第5話 97のGと竹刀
祭りの興奮で寒さを忘れていた。
だが、流鏑馬が終わり、豆まきの準備が始まって……自分だけが『仕事場の外側』に取り残されると、冷えが骨に染みてきた。
テントを出るとさすがに明石も着替えに向かったようで、森の中で談笑しながら鎧を脱いでいる整備班の中に混じろうとして誠は歩き始めた。
観光客のあふれた石段の隣の閑散とした生垣の中に足を踏み入れると、誠の前にはどう見ても時代を取り違えたとしか思えない光景が広がっていた。木に立てかけられた薙刀。転がる胴丸、烏帽子、小手、草鞋。
小物が点々と置き去りにされている様は、まるで歴史映画の撮影現場だった。
「おう!来たんか。西園寺達の着替えを手伝うとったんか?ご苦労なこっちゃ」
黒糸縅の大鎧を着込んでいた明石が技術部の隊員に手を借りながら鎧を脱いでいるところだった。2メートルを超える大男の明石向けの特注の大鎧が地面に置かれる様はさすがに迫力があると誠も感じた。
「源平合戦でも始まるんか、って景色やな。……さながらワシは武蔵坊弁慶や」
明石は豪快に笑った。
「ガタイあるんやさかい、ワレも胸張って『
誠が胴丸を脱ぎ始めると、明石はいかにも『武蔵坊弁慶』が見せそうな豪快な笑い声をあげた。裏表の無い彼らしいドラ声が森に響いた。
「西!こっち来い!」
すでに着替え終えている島田が部下の名前を呼んだ。ワイシャツを着込もうとしていた小柄な西が慌てて上官の下へと向かった。
「そう言えばパーラは見えんようやが……どうした?アイツこそ女武者姿が似合うとると思うんやけど……神前も見たいやろ?」
ようやく鎧を外して小手に手を移しながら明石が尋ねてきた。
「ああ、パーラさんは祭りの雰囲気が苦手だとか言ってましたから。例の映画の準備で市民会館に前乗りだそうです」
アメリア達から雑用を言い渡される係のパーラ・ラビロフ大尉はこれから始まる司法局実働部隊が市から委任された肝心のメインイベントの準備のために市民会館に詰めているはずだった。誠はうなずいている明石を見ながら脱いだ胴丸を地面に置いた。しばらく部下達の手で鎧をはずされた明石は自分で次々と鎧を脱いでいく誠に感心したような表情で視線を送った。
「なんや……ワシもあれの凛々しい姿を一目見たかったのう……どうせアメリアに押し付けられてあの作品の最終チェックで隊長が駄目出ししたシーンをいじったりしとるんやろ?アイツもそんなつまらん世話せんでもいい階級やないか。そんなもん部下にやらしたらええねん。まったくアイツの世話焼きにも困ったもんやわ」
そう言いながら小手を外した明石は、部下を制止して自分で脛当てを外しにかかった。
「でも、あれで本当に良かったんですか?市の人はアレの完成版をチェックしたんでしょ?本局にクレームとか入りませんでしたか?」
誠は恐る恐る明石に尋ねた。明石は明らかに『ワシに聞くな』というような表情で目を逸らした。
「おう!自分ひとりでやってる割には早えじゃねえか!」
その声を聞いて振り返った誠の視界にはかなめとアメリア、カウラが制服に着替えて立っていた。その登場に野外で下着状態の男性隊員達の視線が一斉に声のするかなめに向った。その登場に、野外で半裸の整備班員たちの視線が一斉にかなめへ向いた。
「変態!」
「痴女よ!痴女!」
「スケベ!」
叫ぶのは覗かれる側ばかりで、覗く側は平然としている。
その落差が……いかにも『特殊な部隊』だった。
「ふざけてねえで急いで着替えろよ!上映会まであと3時間無いんだからな!神前!オメエはメインキャラだから舞台挨拶とかするんだと。遅刻するわけにはいかねえだろ?」
そう言って気持ちの悪い罵声を浴びせる整備員達を無視して、かなめは近くの石に腰を下ろして着替えている誠を見つめた。
「あのー」
誠は脛当てを外す手を止めてかなめに目を向けた。
「なんだ?」
「……西園寺さん、ちょっと、あっち向いてもらえます?さすがに恥ずかしいんで」
そう言って誠は視線を落とした。すぐさまその頭はアメリアの腕に締められた。
「何言ってるのよ、誠ちゃん。同じ屋根の下暮らしている仲じゃないの!それに誠ちゃんは飲むとすぐ裸になってご自慢の立派なアレを見せてくれてるじゃない♪確かにかえでちゃんが誠ちゃんの実家で言ってたようにあれだけ大きいとかえでちゃんが誠ちゃんの童貞に拘るのもうなずけるわね。ゲルパルトアレの長さが自慢のヨーロッパ地球人の連中にだって自慢できるわよ。それこそ地球の黒人男優並みの大きさだもの」
アメリアががっちり腕を回して、誠の首をホールドした。隣でカウラは米神に手をあててその様子を眺めていた。
「ちょっと!着替えますから止めてくださいよ!これじゃあ脱げません!」
そう叫んだが、誠はアメリアよりも周りの整備員の様子が気になっていた。そこからは明らかに殺気を含んだ視線が注がれていた。それは皮膚の上を、無数の針が滑るみたいな圧だった。
汗が冷えて、指先だけが言うことを聞かない。ようやく鎧を脱ぎ終えた明石も、その視線をどうにかしろと言うように眼を飛ばしてきた。誠の眼を使っての哀願を聞き入れるようにしてアメリアが手を離した。誠は素早くワイシャツのボタンをかけ始めた。しかし、周りからの恫喝するような視線に手が震えていた。
「大丈夫か?神前。アメリアも余計なことをするんじゃない。今は時間が無いんだ」
小隊長らしく気を使うカウラだったが、その声が逆に周りの整備員達を刺激した。着替え終わって立ち去ろうとする隊員すらわざと殺気のこもった視線を送る為だけに突っ立っているのがわかった。
「おう!皆さんおそろいで……誠さんは着替えとして……皆さんは何をされてるんです?」
そう言って現れたのは普段から女子隊員の制服を着ていて私生活でも女装がやけに似合う『男の
「西園寺さん、クラウゼ中佐、ベルガー大尉と一緒だと良い笑顔をするんですね、神前先輩は。やっぱり神前先輩は島田班長が言うようにモテるんですね。僕には冷たかったのに。そんなに女性の方が好きなんですか?やっぱり僕には女性に付いている部分が無いからいけないのか……」
そう不穏当な発言をしながらアンは不器用な手つきで胴丸を脱ごうとした。
「……アン、後で話そう。今は着替え。ほら、紐こっち」
誠は声を低くして、ほどけない結び目を外してやった。
なんとか胴丸を脱ぎ終えた誠は不器用な手つきで結ばれたひもをほどこうとするアンに手を貸した。
「それにしてもひよこちゃんも付ければよかったのに……鎧」
そう言いながらアメリアは戸惑った表情のひよこに話しかけた。
「ひよこはいざという時動けんと意味ないやろ……看護の手はいつ必要になるかわからんよって。馬っちゅうのは気まぐれな生き物や。いきなり暴れだして落馬すればそれこそ命に関わる。そのくらいの事は分かっとき」
明石は今日は休暇と言うことでいつもの私服のサングラスに紫色のワイシャツに黒いネクタイと言ういかにも極道モノを想像させる格好へと着替えていった。
甲武での経緯……赤松忠満に引き抜かれた、だの、官派の乱の前だのの話はかなめや明石本人から誠も聞いていた。
部隊には『人の過去は詮索しない』という暗黙のルールがある。
だが、詮索しなくても明石のその服のチョイスを見ただけで分かる。追う側より、追われる側の方が似合いすぎている。
「私はあんまり注目されるのが苦手なので。それと、鎧兜じゃ私の『ヒーリング能力』を使う時に動きが制限されるので邪魔になります」
控えめにひよこはそう言うといつもの気弱そうな笑顔を誠に見せた。誠は何となくひよこの胴丸姿も見てみたいなどと『許婚』のかえでが聞いたら怒られそうな不埒なことを考えていた。
「そういえばアタシも鎧を着ている間中胸がきつくてねえ。良いなあカウラは体の凹凸が少なくて……胸がでかい身体もこういう時は考えもんだわ。ああ、神前にならアタシのサイズを教えてやってもいいぞ。97のGだ。どうだ!凄いだろ!」
その瞬間だけ、かなめは完全に『勝ち誇って』いた。特にその胸に広がる大平原をコンプレックスとして持っているカウラに対してはその得意満面な顔は一層輝いて見えて、さらにカウラの明らかにかなめに対する怒りを増幅していた。
その瞬間、そんなかなめの背後で、竹が鳴った。いつもなら皮肉を飛ばす相手のカウラがかなめの言うことを無視して黙っているところで、かなめは背後の小さな存在に気づくべきだった。
「おー、言うじゃねーか。へー。鎧は凹凸がない方が向いてるって?」
恐る恐るかなめが視線を下げるとそこにはどう見ても8歳くらいに見える制服姿のランが立っていた。その手にいつもどおり竹刀が握られていた。ランは笑っていない目を細めた。
「じゃあ……誰が『凹凸ない』って話を西園寺は今、してたんだ?アタシが聞ーてるのはそれが誰かって話だ……言ってみろ。上官命令だ」
誠よりランとの付き合いが長くその怖さを骨身に染みているかなめは明らかに狼狽えた顔でそんな誤魔化すような言葉を口にしたが、それでもランの鋭い目つきと手にした竹刀はかなめをいつでもぶちのめせるような状況にあった。
焦ったかなめはなんとかその場をごまかそうと必死に知恵をひねった。
「いえ、姐御。そう言う意味では……それに姐御が胸が無いのは幼いからであってこれから成長すれば……まあ4億年成長してないってことはこれからも未来永劫成長しないんですよね、姐御は」
思いもかけぬところに登場した天敵であるランの存在にかなめはみるみる青ざめていった。
「じゃあどういう意味なのか言ってみろよ!アタシはその真意について詳しく知りてーんだ。懇切丁寧に教えてくれ。誰の身体の凹凸がほとんどねーんだ?言ってみろ?西園寺!」
ランの竹刀がかなめの足元を叩いた。誠はうまいことそのタイミングを利用してすばやく上着を着込み、帽子をかぶった。
「じゃあ、クバルカ中佐。私達は先行ってますからその生意気な部下をボコっておいてください。かなめちゃん、口は災いの元よ、周りをよく見てから発言することね♪」
敬礼をしたアメリアが誠とカウラを引っ張って境内に歩き始めた。そのかなめの色気のあるタレ目が誠に助けを求めているような様子もあったが、満面に笑みを浮かべたアメリアは誠の手を引いてそのまま豆まきの会場に向かう観光客の群れに飛び込んだ。
「それにしても混みますねえ。なんか東都
アメリアの手が緩んだところで誠は自分を落ち着かせるためにネクタイを直そうとしてやめた。恐怖すら感じる数の人の波を逆流するためにはそんなことは後回しだった。そのまま三人は押し負けてそのまま道の端に追いやられて八幡宮の階段を下りていった。人ごみを抜けたと言う安堵感でアメリアとカウラは安堵したような笑みを誠に投げかけた。
そのまま群集から見放されたような階段が途切れ、コンクリート製の大きな鳥居が見える広場に出た。
「隊長の流鏑馬は去年も好評だったからな……去年よりかなり客は増えたようだな。ネットの宣伝とかは隊長が嫌がるからやっていないらしいが、それでも
そう言ってようやく人ごみを抜け出して安心したというようにカウラは笑った。誠は息を整えながら、冷えた指先をポケットの中で握り直した。
『祭り』は終わった。……ここからが本番だ。主にアメリアのせいで。
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