第7話:『でも楽しかっただろ?』3/3
意識を集中させる。
流れる視界の中、前方で舞う銀色の流星をただひたすらに追い続ける。
なんて優雅に、楽しそうに飛び回っているのだろう。
この
たとえ何者であったとしても、こいつが駆け回る自由を奪うことなど許されない。
そんな
だから──本気になれ、
上級者ごときで満足するんじゃない。上限を勝手に定めるんじゃない。
俺の目の前にいるのは自称、止まれない女なのだ。
だから──
「──だからよ、止まるんじゃねえぞ……!」
『言われるまでもないわ──よっ!』
お前は俺に止められる方だ。
お前自身が、そう言ったんだから。
瞬間。
絶え間なく動き続けていた全てのものが、急に緩やかになったような気がした。
全てが視える。2時の方向、こちらのやや上を取った位置から左腕を振るう『ヘルディン』の姿も。
その左腕から放たれた、三日月状の光刃の軌道も、くっきりと。
全力で機体を突撃させる。光波のダメージ判定と機体の当たり判定、その両者が交わるギリギリのラインをすり抜けて──
全ての速度が戻ってくる。
返しの右腕を振るわんとする『ヘルディン』が、目と鼻の先に映っていた。
『──見事……!』
そうして、初めて。
称賛の言葉が、
これで終わりだ。『プロタゴニスト』もまた、ただ一振りの杭を打ち込まんと左腕を振りかぶってはいる。しかし間に合わない。両機の攻撃が成立するタイミングは完全に一致している。
相打ち──それでも確かに、一矢報いたことに変わりはない。50発のカラスマを放ち、グレネードやミサイルを駆使してもただの一発も当てることの叶わなかった
でもな、渡良瀬。
本当に目ん玉ひん剥くのは、ここからだぞ。
とくと味わえ。これがお前の知らない3年間、絶えず進化と発展を続けてきた──
──止まることのなかった、『Wasteland Titans』の行き着いた
刹那。
『ヘルディン』の振るう
刃と腕は運命の如く引かれ合い、勢いのままに衝突を起こし、そして──拮抗する。
相打ちではなく、鍔迫り合い。
近接武器の攻撃判定がかち合った時に発生する、3年前──渡良瀬凛音の現役時代には、存在しない挙動だった。
『──はあっ!?』
そりゃそんな声も出るよな、うん。
勝ったと思った
『ちょっ──え、待って、何よこれ、何なのよこれ!?』
「だーっはっはっはァ! 見て理解んないかセリン!? 鍔迫り合いだよ鍔迫り合い! さあ、押し負けたくなかったら張り切ってなんとかしろォ!」
『な、なんとかしろって言ったって──どうすればいいの!?』
「ブーストボタンをひたすらに連打するんだよ! ほら、びしばし叩け叩けェ!」
『連打って──こ、こんなの私の知ってるWTじゃない……!』
「ぶわははははははは!!」
笑いが止まらない。さっきまで存分に強者の風格を漂わせていた
でまあ、こんなこと言ってる間も俺は猿のように両の指でブースト叩きまくってる訳で。一方のセリンは俺の説明受けてからようやくボタンを弾き出した始末、当然勝負になる筈もない。
『ヘルディン』の細腕が呆気なく弾き飛ばされて、引き換えに『プロタゴニスト』の左腕──正確に言えば、取り付けられた射出機構が、『ヘルディン』の胸元に押し当てられる。
躊躇なく、俺は左のトリガーを引き絞った。
「プロタゴニスト、アァ──クションッ!!」
──
機構が忠実に役目を果たし、
圧縮された空気が一気に押し出されて、排煙の如く機構の隙間から漏れ出している。
そうして突き出された杭は、寸分違わず『ヘルディン』の胸部──コックピットの存在する位置を貫いていた。
『ヘルディン』の背中から突き出した、灰色の一本杭。
遠目から見れば、こう錯覚する者もいるだろう。
銀色の
『がっ、は……!』
そしてどうやら、空気が漏れたのは『プロタゴニスト』の腕だけではなかったらしい。
が、中身は無事でも機体の方はそうはいかない。『ヘルディン』の
一撃、必殺。
勝者、『REDHero』with『プロタゴニスト』────
「……と、思うじゃん? ってな」
まったくもって、残念なことに。
力尽きているのは、『プロタゴニスト』も同様だった。
システムダウン──そう、『ヘルディン』が機能を停止したのは、撃破されたことが理由ではない。二度目のリミッター解除、その制限時間を迎えただけのこと。
それを証明するように、役目を終えた『灰頭』がその
耐久値が残っている限り、首を跳ねようが手足を捥ごうが撃破したことにはならない。
だってこれ、対戦アクションゲームだからね。
『……変わってしまった……私の愛したWTは、変わってしまったわ……』
