異世界コルベット開拓記

深雪ソーマ

第一話 ランク1位のコルベットは、異世界宙域を開拓する

 最後に見たのは、勝利画面だった。


 無数の光点が散る戦場。敵旗艦の爆散。自艦の機体各所に走る警告表示。残存バリア、9%。主砲使用不可。ミサイル全弾消費。推進偏向ノズルに軽微な損傷。


 だが勝ちは勝ちだ。


 俺――霧島ユウは、宇宙開拓戦闘シミュレーションゲーム《アストラ・フロンティア》のランク戦で、久々に1位へ返り咲いたところだった。


「よし……やっぱ最後は機動戦だろ」


 敵の射線を三次元的にずらし、慣性キャンセルを見越した逆噴射で背後へ潜り込む。正面火力ではなく、姿勢制御と瞬間加速で勝つ。それが俺の戦い方だった。


 画面の向こうで、勝利演出の銀河がゆっくり回る。


 疲れた。眠い。だが、もう一戦だけ――


 そう思ってマウスに手を伸ばした瞬間、モニターの奥から白い光があふれた。


「は?」


 部屋も机も、夜食のカップ麺も、全部が光に呑まれる。


 目を閉じる暇すらなかった。


     ◇


 気づけば、俺は硬い床に転がっていた。


 金属の冷たさが背中に伝わる。鼻をくすぐるのは、機械油でも排気ガスでもない、清浄化された乾いた空気の匂い。目を開けると、天井は曲面を描く白灰色のパネルで覆われ、細い照明が青白く灯っていた。


「……どこだ、ここ」


 体を起こす。


 そこは6畳ほどの個室だった。壁面収納、折りたたみ式のベッド、簡易デスク、固定金具付きロッカー。狭いが、明らかに居住区画だ。しかも、妙に見覚えがある。


 ゲーム内で何百回も見た、コルベット級標準居住ブロックそのものだった。


 ぞわり、と背筋が粟立つ。


「まさか……」


 部屋の壁面に埋め込まれたスクリーンがふっと点灯した。そこに表示されたのは、見慣れたUI――青い円環型のメニューと、中央に浮かぶ艦のステータス。


 艦名:CN-47《ヴァルハラ・コア》

 艦種:多用途戦闘コルベット

 状態:正常

 主機関:位相循環永久炉 稼働中

 現在位置:不明星域

 乗員:1


 心臓が止まりそうになった。


「ヴァルハラ……俺の愛艦?」


『はい、艦長。お目覚めですか』


 柔らかな女性の声が、部屋全体から響いた。


 反射的に立ち上がる。視線を巡らせても人影はない。


『驚かせてしまったなら申し訳ありません。私は本艦統合管理AI、《ノア》。現在、艦内全域の制御を担当しています』


「……ノア」


 その名前も知っている。ゲーム中では、高性能艦にのみ搭載できる会話型支援AIモジュールの名称だった。音声合成とは思えないほど自然な声だったが、俺が震えたのはそこじゃない。


 目の前の全てが、あまりにも“本物”だったからだ。


「夢じゃないのか」


『夢の可能性を完全には否定できません。しかし、艦長の脳波、心拍、体温、平衡感覚、触覚反応は現実環境下のものと一致しています』


「一致してほしくなかったな……」


 口ではそう言ったが、もう理解し始めていた。


 俺はおそらく、ゲームに似た世界へ転移した。しかも、愛用していたコルベット級宇宙戦闘艦ごと。

 家族や友人、向こう側の生活。一瞬だけ頭をよぎったが、今は生き残ることが先決だ。


『艦長。状況説明を行いますか?』


「頼む」


『本艦は現在、未確認宙域を低速漂流中です。近傍に恒星系を一つ確認。第三惑星および第四惑星に人工活動の痕跡らしき反応があります。ただし、既知データベースとの一致率はゼロです』


「完全な未知宙域、か」


『はい。また、本艦の装備状況ですが、ビーム兵装二門、近接迎撃レーザー、軽量誘導ミサイル八基、偏向バリア、標準鉱物加工機、小型ドローン格納庫、居住区画、自動調理器、水再生循環系、簡易医療ポッドは正常です』


「資源系は?」


『食料カートリッジ残量は長期保存用を含め三百二十七日分。水は循環再生により長期運用可能ですが、初期貯蔵量には限りがあります。外部補給源の確保が望ましいでしょう』


 そこまで聞いて、少しだけ現実感が出てきた。


 生きていける。


 少なくとも、すぐに飢えることはない。


「エネルギーはどうなってる?」


 そこが一番重要だった。


 この艦の最大の特徴は、俺がゲームで組み上げた特殊仕様――永久炉だ。理論上は無尽蔵に近いエネルギーを生むが、瞬間的な出力には限界がある。使いすぎれば回復まで時間がかかり、バリアや兵装出力が鈍る。


『位相循環永久炉は正常です。平時出力においては半永久稼働が可能。ただし艦長の認識通り、短時間で極端なエネルギー消費を行った場合、炉心安定率の回復を待つ必要があります』


 スクリーンにグラフが現れる。


『たとえば全方位バリア最大展開、主機関高機動連続使用、ビーム砲斉射を同時に行った場合、炉心安定率が著しく低下します。その間、バリア減衰、推力低下、兵装出力制限が発生します』


