるぞ」


「……!ありがとうございます!」


「礼を言うのはまだ早い。素材はあんたに用意してもらう。……中層五階の深部に自生する、『強振木きょうしんぼく』だ。魔力を流せば岩をも砕く振動を放つ、じゃじゃ馬な銘木だ。それを取ってこい。話はそれからだ」


 中層五階。

 上層を抜けたばかりのメルにとって、そこは死地にも等しい場所だ。しかも、クロもフェリアもいない今、支援特化の彼女が一人で行くのは不可能に近い。


「強振木……。分かりました。必ず、持ってきます」


 メルの返答に、ガーランはふんと鼻を鳴らした。


「命を捨てるのと、勇気を出すのを履き違えるなよ。……あいつに、悲しい顔をさせんじゃねえぞ」


 その言葉を背に受けながら、メルは工房を飛び出した。

 不安で足が震えている。だが、それ以上に、ようやくクロを助けるための道が見えた喜びが、彼女を突き動かしていた。


 素材を手に入れるためには、強力な協力者が必要だ。

 メルは、ギルドへと続く道を走り出した。なりふり構っていられない。たとえそれが、かつて自分たちを蔑んだ宿敵であっても、今の彼女には頭を下げる覚悟があった。

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