第4話 初めて誰かを思って造った存在

 リッターの小さな剣が、机の上の灯りを受けて淡く光る。


 頼もしい相棒を得た実感と同時に、俺の頭には別の顔が浮かんでいた。


 天宮心。あの女子高生だ。


 召喚された若者たちの中で、俺に声をかけてくれた唯一の子。


 ほかの連中は、巻き込まれたおっさんとして、俺のことを見下していた。


 三十五歳の模型好きサラリーマンが、学生たちに混ざって勇者召喚されている時点で、絵面からしておかしいのは自覚している。


 だが、それでも俺だって人間だ。


 よくしてくれた子には恩返しがしたい。


 天宮さんはこんな俺を頼ってくれた。外に知り合いがいると思えるだけで心強い。そう言ってくれた。


 あれは社交辞令だったのかもしれない。気を遣っただけかもしれない。


 それでも、異世界に放り込まれて不安で仕方ないはずの状況で、わざわざ俺に声をかけてくれたのだ。それだけで十分だ。


「我が主。何かお考えで?」

「ん? ああ」


 俺は机の上のリッターを見た。


「城に残る子のことを考えてた。天宮心っていう女子高生がいてさ。あの子、心細いって顔をしてたのに、俺に礼を言ってくれたんだ」

「優しい方なのですね」

「優しい、んだろうな。自分だって不安だろうに」


 俺は息を吐き、作業台の上へ視線を落とした。


 なら、やることは決まっている。俺にできるのは結局、これだけだ。


「リッター」

「はい、我が主」

「もう一体作ろうと思う」

「誰かを思ってお造りに?」

「ああ、あの子の心を少しでも和らげられればいい」

「承知しました」


 俺は収納箱から素材を引き出した。


 淡い白色の石。

 半透明の結晶。

 柔らかく光を返す薄金色の金属片。


 さっきリッターを作った時とは少し違う、明るくて優しい色味の素材を選ぶ。


 作る形は迷わなかった。


 リッターと同じく手のひらサイズのデフォルメ。


 だが、騎士ではない。


 礼儀正しく、寄り添ってくれるような、愛らしい天使。


 不安な異世界で、少しでも傍にいてくれる存在。


 護衛一辺倒ではなく、見ているだけで気持ちが和らぐようなものがいい。


 俺は椅子に腰を下ろし、素材を手に取る。


 まずは輪郭だ。頭は少し大きく、丸みを持たせる。目元は柔らかく、見上げた時に自然と警戒心が薄れるような線で整える。


 体はリッターよりやや華奢に。だが、か弱く見えすぎないよう芯は残す。


 衣装は天使らしいローブ調。ただし、ふわふわしただけの飾りにはしない。


 裾や袖には儀礼服のような整った意匠を入れる。礼儀と品を感じさせるためだ。


 背には小さな羽。大きすぎず、しかし確かに目を引く形。


 手には杖ではなく、小さな祈りの手を添えるような仕草を取らせる。


 戦うためというより、傍にいて励ますための存在にしたかった。


 削る。整える。磨く。


 白い石は驚くほど素直に刃を受け入れた。


 結晶は羽の縁に細く削り出すと、淡い光を返して綺麗だった。薄金の金属片は装飾に回し、首元や袖口に細く添えるだけで、一気に格が出る。


 集中すると、余計な音が消える。


 工具の感触と、素材の手応えだけが手に伝わる。


 俺は、作っている間にいろいろ考えていた。


 いきなり異世界に呼ばれて、勇者だ、魔王だと勝手に話を進められたこと。


 帰れるかどうかも分からないこと。


 俺はまだ大人だから、胡散臭いと警戒して距離も取れる。


 でも、高校生くらいのあの子は違う。


 疑っても行動の仕方がわからない。


 だけど、未知の世界で、俺が助けてやれる方法もわからない。


 彼女は不安で、怖いに決まっている。


 だからせめて、俺が城を出た後も、あの子のそばに、小さくても頼れる存在がいてくれるように。


 これは礼でもある。


 俺みたいなおっさんに、あの子はちゃんと人として声をかけてくれたのだから。


 気づけば、夢中で完成させていた。


 リッターを作った時とは少し違う。


 今度は、誰かのために作っているという感覚がはっきりあった。


 その差なのか、胸の奥が少し熱い。


「……よし」


 完成したそれを、俺は両手で持ち上げた。


 手のひらに収まる、小さな天使。


 頭身は低く、全体は愛らしいデフォルメだが、姿勢は正しく、柔らかい顔立ちの中にも品がある。


 羽は小ぶりながら透明感を帯びていて、ローブの端には薄金の装飾が光っていた。


 狙い通りだ。


 最後に感触を、ねんどろいど、のように愛らしさも追加した。


 こちらは寄り添うための癒やしの天使だ。


「我が主よ」

「ああ」


 机の中央に刻まれた魔法陣が、淡く光を帯び始める。


 白金色の粒子が、ふわりと浮かび上がり、小さな天使の胸元へ流れ込んでいった。光は静かだった。


 リッターの時より柔らかく、包み込むような輝きだ。


 そして、小さな天使の羽が、ぴくりと動いた。


 閉じていた瞼がゆっくりと開き、淡い金色を宿した瞳が俺を見上げる。


「はじめまして、創造主様」


 鈴の音みたいな、澄んだ可愛らしい声だった。


 天使は机の上で両手を揃え、ぺこりと丁寧に頭を下げる。


「私は、あなた様に造られた者です」

「うわ、本当に動いた……いや、二度目だけどさ」


 分かっていても、やっぱりすごい。


 しかもリッターとはまた雰囲気が違う。


 あちらが忠義に厚い騎士なら、こちらは物腰の柔らかい癒やし枠という感じだ。


 実際に、見た目は赤ん坊のように愛らしい。


「リッター」

「はい、我が主」

「やっぱり作風で変わってるな」

「主の意図が強く反映されたのでしょう」


 小さな天使は、俺とリッターの会話をにこにこと見上げていた。


 なんというか、見ているだけで空気が少し和らぐ。


「えっと、君にも聞いていいか?」

「はい、創造主様」

「君は、どういう役割なんだ?」


 なぜか創作物たちは、自分の役割や存在意義をしっかりと思っている。


 俺の意思だというが、正直に言えば集中しているとそこまで覚えていない。


「私は創造主様より、寄り添い、励まし、癒し、見守るために造られました。必要であれば護りや癒やしの魔法も行えます。リッター様ほどの武を担う存在ではございません。魔法と成長を創造主様からいただきました」

「魔法と成長?」

「はい。天宮心様を思い、守り、心を和らげることや、創造主様の意を汲んでお話しすることは得意かと。そして、天宮様と共に成長することを望まれました」


 ちゃんと狙った通りに生まれてくれたらしい。


「創造主様」

「ん?」

「私は、天宮様のために作られた存在ですか?」


 小さな天使の問いに、俺は一瞬だけ言葉を止めた。


「ああ……彼女は一人で心細いと言っていた。どうか癒してやってくれ。ただ一つ。もしも、君たちに魂が宿るなら、俺が作った者同士で争うのだけは禁止する。そんなことにはならないと思うが、どうかこの一つだけは守ってくれ」


 自分の作った者同士で壊し合うなんてそれほど悲しいことはない。


「承知しました。私は創造主様が作ってくれた長女です。今後、弟や妹たちを決して傷つけません!」

「ありがとう。リッターもいいか?」

「承知しました!」


 魂を宿す。それがどれだけすごいことなのか、実感はまだまだ薄い。


 だけど、彼らが幸せになることを俺は願う。


「私は誰かのために造られた存在です。それは創造主様の優しさが込められています。だからこそ嬉しく思います」


 その言葉に、胸の奥がじんとした。


 誰かのために作ったものが、そう言ってくれるのか。


 こういうのも、悪くない。


 いつもはインターネットを介したメールだったが、造った物から直接言われると余計に嬉しい。


「じゃあ、行くか?」

「今から渡しに?」

「ああ。城を出る前に渡しておきたい」


 俺は小さな天使を丁寧に両手で包み、リッターを肩に乗せた。


 リッターは当然のようにそこへ収まり、周囲を警戒するように視線を巡らせる。


「護衛はお任せを」

「頼むよ、相棒」


『造形部屋』を出て扉を閉めると消えてしまう。


 城の中に用意された、自分に与えられた部屋へ戻ってきた。


 少し不思議な気分だ。


 さっきまで俺の人生そのものみたいな工房にいたのに、今は城の一室。豪華だが落ち着かない、借り物の空間。


 俺は小さな天使を壊さないよう慎重に抱え、天宮たちが休んでいる区画へ向かった。

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