「ゲーム通りか……」


『はい。艦長の戦闘スタイルにおいては、特に機動戦闘中のエネルギー管理が重要と予測されます』


 思わず口元がつり上がった。


 怖くないわけじゃない。むしろ、めちゃくちゃ怖い。だが、こと宇宙戦闘に関してだけは別だ。


 この艦の癖も、推力の乗り方も、バリアの削れ方も、俺は体で覚えている。


「ブリッジへ行く」


『了解です。誘導灯を点灯します』


 ドアが横に滑り、通路に細い光の線が走った。


     ◇


 ブリッジは二層構造になっていた。


 上段に艦長席と戦術コンソール。下段に操艦席、機関監視、索敵卓。とはいえ、現状の乗員は俺一人だ。有人艦というより、高性能AI搭載の単独運用艦に近い。


 正面スクリーンいっぱいに、黒い宇宙が広がっていた。


 その闇の中に、金色の恒星が一つ。そして周囲を回る幾つもの惑星。小惑星帯。さらに遠方に、青白く輝く人工衛星のような光。


 息を呑む。


 ゲーム画面とは違う。映像ではなく、本物の宇宙だ。


「……すごいな」


『艦長の視覚反応から判断して、その感想は肯定的なものと解釈します』


「まあな」


 俺は艦長席に腰を下ろした。肘掛けに手を置くと、半透明の操作パネルが立ち上がる。指先を滑らせる感触まで、ゲームと同じだ。


『補足報告があります』


「何だ」


『第三惑星近傍で、断続的な救難信号を受信しました』


 空気が変わった。


「内容は?」


『未知言語ですが、繰り返し構造から遭難信号である可能性が九一パーセント。発信源は低軌道上。小型船、もしくは軌道施設残骸と推定されます』


「敵性反応は」


『周辺に小規模な熱源群。海賊、私掠船、あるいは自律兵器の可能性があります』


 いきなりイベント発生かよ、と心の中で毒づく。


 だが、選択肢はそんなに多くない。この世界の情報が欲しい。言語も文化も勢力図も何もわからない以上、接触は必要だ。ただし、真正面から突っ込むほど迂闊でもない。


「距離を保って接近。索敵優先。ノア、戦術予測を」


『表示します』


 スクリーンに軌道図が展開される。第三惑星を中心に、複数の赤点が荒い楕円軌道を回っていた。そのうち一つだけ、弱々しく点滅する青点がある。救難信号の発信源だ。


『敵性候補は四。いずれも小型。装甲は薄く、直線加速重視。火力は低めですが、数で包囲するタイプと推測されます』


「雑魚狩り構成か。なら、こっちは――」


 言いかけて、止めた。


 ここはゲームじゃない。負けたら終わりだ。


 無理な突撃はしない。だが、俺には俺の勝ち筋がある。


「まずは通常航行で外縁まで。相手の索敵限界に引っかからないギリギリを取る。そこから一機ずつ釣る」


『了解。ただし、戦場が惑星重力圏に近いため、高速機動時の軌道誤差に注意が必要です』


「むしろ好都合だ。遮蔽物代わりに使える」


『……艦長は危険な操艦を好む傾向があります』


「勝つためだ」


『結果として本艦が大破しない範囲でお願いします』


「善処する」


『その返答は信用度が低いです』


 少しだけ笑ってしまった。


 人と話しているみたいだ。いや、下手な人間よりよほど会話が成立する。


 操艦席へ移る。座席に体を預けた瞬間、視界の端に艦体姿勢や速度ベクトル、バリア残量が立体表示された。身体と船がつながるような感覚。これだ。俺が一番慣れている場所。


「推進機関、起動」


『主推進、巡航モードへ移行。偏向バリア待機。兵装、安全装置解除まで三秒』


 艦が、静かに前へ滑り出した。


 星々がゆっくり流れる。


 だが俺にはわかる。この滑り出しの先にあるのは、単なる戦闘じゃない。


 未開の星系。未知の文明。補給拠点も、味方も、地図すらない宇宙。


 なら、作るしかない。


 安全な停泊地を。補給網を。交易路を。採掘基地を。人が住める場所を。


 このコルベット一隻から、俺の宇宙開拓を始めるんだ。


『艦長』


「何だ、ノア」


『救難信号、強度低下。発信源の状態が悪化している可能性があります』


「十分だ。助けに行く」


『了解。戦闘支援プロトコル、起動します』


 スクリーンの向こうで、第三惑星の青い輪郭が大きくなる。


 その周囲に散る赤い光点が、獲物を待つ獣の目のように瞬いていた。


 俺は操縦桿を握り、息を吐く。


「久々の実戦だ。手加減はなしだぞ」


『本艦は常に全力で艦長を補佐します』


 機首をわずかに傾ける。最短距離ではなく、敵の死角へ回り込む軌道。推力を絞り、熱源を抑え、星の影を舐めるように接近する。


 そして俺は、見えない敵へ向けて静かに笑った。


「――ランク戦一位の操艦、見せてやる」


 コルベット級宇宙戦闘艦ヴァルハラ・コアは、未知の星系へと降下する。


 たった一人と、一隻のAI艦。


 それでも、宇宙を切り拓くには十分だった。

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