「まーだぐちぐち言ってるよ。いい加減切り替えらんねえのか」
『あなたに私の受けている悲しみが理解るの!? 連打合戦なんてWTの掲げていた硬派なイメージとまるで正反対じゃないの! そういうのはどっちかというとデモ○クの領分だわ!』
「でも楽しかっただろ?」
『それは────』
『ネットミームだけで会話するのやめてもらえる!?』くらいのことは言われると思っていたのだが、予想に反して。
『…………うん』
思いの外、素直な返事が返ってきたものだから。
茶化し続けようと思っていた舌の回りが、そこで止まってしまった。
『私──こんな気持ち、ずっと忘れてた……いつからだろう、勝つことだけに夢中になって、相手のことをまともに見なくなって、ただ自分が気持ち良くなるためだけに没頭して──』
「…………」
『……完全に、してやられたのに。悔しいけど、それ以上に──楽しかったんだ、私……』
そう語るセリンの──いや。
渡良瀬の顔が、今の俺には映っていない。
今の俺とこいつは、WTを通して向かい合っているように見えるけれど。実際に向かい合っているのは二体の
本当の渡良瀬は今や、隣の席から遠く遠く離れた場所にいる。
……いや、言っても同じ学校だし、直接会おうと思えばいくらでも会える距離にはいるんだけど。
とりあえず。
『楽しかった』なんて言う割には、声に涙が混ざっているような気がしたので。
そういうしんみりとした空気は、さっさと終わらせるに限る。
「──だったら、まだ続けようぜ。楽しい時間ってやつ」
『……ぅえ?』
「勝手に終わった感出してるけどな、まだ決着付いてないだろ。それともいいのか? もう再開して。システムダウン、とっくの昔に解除されてるぞ」
『な──わわっ、ちょ、ちょっと待って……!』
焦ったような声と共に、再起動した『ヘルディン』がバーニアを噴かして遠ざかっていく。それに倣って俺もまた後方へ。助走を付けるには距離って奴が必要だからな。
という訳で、三度目の正直になる立ち合いだが──もう何も俺に出来ることはない。『灰頭』を一発とはいえぶち込むことが出来たのは、渡良瀬視点で相打ち=決着という状況だったからだ。そうでなければあいつはきっと、呑気に二振り目の刃を振るおうだなんて思わなかったことだろう。
加えて言うなら──先の一撃を前に感じた、あの全てがスローモーションに思えた感覚。あれはきっと、神様が俺に用意してくれた一回こっきりの奇跡か何かだ。まったくもって再現性ゼロ、狙って起こせと言われても出来る気がしない。
そういう訳で、今からやるのはただの特攻です。何秒持つかな。3秒経って生きてたら褒めてくれ。ABAYO。
『……こ、こほん。いつでもいいわよ、陽彩くん』
「おし、そんじゃ行くぞ。位置について、よーい──」
……ま、渡良瀬の調子も無事元に戻ったようだし。
今日のところはこれで、ミッション達成ということにしておきましょうかね──
『──何をやってるの!』
『え──』
両のブーストボタンを押し込み、右トリガーを引こうとした指が。
そのやり取りを耳にして、止まった。
直後。荒々しい物音と、インカムからやや遠ざかった──
悲鳴を、確かに聞いた。
あいつの。
「……渡良瀬?」
声を掛ける。
反応は何も返ってこない。視界に映る『ヘルディン』からも──
それを操っている筈の、あいつの声も、何一つ。
「おい……どこ行ったんだ渡良瀬、何があった? おい、返事しろ渡良瀬! 渡良瀬!!」
『おい、ヒーロー落ち着け! しっかりしろ!!』
『……あちゃあ……』
意味が理解らない。一体何が起こっている? だって、あいつは、渡良瀬は──
いつでもいいって言ったじゃないか。
続きをやるって、言ったじゃないか。
悔しいけど、それ以上に──
──楽しかったって、言ったじゃないか。
それらの言葉がまるで、夢幻か何かだったかのように。
遠方に映る『ヘルディン』が、ブロックノイズの中に包まれて消失する。
即座にメインシステムを切り替え、戦闘モードを終了させる。画面に一瞬映った『YOU WIN』の文字列を殴りつけたい衝動に駆られつつ、
メニュー
──『serin』のログイン状況を、確かめる。
ステータス、
最終戦績。VS『Geezer』『REDHero』『YUME』──
──
「……なんだ、それ……」
文字の内容が理解出来ない。現実を受け入れられない。
それから暫く。同じように
俺はその場から、一歩も動くことが出来なかった。
──『停滞』を、していた。
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