異界の来訪者救出隊

 エオスさんに手を引かれて、一度家の外まで出る。

 灰色の法衣の下に、紫色の何かが見える。……重ね着してる?


 ちらり、と顔を上げると目が合った。困ったようにエオスさんは笑ってる。バレちゃった、みたいな感じかな。


「……あー、見たっすか?」

「ええと、下に何か着ていますか?」

「まあ、そうっす。これ、なんとなく法衣重ね着しててっすね」

「……紫」


 法衣は色で役職がおおよそわかる。一般の神官の灰色で隠してたけど、本当は紫ってことは――


「――通信局所属の司教、エオスっす。あらためてよろしくっすよ!」

「し、司教様!?」

「あー、こういうのが苦手なんすよね」


 ぽりぽり、と困ったなと頭をかいているけど、そもそも偽ってもいいのかな。


 というよりも、そんな司教様ってフットワークの軽い役職ではないはず。よっぽどの緊急事態だから?

 確か、一部地域をまとめられるぐらいの地位だったと思うんだけど。


「司教様が、来てくれたならきっと大丈夫ですよね」

「……期待が重いっすね。まあ、既に本部には通信してるんで、一旦ライさんを探しに行くっす。場所さえわかれば、なんとかなるっすからね」

「……場所ってわかるんですか?」

「痕跡は辿れるっすよ」


 痕跡を、辿る?そんな神聖印のようなものはなかったような。

 私は、神聖印もあまり使えないからわからないけど。


 エオスさんが、その場に座り込んで地面に手を当てた。するする、と光の通路のようなものが遠くまで通って消えていく。


 ……よくわからないけど、調べてるってことなのかな。


「……自分、特殊なんでそういうのわかるんすよ。毎日、異端実体探したりとかしてたんで。んー、結構遠いっすね。やっぱあれ使って遠くまで移動してるからすぐに行くのはきつい……一旦誰か戦力になりそうな人を呼びたいっす」

「……ライさんと一緒に仕事していたらしい、あの異端殲滅官エクスターミネーターとかいう人たちですか?」

「それは嫌っすね。嫌だけどやるしかないかなあ。自分の所属的にそっちに通すとややこしいんすよ。……神罰執行官インクイジターっすかね」


 神罰執行官と言えば、疑わしき人間を捕まえては拷問して異端者であることを暴いているとか噂があるような神官たちだ。本当に強いらしいけど、そんな人たちの方がましなのかな。


 ……でも、ライさんが助かるならなんでもいい。中身はおじさんだと言っていたあの人、突然疲れて甘えたように体を寄せてきたり、ちょっかいをかけてきたこともあった。


 こんなに、突然失ってしまうなんて。動悸が激しくなる。


「大丈夫っすよ。ちょうど、最近入ってきたいい感じの神罰執行官がいるんで。自分とその二人で行ってもいいっすしね」


 不安で、へたり込みそうな私の顔を覗き込んで、ニッとエオスさんは笑う。……少しだけ、気が紛れた。

 いけない、こんなことで弱気になっていたら。


 いつものように、疲れきったライさんが帰ってきて、それを私が支えないといけない。


「……すみません、少し弱気になってました」

「いいっすよ!……まあでも、きついんでやっぱ異端殲滅官呼んだ方がいいっすかね。一応、本部にも連絡したんすけど、すぐには対応きついんすよね」

「――そうか、だったら俺が行こう」


 ――ぴしり、とまるで肌に亀裂でも走ったかのように一瞬だけ痛みが走った。


 猛烈に膨れ上がった神聖力。


 さっきまではそこに、そんなものはなかった。肌にびりびりと感じる。


 一度だけ、ディオネ様が本気で神聖力を放出しているのを見たことがある。その時と同じか、それ以上に感じる。


 無造作に伸ばした黒い髪が見えた。その間から覗かせる虚ろな瞳が、こちらを捉えた。


 まるで、神聖力の塊のような存在。人の意思があるかも疑わしい、そんな風にも見える。


「……い、イェルクさん。いたんですね」


 ひきつった表情で、エオスさんはさっきまでの話し方を忘れたようにその人に喋りかけた。


 この人は、イェルクさんと言うのか。


「エオスか。たまたま話を聞いてこっちに来ただけだ。邪教の本部のようなものがあるのだろう。ならば、早急に潰した方がいい」

「そ、そうですね。ライさんもいるみたいですから」

「そうだな、ライが捕まったのなら、それも助けてやらなければいけない」


 ……一瞬だけ、表情が緩んだように見えた。少しだけ、ぴくりと笑ったかのように。

 でも、すぐに何を見ているのかもわからないような、そんな表情に戻る。


 ……ライさん、この人に何かやらかした?

