嘘と桜とレモネードへの応援コメント
これは、とても静かで深い一編でした。颯太のいる坂道が「町の限り」であり、人生の終わりへ向かう場所だと少しずつ分かっていく構成が美しく、最初のホットレモネードの温かさがそのまま救いのように感じられます。若い春香が「まだ通れない」と言われ、長い人生を経て、自分で作ったレモネードを持って戻ってくる流れが本当に沁みました。桜が最後にひとつだけ綻ぶ結びも、彼女の生が確かに満たされたものになった証のようで、穏やかな余韻が残ります。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
彼女の人生が満ち足りたものになったのは間違いなく彼女自身の努力によるもので、多分人生の大半はこの桜坂のことなんかは忘れていたのだと思います。それでも彼女の記憶の奥底にはずっとこの場所のことが残っていて、だからこそ美味しいレモネードの作り方にも拘ってて。最後にふっと思い出したのでしょう、自分がなんでレモネードが好きなのか。
春香サイドの空白を埋めるとこんな感じです。
嘘と桜とレモネードへの応援コメント
颯太はカローンの同類ですかね。
こちらの番人は何もしないし愛想もいいですが。
冒頭の情景描写と視線誘導が素晴らしいです。
幽玄な世界に溶け込んでいく感じがしました。
春香は最初に来た時も本当は先に行けたのかな?
再び桜の木のところに来れて良かったです。
作者からの返信
完全に裏設定なんですが、地獄の極卒みたいなものです。
この道を通る人は少ない……、もっと人通りの多い道を通る人たちは現世に帰りたがったり泣き喚いたりしてかなり荒れてる場所もありますので、そちらの担当者は荒くれものだったり冷徹だったり様々です。颯太の担当している道はみんな運命を受け入れて穏やかな顔で歩いてくるので、何もすることがないのです。
春香は最初自死を選んで道に迷いこんでしまいましたが、現世で蘇生が行われていたので、「まだ通れないよ」と言われてしまったわけです。
嘘と桜とレモネードへの応援コメント
生に満足した人が最後に通る道には、一本の桜の木が植わっている。その設定が素敵です。そして、春香がこの道に再びやってくることで、颯太も読者も彼女の人生が佳きものであったことが言葉なしにわかる構成が美しかったです。読了し、満足感でいっぱいです。
指摘OKということでしたので、以下「私が直すとしたらここかな?」と思った箇所を記載いたします。
<指摘箇所>
颯太の登場シーンがかなり唐突なので、ここを「知らない場所」として認識している春香だったら驚くのでは、と思いました。桜の枝葉の先から視線を落としていき、人がいることに気付いた。いつからいたのかわからない。
「いったいいつからそこにいたのだろうか」といったニュアンスの言葉がひとこと地の文に入れば、よりスムーズに話が進むのではないかという印象です。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
『有頂天家族』とか映画版『死神の精度』とか、いろんな作品の影響を受けて坂道の桜木が出来上がりました。
ご指摘もありがとうございます。
唐突な感じを出したくてああいう描写にしたのですが、読んだ人が違和感を覚えてしまうと逆効果ですね。参考にさせて頂きます。
嘘と桜とレモネードへの応援コメント
生きることは辛いことの連続だけど、最後に笑っていられるならきっとそれは幸せな人生だったのだろうな。そんな気持ちになる物語でした。ただ、それは読み終えた側の感想であって、春香にとってはそこに至るまで本当に苦しい日々もたくさんあったのだと思います。
それでも、最後に振り返って「良かった」と思えただけではなく、生きている途中で「このままでいっか」と思える瞬間があったからこそ、あの場所で颯太と微笑み合えたのかな、と感じました。
颯太がただ見送るだけではなく、誰かの人生にほんの少し温もりを残しているようで、読後も静かに余韻が残っています。素敵な物語でした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
そうですね、生きていれば色んなことがありますね。仰る通り、春香もきっと苦労に苦労を重ねたのだろうと思います。
次の場所に行くときは、せめて穏やかに行きたいものです。
嘘と桜とレモネードへの応援コメント
企画から拝読させて頂きました。
彼岸へ至る峠とでも言うのでしょうか、生と死の境目の世界を陰鬱に描くのではなく、美しい情景描写によって繊細かつ幻想的に表現した作品であったと思います。
案内人である颯太や歳老いて老婆となる春香など他の作品には見られない関係性や設定も魅力的でした。
作中の「これでいいと思っていても、意外ともっと良くなるものなのね」という春香の言葉は、レモネードだけでなく人生というものに対する彼女自身の想いでしょう。一度生きることを諦めかけた春香が、その後長い歳月を生きてきたからこそ至ることのできた人生観なのだと思っています。
人生の終わりのひとときを描きながらも、どこか救いのある物語に心が洗われるようでした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
作中のセリフについてはまさにその通りで、その後の『おそまつさまでした』も、ふるまったレモネードと自分の人生に対してダブルミーニングで言ってますね。