第4話 酒乱魔人ハセ、煙の中からやって来る
白い煙が、まだフィールドを這っていた。
ボヤは消えた。 だが空気は終わっていた。
焦げた草の匂い。 湿った土の匂い。 煙幕の残り香。 タカトシニキの点状降水帯が中途半端に残した湿気。
全部が混ざって、Ricky’sサバゲーフィールドは、もはや現代日本の屋外施設ではなく、何かの儀式に失敗した魔界の駐屯地みたいになっていた。
ユタカはホースを握ったまま、膝から崩れ落ちていた。
「……もう嫌や……」
「まだ始まってもいない」
Rickyが低く言った。
「始まってない判定なん!?」
煙の向こう。 そこにいた。
背の高い人影。 微動だにせず、まっすぐ立っている。
タカトシニキが二丁ハンドガンを構え直す。
マコートが目を細める。
MIKArinがわくわくした顔で一歩前へ出る。
マチャもんはポッケを両手で押さえていた。
人影が、ざり、と一歩前に出た。
煙が揺れる。
そして現れたのは。
迷彩の名残みたいなジャケット。
どことなく九十年代を引きずった装備。
少し赤い顔。 ふらつく足元。
片手には、なぜか酒瓶。
ユタカは三秒黙ってから叫んだ。
「酔うてるゥゥゥ!!」
男は煙の中から現れたばかりとは思えないくらい、堂々とふらついていた。
「ここは……どこや……」
「召喚された場所や!!」
「景色が……二重に見える……」
「それはお前の問題や!!」
男はゆっくり顔を上げた。
細い目。 やや険しい顔。
だが酒で全部台無しになっている。
そして彼は、目の前のRickyを見た。
ぴたりと止まった。
酒瓶も止まった。
呼吸も止まった。
たぶん魂も一回止まった。
「……あ」
Rickyが、ものすごく嫌そうな顔をした。
「……ハセか」
ユタカが首を振る。
「知り合いなん!? なんでこのフィールド知り合い多すぎるん!?」
男は顔面を引きつらせながら、首をぶんぶん振った。
「ち、違う!! 俺はハセじゃない!!」
「じゃあ誰や!!」
「通りすがりの善良な魔人や!!」
「善良な魔人が酒瓶片手に煙の中から出てくるか!!」
マコートが腕を組んでうなずく。
「ハセだな」
タカトシニキも静かに言う。
「ハセやな」
MIKArinも笑顔で追撃した。
「ハセちゃんだぁ♡」
マチャもんまで小声で言った。
「ハセさんですねー」
男は酒瓶を抱きしめたまま後ずさった。
「なんで全員おるんやここ!! 地獄の同窓会か!!」
ユタカはホースを引きずりながら立ち上がった。
「で、誰なんこの人」
Rickyが面倒くさそうに答える。
「酒乱魔人ハセや」
「肩書きから終わっとるやん」
ハセは酔った顔で胸を張った。
「俺は魔界辺境第三区画、北西湿地帯、旧駐屯娯楽特区担当……」
「長い長い長い」
「要するに左遷先や」
「マコート言うなや!!」
マコートは冷たく言った。
「黙れ。勤務中に飲酒して魔獣に説教した件を忘れたか」
「魔獣が生意気やってん!!」
「お前が酔ってただけや」
「そうとも言う!!」
ユタカが顔をしかめる。
「なんやねんこいつ……」
その時、ハセがじっとユタカを見た。
見て。
見て。
さらに見た。
ユタカは嫌な予感がした。
「……なに」
「お前」
「なに」
「ええ腹しとるな」
ユタカの眉がぴくりと動く。
「ケンカ売っとる?」
「ちゃう」
ハセは酒瓶を握ったまま、急に真顔になった。
「同志や」
「最悪の懐き方きたァァァ!!」
ハセは一気に距離を詰めてきた。
「お前、分かるやろ」
「なにが!?」
「この、重心の低さ」
「知らんわ!!」
「安定感や」
「フォローになってないんよ!!」
ハセはユタカの肩に腕を回そうとして、酔って空振った。 そのまま一回転して、地面に尻もちをついた。
「いてっ」
「登場五分でもうダサいんよ!」
Rickyは、ものすごく遠い目をしていた。
その顔を見て、ユタカは察した。
「あ、これ、ただの面倒くさい知り合いやなくて、なんかあった顔や」
MIKArinがにこにこしながら言う。
「合コン事件の人だよね♡」
ハセの顔色が変わった。
「あの話はやめろ」
「何それ、気になる」
「やめろ」