 あの人のことだから、ずかずかと心に入ってきて強引に、仲良くなってるなんてこともありえるけど。


「……ライがいなくなったって本当?」


 と、そんな風に考えていると荒い息が聞こえる。


 ついこの間まで、ライさんと一緒に少しだけ仕事をしていた少年。


 ……度々、ライさんに誑かされてそうな感じの被害者みたいな人。


 あの人はもう、誰の心でも奪っていってるんでしょうか。聞いた限り、ディオネ様もそんな感じな気がするし。


「シリルさん」

「えーっと、アクイラだっけ。……ライ、やっぱいないんだ」

「あっ、シリル。来るの早いですね」

「……エオス、なんで敬語なの?」

「あはは、なんのことやら」


 どうやら、シリルさんはエオスさんの知り合いらしい。


 よく見ると、シリルさんの法衣に槍のような刺繍が入っている。あれは、神罰執行官のマーク。


 もしかして。


「そう、最近入ってきたいい感じの神罰執行官ことシリルくんです」


 やっぱり、神罰執行官なんだ。……ということは、結構強い?

 ……イェルクさんほど、規格外でもないけど。


「……なにその紹介。さっきからエオスおかしくない?ここ、別に枢機卿の前とかじゃないでしょ。っていうか、そっちの人は何?」

「イェルクだ」

「……そう。俺はシリル。ライの、その……仲間、みたいな?」


 ……なんで、そこで頬を赤らめてるの。本当に知らないうちにとんでもないことをやらかしてないですよね、ライさん。


「そうか、俺も似たようなものだ」

「……へー、ふーん。そっか」


 …………あんまり触れないでおこう。


「まあ、これだけいるなら大丈夫ですね。じゃあ、とりあえずライさんのいる場所はおおよそ把握したので、そっちの方に飛びますよ」

「……あの、私もですか?」

「あー、戦えないとは思いますけど。でも気になりますよね?」

「……はい」


 そうだ、じっとなんてしてられない。私は力強く頷いた。


「じゃあ、行きます。"夫は悪魔を押し止めて、私だけを逃がしたのです"」


 景色が、歪んでいく。強引に世界が切り替わる。


「"約束の場所、いつか私たちがたどり着く安寧の地"」


 そして、少しずつそれがはっきりしてくる。急な変化に体がぐらりと揺れそうになって、何かに支えられた。


 ふと、支えてくれたものを見ると黒い何かがうねうねと動いている。地面の、イェルクさんの影から、それが生えていた。


 ……もうわからないことだらけなので、一応気にしないことにした。


 視界がはっきりとする。


 薄暗い中に、灯りが点っている。


「……敵地だね」


 真剣な表情のシリルさんが、ポツリと呟いた。

 どうやら、移動に成功したけど、この先にライさんがいるのかな。


 ずかずかと進んでいくイェルクさんと、シリルさんの後を追った。


◇◇◇


 熱くて、だるい体を動かす。


 今までとは全く違う、魔王を倒したときと同じような神聖力が溢れている。


 まるでボスのような山羊頭は普通の人間だった。あれを蹴っ飛ばして、周囲に神聖力が拡散していくと、バカみたいにはしゃいでいた交わってる男女もぱたりと倒れていく。


 その奥へ行ってわかったけど、ここは洞窟の奥のような感じだ。


 どこが入り口かわからないけど、とりあえずしらみ潰しに探して、敵がいたら潰していくことにする。


 ようやくわかった。この力の引き出し方を。

 今、俺はいなくなったディオネを探すために、その前にこの場所を潰そうとしている。

 その決意がトリガーになって、力が引き出された。


 たぶん、覚悟みたいなものがいるんだ。俺は、自分を犠牲にしてでもディオネを絶対に助けてやりたい。

 それが、きっときっかけになった。


「……神官?うまそうな女――」


 ふらりとやってきた悪魔が、形を保てずに一瞬で消えた。

 それに、俺が触れただけで一瞬で崩れ去った。


 凄まじい力だ。同じように、何回も見つけた悪魔たちを一瞬で消し去っていく。


 空間に神聖力が充満していく。


 ――口説いてるんですか?

 ――……ばーか。

 ――ずるい。


 今までの、ディオネの言葉を反芻する。


 あいつのことを、泣いてるガキだと思ってて、助けてやらないとと思ってたけど。いなくなったと思うと胸が苦しくなる。


 いつの間にか、そんな大きな存在になってたなんてな。あいつを助けて、さっさと帰りたいと思ってたのに。 


 太ももが熱くなる。そうか、ここら辺に刻印みたいなものを刻まれていたんだっけ。


 そこをよく見ると、白い肌の上に書かれていた奇妙な模様が少しずつ薄れてきていた。もう、あんまり効果はないのかもしれない。


 それでも、体が気持ち悪くて、ちゃんと動かせない。


 ぺたり、と何かが近づいた。獣の体に人の上半身が生えているような、そんな異端実体がいる。


「――ッ!」


 耳障りな奇妙な叫び声を上げながら近づいてくるそれを、軽く蹴り飛ばしてやる。


 べちゃり、とへしゃげたような音がした。体が折れて、そのまま倒れていく。


 それを掴んで、地面に叩きつけてやると、バラバラになって消えた。地面に亀裂が走る。

 ……身体能力もバカみたいに強化されてる。


 でも、体の不調は変わらない。ぐらり、と揺れる体を壁を伝ってなんとか動いてく。


 ただ、胸の中にディオネがいないその空虚さだけが俺の心を埋めていた。


「ライさん!」


 せめて、アクイラとかに会いたいなと思った時に、ちょうどその声が聞こえてきた気がした。

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