シュガーコンパス — もし、触れたらきみは。【短編集】
灯凪 栞花
片想いと呼ぶには余りにも①
きみの綺麗な瞳の先に、誰がいるか知ってる。
その憂いを帯びた視線は絶対に
俺に向けられることがないことも
知っているのにどうして
こんなにもこんなにも、きみと居ると嬉しくて
悲しくて、痛くて、幸せで。
――――――世界一残酷な笑顔。
「夕羽ちゃん、」
名前を呼ぶと寝ぼけたままの顔で、無防備に目を覚ます。
長いまつ毛が照らされて夕日の影が揺れた。
枕としてしか機能してない教科書が、パラパラとめくれる。
「朝雫…授業終わった?」
「とっくにね。夕羽ちゃん、今日は始まって5分と経たないうちから寝てたよ」
「まだ眠い」
ふわりと、あくび。
「昨夜も寝なかったの?」
「うん」
跳ねた髪を直してやると、夕羽はようやくゆっくりと立ち上がった。指先に触れた頬が冷たい。教室の窓の外からは、同級生の喧騒が聞こえる。
「今日どうする?」
声が震えて、夕羽は不思議そうな顔でじっと朝雫を見つめる。夕日に照らされた色素の薄い茶色の瞳。
「眠い」
「じゃあ、帰る?」
「眠い」
「……うちに来る?」
「……」
一瞬だけ沈黙したあと、こくん、と小さく頷いた。
夕羽は学校の指定カバンを手にする。
授業中はほとんど寝ているし、そもそも出席してる事も少ない。それなのに、指定カバンを、夕羽はいつも律儀に持ち帰る。
金髪に近い茶色の髪は、生まれつきらしいし、制服も着崩したりはしない。決して"不良"と呼ばれる種類の生徒ではない。けれどいつも無気力に眠そうな顔して、クラスメイトと話しているところは見たことがない。
それなのに、テストでは毎回学年トップを維持していて、だからこそ教科書が枕化していても先生も強くは言えない。
「コンビニ寄る?」
「うん」
夕羽が好きなのは、パックの甘いカフェオレと、ぶどうの味のグミ。初めてそれを食べた時、ぶどう果汁が少しも入ってないことに驚いていた。
並んで歩く、長い影。
夕羽は朝雫より頭ひとつ身長が低い。ゆっくりとした夕羽の歩調に合わせて歩く。まるで世界中で2人きりみたいな気がした。
「朝雫」
名前を呼ばれて我に返る。夕羽に初めて名前で呼ばれた日を強く覚えている。初めて名前を覚えてくれた時、帰り道ひとりでガッツポーズした。
「これ美味しい?食べたことある?」
夕羽が持っているのはチョコレートでコーティングしてあるグミのお菓子だった。
「夕羽ちゃん好きだと思った。うん、美味しかったよ…買う?」
夕羽は僅かに首を傾げて、お菓子をカゴに入れた。
――――嬉しそう
少しづつだけれど、表情の少ない夕羽の感情の機微が分かるようになってきた。
だから……
小さなビターチョコのお菓子を手にして、じっとそれを見る表情の意味も分かってしまった。
どこか切なげで、
どこか悲しげで、
絶対に朝雫には向けられない表情。
「……っ、夕羽」
思わず呼んだ名前に、
思わず掴んだ肩に、
夕羽は驚いて大きな目を見開く。
茶色の綺麗な目には、酷く焦った顔の自分が映っていた。
「あの……ごめん」
「ん?」
「……」
さっきまでの表情は消えて、いつも通りの声のトーン、いつもと同じ瞳。儚くて掴みどころのない表情。
「朝雫?」
「あ、ごめん……それ買うの?」
「……」
夕羽は自分が手にしていたことも忘れていたようにビターチョコのお菓子を棚に戻した。
「ううん、大丈夫。行こ」
棚に戻されたチョコに描かれたキャラクターは、さっき見た夕羽と同じ顔に見えた。
「夕羽…ちゃん」
コンビニを出ると辺りは薄暗くなっていた。
「ん?」
「夕羽ちゃん」
「何?」
振り返った夕羽は残酷なまでに綺麗な顔で笑って見せた。
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