「絶対おもろいやつやん」
「やめろォ!!」
だが、ユタカ以外は全員知っていた。
マコートが低く笑う。
「かつて魔界異種混合合コンがあってな」
「ネーミングだけで嫌な予感する」
「そこでハセは酔った」
「うん」
「酔った勢いで」
「うん」
「Rickyに頭突きした」
「なんで!?!?」
ハセがその場で頭を抱えた。
「若かったんや……!」
Rickyが冷たく言う。
「その時ももう若くなかった」
「やめろ、時系列を正確にするな!!」
タカトシニキが静かに補足する。
「その後、半殺しや」
「サラッと言うな!!」
ユタカがRickyを見る。
「……何したん」
Rickyは短く答えた。
「教育や」
「教育で済む圧ちゃうやろ!!」
ハセは遠い目で震えた。
「見たことあるか……?笑ってないRickyが、無言で椅子を立つ瞬間を……」
「知らんし知りたくもない!!」
「俺はあの日、人生で初めて“死”に礼儀があると知った……」
「何その妙に詩的な感想」
MIKArinが肩をすくめる。
「まあ、頭突きはだめだよねぇ♡」
「わかっとる!! 反省しとる!!」
「酒はやめたの?」
「それは無理や!!」
「反省の質が浅いんよ!!」
ハセはようやく立ち上がり、ふらつきながらフィールドを見渡した。
「……ふむ」
「なんや」
「この空気」
「うん」
「ええな」
「嫌な予感する」
ハセの目が急に輝いた。
「これはまるで……」
「まるで?」
「モガディシュや」
ユタカが即座に叫ぶ。
「出たァァァ!! 映画かぶれ!!」
ハセは止まらなかった。
「この土の匂い、湿気、混乱、視界不良、命令系統の崩壊」
「命令系統の崩壊はお前らのせいや!!」
「完全に九十年代米軍案件や」
「その案件嫌すぎる!!」
彼はどこからともなく古びたゴーグルを出し、勝手に装着した。
「ブラックホーク・ダウンを百八回観た俺には分かる」
「見すぎなんよ」
「この場にはヘリが足りん」
「足りんでええ!!」
マコートがうんざりした顔をした。
「始まったな」
Rickyもうなずく。
「始まったな」
ユタカが振り向く。
「なに!? これ定期なん!?」
MIKArinが笑う。
「酒が入ると毎回これ♡」
ハセは空を見上げて叫んだ。
「デルタァァァァ!! ランジャァァァァァ!!」
何も来なかった。
当たり前である。
ユタカだけが現実を守っていた。
「誰もおらん!! お前しか叫んでない!!」
ゲームが中止になったにもかかわらず、ハセは勝手に始めた。
「よし、編成を組む」
「組まんでええ」
「ユタカ」
「なんや」
「お前は重火器係や」
「ただのデブ枠やないか」
「その体格、信頼できる」
「評価の仕方が雑なんよ!!」
「タカトシニキ」
「なんや」
「お前は制圧射撃」
「拳銃やぞ」
「心で撃て」
「精神論で武装の差を埋めるな」
「マコート」
「なんだ」
「お前は脅し担当」
「いつも通りだな」
「妙に適任なんよ!!」
「MIKArin」
「はーい♡」
「士気高揚担当」
「それは得意♡」
「そらそうやろな!!」
「Ricky」
「なんや」
「お前は……」
そこでハセの声が急に小さくなった。
「……統括」
「なんでそこだけ弱気なん」
「過去が蘇るからや!!」
ハセは急に酒瓶を掲げた。
「よし、作戦名は“オペレーション・蝋人形”や!!」
ユタカが止まる。
「はい?」
「蝋人形にしてやろうか!?」
「口癖そこなん!?」
「かっこええやろ!?」
「だいぶ方向性おかしいんよ!!」
しかも本人も、意味はよく分かっていなかった。
タカトシニキが冷静に聞く。
「具体的に何をする作戦や」
ハセは三秒黙った。
「……勢いや」
「作戦名つける資格ないやろ!!」
ハセは酔っていた。
酔っていたからこそ、普段なら絶対やらないことをやった。
Rickyの肩に、ぽん、と手を置いたのだ。
空気が凍った。
全員が止まった。
マチャもんのポッケのチャックの音まで止まった気がした。
ユタカが小声で言う。
「……あ、終わった」
MIKArinも小声だった。
「終わったね♡」
マコートは静かに後ろへ下がる。
