まず目に入ってきたのは、海沿いにある田舎の美しい情景と、そこに流れる穏やかな時間です。独特の表現で鋭く切り取られた風景からは、潮風の匂いまでが漂ってくるようでした。だけど、そこから浮かび上がってくる心象は、主人公である尾崎さんの深い失意と諦観なんですよね。サクラガイに娘の爪を重ねるその姿は、穏やかな時間に身を委ねているのではなく、止まった時間の中に取り残されているような印象を受けました。心も体もそう簡単には癒えないことが暗示されています。そこに、この話の主旋律である青悟とのやり取りが乗ってくるわけなんですが、ここが本当に味わい深かったです。剥がれた爪がゆっくりゆっくり再生していくような、優しく無理のない、もっと言ってしまえば、なんでもない時間が流れていきます。でもちゃんと時間が動いている。なんだか泣きたくなります。最後のサクラガイのイメージも素敵でした。もちろん小説として、そこには意味と象徴が乗ってるわけですが、それだけを汲むのでは勿体無い、そんなことを思わせる生きた言葉がありました。深い癒しをありがとうございました。