第46話:光の搾取と、雷雲ギルドの暗闇

大河リヴァイアサンに架けられた長大な鉄橋を渡り、我々の蒸気機関車はついに西の大陸最大の要衝――『交易都市バルサ』のターミナルへと滑り込んだ。


だが、列車のデッキに降り立った私は、眼下に広がるその巨大な都市のいびつな光景に目を細めた。


夜のバルサは、見事なまでに真っ二つに「分断」されていた。

貴族や大商人たちが住む中央の高台区画は、青白い魔法の光に照らされ、まるで不夜城のように煌びやかな輝きを放っている。しかし、その周囲を取り囲む広大な平民街や工場地帯は、文字通りの『漆黒の闇』に沈み込んでいたのだ。


「……ひでえ有様だな。大陸一の交易都市が聞いて呆れるぜ」

私の隣で、バルガスが葉巻に火をつけながら忌々しそうに吐き捨てた。


「あの光は、街の特権階級である『雷雲ギルド』が独占してるんだ。あいつらは雷属性の魔法で『魔力蓄電池』にエネルギーを溜め込み、それを街に売り捌いてる。だが最近、マナの枯渇を理由にして、蓄電池のレンタル代をこれまでの十倍以上に吊り上げやがった」


「十倍ですか。それでは平民の工場は立ち行かない」


「ああ。払えない平民街への光の供給は完全にストップさ。夜になれば真っ暗で何も見えねえから、工場は稼働できずにバタバタ潰れ、治安も最悪だ。……ちょっと様子を見に行ってみようぜ」


我々は護衛を連れ、暗闇に沈む平民街の工場地帯へと足を踏み入れた。

月明かりすら届かない煤けた路地を歩いていると、前方の一際大きな繊維工場の前で、松明を持った武装兵たちが怒声を発しているのが見えた。


「待ってくれ! あと三日……あと三日だけ待ってくれれば、注文の品が完成して税を払えるんだ! 光を、光を奪わないでくれ!」


工場の親方が、豪奢な毛皮のコートを着た男の足元にすがりついて懇願していた。

だが、男――雷雲ギルドの長であるボルトンは、冷酷な目で親方を見下ろし、容赦なくその顔面を蹴り飛ばした。


「ぐふっ……!」

「うるさいぞ、泥ネズミ。払えないなら光は没収だ。さあ、持ってこい!」


ボルトンの合図で、武装兵たちが工場の中から「青白く発光する巨大な水晶(魔力蓄電池)」を台車に乗せて運び出してきた。

それが持ち出された瞬間、工場の中を照らしていた光がフッと消え、数十人の労働者たちが完全な暗闇の中に取り残され、悲鳴を上げた。


「ああっ……! 糸が、機械が見えない……!」

「これで俺たちは終わりだ……明日からどうやって食っていけばいいんだ……!」


絶望に泣き崩れる労働者たちを見下ろし、ボルトンは鼻で笑った。


「神の雷を宿す魔力電池こそが、この都市の命だ。税も払えん平民に、夜の明かりなど贅沢すぎる。お前たちのような無能は、一生闇に怯えて生きるのがふさわしいのだ」


完全なるエネルギーの搾取。

その光景を見ていたゴルドが、怒りでハンマーの柄をミシミシと握りしめた。


「あのクソ野郎……! 光を人質に取りやがって。若社長、俺たちもこの街で鉄道の操車場を動かすには、夜の明かりと動力が必要だろ? あんなボッタクリのギルドから、エネルギーを買わなきゃならねえのか!?」


「いいえ。買う必要などありません」


私は、青白い光を放って遠ざかっていく雷雲ギルドの馬車と、暗闇に取り残されてすすり泣く平民たちの姿を、冷徹な目で観察していた。


「エネルギーを特定の特権階級が独占し、それを他者を支配し分配するための権力として使う。……典型的な『中央集権型インフラ』の最も醜い弊害ですね」


「レオン。あの羽虫どもの光を、力ずくで奪い取ってくるか?」

背後でヴェラリアが杖の先を光らせるが、私は首を横に振った。


「奪う価値もありませんよ、マスター。あれは結局、魔力という曖昧で有限な燃料に依存した、時代遅れの遺物です」


私は振り返り、暗闇に沈む巨大な工場地帯のシルエットを見渡した。


「彼らは光を特権だと思っている。ならば、我々はその前提を根底から覆す。……バルガスさん、ゴルドさん。蒸気機関車の先頭車両を、この工場の裏手に引き込んでください。そして、大量の『銅線』と『磁石』を手配するんだ」


「銅線と磁石? そんなもんでどうする気だ?」

バルガスが怪訝な顔をする。


「ギルドに光を乞う必要はありません。我々自身の理(ことわり)で、この空間から無限のエネルギーを引き出し、この都市の暗闇を全て駆逐します」


特権階級による光の独占と、平民たちの絶望。

暗闇に支配された交易都市バルサの片隅で、泥の技師は「電磁誘導」という新たな物理の光を産み出すべく、静かに計算を始めていた。

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