「巻き込まれたくない」
タカトシニキは一応銃をしまった。
「片付けとくか」
ハセはまだ気づいていない。
「Rickyぃ~! お前もええやつやなぁ~!」
Rickyは無言。
「昔はあんな怖かったのに、今は店長さんやもんなぁ~!」
無言。
「でもなぁ、あの時の頭突きはちょっと俺も悪かったと思うでぇ~!」
無言。
「いや、かなり悪かったかもやけどぉ~!」
無言。
そしてRickyが、ゆっくり振り向いた。
その目は、合コンの亡霊を呼び覚ます目だった。
ハセの酔いが一気に抜けた。
「……すいませんでした」
ユタカが吹き出した。
「抜けるん早っ!!」
Rickyは低く言った。
「お前、辺境で頭冷やしたんちゃうんか」
「冷えた! 冷えたけど酒で温めてもうた!」
「最悪やな」
「ほんまそれ!!」
すると、そこでユタカが妙な義侠心を出した。
「まあまあまあ! 今日は再会を祝う感じで!」 全員がユタカを見た。
「お前、今それ言うん?」
「いやなんか空気がさ!」
「最悪のタイミングや」
「ハセ、お前も一言ちゃんと謝れ!」
「そうやな……」
ハセは真顔になり、Rickyの前に立った。 そして深く息を吸い、
「その節は大変申し訳ありませんでした!!
でも蝋人形にしてやろうか!?」
「最後で全部壊すなァァァ!!」
Rickyの拳が半歩前に出た。
ハセの魂が半歩後ろに下がった。
結局、MIKArinが仲裁し、マチャもんがお茶を配り、タカトシニキがなぜかハセの酒瓶を雨水で薄め、事態は一応落ち着いた。
夕方。
セーフティで、ユタカとハセは並んで座っていた。
ハセは紙コップを持ち、しみじみ言った。
「お前、ええやつやな」
「なんやねん急に」
「あと腹がええ」
「まだ言うんか」
「安心する」
「どういう褒め言葉なんよ」
ハセは少し笑った。
「辺境は寒いんや」
「知らんがな」
「風も強い」
「知らんて」
「酒しか友達おらん」
「そこはちょっとかわいそうやな……」
ハセはユタカを見た。
「お前とは、うまくやれそうや」
「いや、ちょっと考えさせて」
「同志やろ」
「そのワード重いんよ」
だがユタカも、少しだけ分かっていた。
ハセは面倒くさい。
うるさい。
酒臭い。
ボケが雑。
口癖が急に怖い。
でも、どこか放っておけない。
つまり。
このフィールドにぴったりの厄介者だった。
日が落ちる頃、ハセはぼそっと言った。
「そういや、今度、シマーダも来るかもしれん」 ユタカが嫌な顔をした。
「誰やねん」
「俺の相棒や」
「まともなん?」
「勤勉や」
「その“や”が不安なんよ」
「真面目やぞ」
「お前の基準信用できん」
マコートが遠くから聞いていたらしく、顔をしかめた。
「……シマーダまで来るのか」
Rickyも珍しく眉をひそめる。
「それはちょっと面倒やな」
ユタカが固まる。
「え、まともじゃないの?」
MIKArinが笑う。
「真面目な人って、たまに一番怖いよね♡」
「怖い予告やめて!?」
ハセは紙コップを掲げて笑った。
「次はもっと賑やかになるで」
ユタカは天を仰いだ。
「もう静かな日、二度と来んのちゃうか……」
その時だった。
ユタカの足元に残っていた水たまりが、夕日に照らされていやに綺麗な円を描いていた。
ユタカの笑顔が消えた。
「……いや」
Rickyが振り向く。
「どうした」
ユタカは震える指で足元を指した。
「またそれっぽい形になっとる」
一同、沈黙。
ハセがゆっくり立ち上がる。
「……蝋人形にしてやろうか?」
「そういう時に使う言葉ちゃうやろ!!」
実在する人物を参考にキャラクター作成しています。
探さないであげてください。
面白いと思った方は、フォロー・★評価・応援お願いいたします。
水で魔方陣を描いたら魔王が召喚した件 RYU-OK @Ryu-OKUMOTO
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。水で魔方陣を描いたら魔王が召喚した件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます