第52話 【閑話】「終わり」と「始まり」(前編)
side ラヴィン
泥のように渦巻いた意識が、少しずつ浮かび上がるように固まっていき――私は覚醒した。
すぐに残り時間を確認する。
――3時間と41分ね……
自分のいる場所を確認すると、トネリコの木の頂上にいるようだ。空を見上げると、三つの満月が、明るい光を地上に届けてくれているのが分かる。
その光が交わる様は、まるで穏やかな調べを聞いているかのように思えた。
実体化した体をゆっくりと地上に降ろしていく途中で、地上にルイの姿があるのに気がついた。
ルイは空を見上げている。きっとさっきの私と同じように三つの満月を見ていたのだろう。もう少し後ろを向けば私の姿も目に入ったはずだ。
この世界の月は三つあるが、地上から見上げた月はいずれも同じような大きさだ。
月を背景にして地上に降りる私を見たら、ルイは何を思うだろうか?
どうやら私は、地球で読んだかぐや姫の物語を思い浮かべていたのかもしれない。もしも、この世界にかぐや姫の物語があったなら、三つの月のどれに帰れば良いのかを迷ったのではないだろうか?
どうでもいいようなことを考えていることに少しだけ可笑しくなりながら、ゆっくりと地上に降りると――――
「【きかん】と【てんせい】のスキルがどういったスキルなのかを教えてくれ」
ルイが宙に向かい、何かを喋っている。
私はそっとルイの背後に回った。できるだけ気配を断つ。
【きかん】と【てんせい】と言っていたから、ルイが今立ち会っているのは「選択の時」だろう。
――ということは、【てんせい】はたぶん「転生」を意味しているのかしら?
「選択の時」で選択を求められるスキルは、実は選ぶ答えが一つしかない状況で提示される。
私の場合は、妹を救うか帰還するかの選択を迫られた。もちろん、【きかん】のスキルを選ぶことは許されない。
おそらく、ルイに提示された【てんせい】の対象は私。
ルイが私を大切に思ってくれていることは分かっている。
ただ…………
ルイが「選択の時」を示される前に思い出した、いや思い出さされた記憶で、何を見せられたのかが心配だ。
だが、不思議とルイの様子に苦悩は感じられない。
私はルイの様子を見守ることにした。今は声をかけない方がよさそうだから。
「【てんせい】を使える対象に制限はあるのか?」
「死んだ場合、魂が体から離れていない間は蘇生のスキルで蘇らせることが可能と聞いたが、この【てんせい】のスキルも同じと考えてよいのか?」
「転生するタイミングは指定できるのか?」
「これまでの記憶は?」
「封じられる? 失う、じゃないのか?」
どうやらルイは、【てんせい】のスキルについて尋ねているようだ。
そして、ルイの声は心の動揺が混じっているようで、目まぐるしく変わっていくのが分かった。
たぶん、表情には苦さが混じったんじゃないだろうか?
――「選択の時」にどんな答えをもらったのかしら?
気になるが、魔力を失った私が、それを知るためのスキルを発動させることはできない。
その時――
「【かんぱ】…………」
「【かんぱ】は、誰の心でも読むことができるのか?」
――かんぱ? って何かしら? ひらがなスキルかしら?
この世界には、「選択の時」のように、脳内に語り掛けてくれるスキルがある。【
いろいろと考えていた私は、次にルイが言った言葉に思わず息を呑んだ。
「なぜ、そう言い切れる、【かんぱ】? 師匠が、俺と同じ願いを―――― 一緒に側にいたいという願いを持っている、と断言できるんだ!!!!!?」
「俺はラヴィンを失いたくない!! でも、それは俺の願いであって師匠の想いと相容れているのかは分からないんだ!」
「【てんせい】って、本当に師匠のためになるスキルか!!?」
「もしかすると、俺が自己満足のために使おうとしているだけじゃないのか!!?」
――違う!!
涙が溢れてくる。
ルイの叫びが、ルイの吐露が、私の心を強く揺さぶる。
私に【てんせい】を使おうとすることは、決してルイの自己満足なんかじゃないことを私が分かっていることを告げたい。
ルイの哀しみが、いや悲しみが、慟哭が伝わってきた。
心が苦しい。これだけ私のことを慕ってくれているルイに今すぐ、私もあなたと一緒にいたい、と告げたい。
でも、それが叶わない中で告げることが、今のルイを救うことになっても、未来のルイを苦しめることになることを私は知っていた。
「俺は……師匠に嫌われたくない。でも、師匠から離れたくない。師匠がもしも転生するなら、追いかけたい。でも、師匠からストーカーと思われたくない。師匠が俺に微笑んでくれるときは、寒い日に浴びる柔らかな陽射し以上に俺の心を温めてくれる。でも、師匠は誰にでもあの陽だまりのような笑みを向けているのかもしれなくて俺が受け止めているような特別なものじゃないかのかもしれない。俺は、俺は、俺は、俺は…………」
――ルイが泣いている……だったら……
私は、両手で涙を拭った。
目を閉じ、そして大きく深呼吸をする。
私はルイに静かに呼びかけた。
「ルイ」
ゆっくりと、ルイが振りむく。
「し……師匠――」
――ああ、ルイ……愛しているわ
でも、その言葉は口にしない。
代わりに私は、笑みを浮かべてもう一度、呼びかけた。
「ルイ」
三つの光が私たちを照らしていた。
■□■□
私は、腰に手を当てて、ルイの喋り方をマネしてみた。
「『【てんせい】を使える対象に制限はあるのか?』」
「…………」
「『転生するタイミングは指定できるのか?』」
「…………」
ルイが頭を下げる。
「…………す、すいません。もう、それぐらいで堪忍してください……」
ふふふ。ちょっとからかい過ぎたかしら?
恥ずかしがるルイは、身をよじりたくなるぐらい可愛い。
※後編に続きます
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