第1章:在宅型陰キャゲーマーの日常②

『お疲れ。これから野良? 一緒にやらない?』

『いいですよ』

 端的なチャットを返した次の瞬間には、相手から招待通知が飛んできていた。承諾ボタンを押すと、すぐに試合の待機画面に変わり、ヘッドセットから、明るい音声が聞こえてくる。

「お疲れ~! satoさん今日早いね!」

「お疲れ様です」

 一瞬だけマイクをオンにして無難な挨拶を返すと、すぐにオフにした。もう一つのモニターに動画の配信プラットフォームを表示させると、現在配信中の動画からも、同じ声が聞こえてくることが確認できた。

 相手は、俺に構わず話を続けている。

「え、satoさん? そーそー、俺のエコフレ!」

 俺は、その配信画面を消音モードで横目に映しながら、無言で待機画面のキャラクターに手を振る様なリアクションだけ取らせてみせた。別に、俺が目立つ必要はない。彼が今話しかけているのは俺ではなく、配信画面の向こう側にいるリスナーたちなのだから。

 Leoさんは、ゲーム特化の動画配信サイトでフォロワー15万以上という中堅規模の、界隈でも結構有名な人気ストリーマーだ。

 彼と知り合ったのは、丁度1ヶ月程前。俺たちがやっているこのゲームは、『ECHO FIELD(エコー・フィールド)』という近未来を舞台にしたよくあるバトルロイヤル型FPSゲームなのだが、そもそもこのゲーム自体が世間に配信開始されたのが、2ヶ月前のこと。(ちなみに、“エコフレ”とは、“エコー・フィールドフレンド”の略である)

 王道のバトルアクションだけでなく、相手の動きや位置を読んだり、罠を仕掛けるなどの情報・心理戦に力を入れており、索敵や回復・補助のようなサポーター役が輝ける要素が豊富に用意されていることが特徴だ。使用キャラクターも、それぞれ役割別に特化したスキルが振られていて、2~3人一組のチーム制ということもあって、どのように役割分担していくのかというチームアップから戦略が求められる。

 前線でガンガン攻め込むようなタイプじゃない者には、特化した役割に徹することができるこの手のゲームの存在は有難く、告知開始から注目していた俺は、配信開始早々に始め、当然の如くやり込みまくった。

 誘う友人もいないため、ひたすらランダムマッチングの野良プレイヤーとして、試合をこなす日々だったが、そんな中、偶然そのランダムマッチングでチームアップをすることになったのがLeoさんだった。

 マッチング後すぐに、「配信してるんですけど、大丈夫ですかー?」と言われた時には、面食らった。驚いたのは、配信の許可取りの件ではない。ヘッドセットから聴こえてくる声が明らかに陽キャのそれだったので、自分とあまりにもかけ離れた人種であることに動揺したのだ。

 とはいえ、会話は必要最低限。基本は淡々と無言プレイスタイルの俺にとっては、相手の配信がついていることはさほど問題ではなかったので、気軽に「いいですよ」と答えた。陽の波動に驚きはしたものの、配信者であれば、そんなものかもしれないとも思った。

 その初試合において、特段目立った活躍をしたつもりはないのだが、試合終了後、その場の流れで「折角なんで、フレンド申請してもいいですか?」と聞かれ、特に断る理由もなく、快諾した結果、今では、オンラインにさえなっていれば、今日のように試合に誘ってもらうようになった。俺は配信者界隈には詳しくないが、きっとLeoさんくらいになると、フレンド欄なんかそれこそ山のように名前が並んでいて、フレンド申請なんて挨拶のようなものなのだろう。片や、俺のフレンド欄はLeoさん一人という実にシンプルな有様だ。これが陽キャと陰キャの格差社会か。いや、友人関係が狭い代わりに深いのだ。せめて、そう思わせてほしい。

 目の前のモニター上では、すでに1試合目が始まっている。俺は、物資を調達して回りながら、索敵スキルで敵チームやアイテムの場所を特定しては、静かにマップ上にピンと呼ばれる仲間と位置情報を共有するためのマークを付けていく。

「おっ、そのピン助かる―」

 ヘッドセットから聴こえてくるLeoさんの声に、密かに自己肯定感をあげてもらいながら横目で配信のコメント欄を確認すると『いい仕事』『固定フレなん?』といったコメントが目に入り、更に気分がよくなる。フィールド周回も捗るというものだ。

 中には、『そういう役回りなんだから、別にフツーじゃね?』なんてコメントが飛ぶこともあるが、特に気にはならない。なんて言われたって、今、Leoさんと実際試合をやってるのは、俺なんでね。悔しかったら、一緒に試合してみたらドウナンデスカー? などと、実際に本人を目の前にしたら、陰キャの自分には100%口に出して言えないことを脳内だけで言い返していた。

「あ、回復入れます」

 時たま、思い出したようにマイクを一瞬オンにしては、用件だけを告げて切る。

「ナイスー」

「ナイス回復」

 Leoさんと、もう1人、野良で入っているチームプレイヤーからの声を受けながら、俺は淡々とフィールドマップ上に目を走らせていた。

 ひたすら職人的な作業を続けていく俺に対して、バリバリ前線アタッカータイプのLeoさんは、俺が立てたピンを辿りながら敵チームを悉く端から倒していってくれている。

 心の中で散々コメント欄を煽り散らかしておきながら、こんなこというのもあれだが、実際、俺のような一般通過プレイヤーなんかがLeoさんに誘ってもらえているのは、きっとこのプレイスタイルの相性の良さもあったのだろうということは、ちゃんと俺の中の冷静な部分では理解しているつもりだ。

 淡々とサポートに回る俺と、敵を片付けていってくれるアタッカーのLeoさん。配信者としては、目立つアタッカーの立ち回りの方が断然格好がつくだろうし、チームアップする相手の役割分担が事前に分かっているというのは、きっとLeoさんにとっても楽だったりするのだろう。最大3人までチーミングできるゲームなので、今現在のように、ここにもう1人野良プレイヤーが加わるのだが、2人の立ち位置が決まっていれば、3人目のプレイヤーは好きなプレイスタイルで動いてもらえる。

 端的に言えば、全体的に都合が良かったのだ。

 1試合目を勝利で終え、その後も勝ち負けを繰り返しながらプレイを続け、気が付いたら2-3時間が経過していた。ふとモニター上の時刻を確認し、そろそろ切り上げて風呂や飯といった日常生活のタスクをこなすかと考え始める。俺は長らくオフにしていたマイクをつけた。

「俺、そろそろ抜けますね」

「あ、もうそんなに経った? げっ、思った以上に時間経ってんじゃん! 俺も今日はこの辺で配信終了しよっかなー」

 ヘッドセットから聴こえるLeoさんの声に反応するように、コメント欄が『乙ー』『お疲れ様』のコメントで埋まっていく。

「satoさん、またよろしくねー」

「お疲れ様でしたー」

 ふぅ。退勤早々ゲームにログインできる快適環境だと、日常生活を投げうって没頭してしまうところは、この生活のちょっとした難点だな。そんなことを考えながら、Leoさんとの接続を解除すると、俺はヘッドセットを外して、その場でゲーミングチェアに体重を預けながら思いっきり伸びをした。

 ピコンッ

 そして、椅子を立とうとした次の瞬間、モニター上にdiscordの通知が表示されたことに気付く。

 理由はなんだったかもう忘れてしまったが、何かの折に登録だけして随分長いこと放置していた俺のdiscordアカウントは、ゲームアカウントと同様に、とってもシンプルな情報量となっている。

 俺は、通知が飛んできたトークチャットに、簡単な返答だけして、漸く席を立ったのだった。

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