Archive_1 【BBQの肉】

発生地:栃木県 某市

形式:口述証言(提供者 Aさん)


先日、曾祖父が亡くなりました。

110歳以上まで生き、大往生といえるでしょう。

その葬式で曾祖父の顔を見て、ひとつ思い出したことがあります。


私の家では毎年夏休みになると父方の曾祖父の家に行くのが恒例でした。

曾祖父は無口で、いつも酒と煙草の匂いがして、子どもの私には少し苦手な人でしたが、山に囲まれた家は都会育ちの私には新鮮で、行くのは楽しみでした。


曾祖父の家に行くと、必ず近くの川でBBQをしました。

それも毎年の楽しみでしたが、小学五年生の夏のBBQだけは、少し異様な体験になったんです。


その年は曾祖父、祖父母、両親、私の六人で河原へ向かいました。

けれど現地には村の人たちも十数人集まっていました。どうやらその年は村全体でやることになっていたらしく、私以外の家族は知っていたようです。

私は「ちょっと気まずいな」くらいに思いながらも、すぐに受け入れていました。


その時知ったのですが、曾祖父は村の中でもかなり偉い立場だったようで、周りの人が次々に挨拶に来ていました。なんとなく誇らしい気持ちになったし、私もジュースやお菓子を貰って嬉しかったのを覚えています。


夕方になり、水遊びで濡れた服が少し冷えてきたころ。

曾祖父が二度手を打ってみんなの注意を引き、「そろそろ始めましょう。あれを持ってきてくれ」と言いました。


母と祖母が家から持ってきたのは、骨壺くらいの大きさの壺でした。

祖母が菜箸で中から取り出したのは、ピンク色の肉。


炭火に置いた瞬間、「キュウウウ」という叫び声のような音がして、発酵したような匂いが広がりました。

切り身なのに全体が収縮と膨張を繰り返し、生き物のように蠢いていました。

のっぺりしたピンク色には濃淡が浮かび、マーブル模様のように見えました。


気づけば周りの大人たちも皆、黙って肉を見ていました。

さっきまで笑い声が響いていたのに、誰一人言葉を発しません。

本当は母に「これ何?」と聞きたかったのに、声をかけられず、私も黙って見つめていました。


音が止んだころ、母が肉を切り分けました。

私の皿にも小さな欠片が乗せられました。

「ペチャ」と落ちたそれは半分がまだピンク色で、あんなに焼いたのに生焼けのように見えます。

箸でつつくと発酵臭が強まり、頭がくらくらしました。


「いただきます」

曾祖父の声と同時に、大人たちは一斉に肉にかぶりつきました。

言葉もなく、獣のように。

母までもが口の周りを油で濡らし、くちゃくちゃと音を立てて食べていました。


私は怖くなり、紙皿を閉じてこっそり川に捨てようと思いました。

こっそりと川縁まで移動しましたが、大人たちは誰も私を気に留めていません。


墨汁のように真っ黒な川を眺めていると


「このまま川に落ちても助けてもらえないかもしれない」

そんな気がして、余計に怖くなりました。




ピンク色の肉を放り投げ、それが水に落ちた瞬間、川の奥で「ドボン」という音がしました。投げた肉の大きさでは発生し得ないような重くて大きなものが動いた音でした。


 


やがて大人たちは落ち着き、いつもの家族に戻りました。

後片付けをして帰る途中、ふと川を振り返ると、水面に二つの目が浮かんでいるように見えました。


あの肉は、人魚の肉だったのではないかと今でも考えます。

食べると不老不死になるという、人魚の肉です。



そう思うと、酒も煙草も嗜みながら110歳を超えても元気だった曾祖父のことも説明がつく気ががするのです。


葬式で聞いた死因が、老衰ではなく、自殺だったから。

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