第13話 やる理由を、せっせこ集めて
部活動もあらかた終わり。
各々帰路についていく中、自販機の前で俺は荒良々の言葉に首をかしげていた。
夕日の中にいる荒良々の頬はほんのり赤く、もじもじと忙しなく手を動かしている。
「なんでもって……え、なんでも?」
「そ、そうだ。と言っても、私にできること……だけどな」
「荒良々にできること……を、なんでも?」
「……ひ、ひとつだけだぞ。ひとつだけ。再試に受かったら、してやる」
ようやく荒良々の言葉を理解する。
なんて大盤振る舞いなんだろう。
「ほぉお……」
すごいなと思っていると、荒良々が慌てて取り繕うように口を開いた。
「ま、まぁなんだ。これも聞いたというか、男の子はこの条件を出せばシャカリキに頑張ると聞いてな。つ、つまり。さっきも言った通りこれは私が自発的に思いついたわけじゃなくて、テンプレを渋々拝借しただけに過ぎない。す、過ぎないんだからな!」
「な、なるほど」
さっきの鼓舞と言い、なんでゼロイチは自分じゃないことを念押ししたいんだろう。まぁ、荒良々の言うことをきちんと丸呑みするけど。
「ふ、風呂にはしっかり合格してほしいからな。だから、まぁ……再試に受かったら、なんでもひとつ言うことを聞いてやる。だから、その……これで、頑張れるか?」
「あぁ。ご褒美があるとわかれば俄然やる気が出る」
「ご、ご褒美……そ、そうか。私のこれは、風呂にとってちゃんとご褒美になるのか……ふふっ、そうか」
なんだか嬉しそうな荒良々。
今のどこに嬉しいポイントがあるのかはわからない。
それと、もうひとつ。
「でも、どうして荒良々がご褒美を用意してくれるんだ? 俺の再試なんて荒良々、関係ないだろ? 受かったって、落ちたって」
「っ! ……お前なぁ」
さっきまでぽわぽわしていた荒良々の雰囲気が、急に引き締まる。
「言っただろ? 風呂の問題は私の問題。そして、私は風呂の面倒を見る義務がある。だったら、私があの手この手を尽くしてやるのは当然の事だ」
「……いや、前からその義務にピンと来てないっていうか……」
「義務は義務だ。義務なんだ」
「でも……」
「義務があるんだ私には!」
「ゴリ押し?」
「これ以上話すことはない!!」
「え、いや……」
「いいな?」
「……いや」
「いいな?」
「…………うん」
頷くと、荒良々が満足そうに缶ジュースを飲み干す。
その流れで空になった缶をゴミ箱に捨てた。
「そろそろ下校時間だ。帰るぞ」
「あ、あぁ」
荒良々に続いて、缶をゴミ箱へ。
「帰っても勉強しろよ。私がなんでも言うことをひとつ聞いてやるんだからな」
「…………」
「……返事は」
「はい」
「よろしい」
上機嫌に俺の前を歩く荒良々。
全く持って釈然としない。
よく考えたら、荒良々がしてくれることのほとんどが理解できない。
でも、聞いたところで考えたところでよくわからないなら、今は潔く諦めた方がいいだろう。勉強しないとだし。
そんなことを漠然と考えながら、夕日の中に足を踏み入れた。
▽ ▽ ▽
それから、俺は頑張って勉強した。
荒良々監視の下、中休みでも勉強。
家に帰っても勉強し、荒良々が帰るまで勉強、勉強。
自分でも不思議なくらいに再試に向けて努力できており、やはりそれは荒良々によるところが大きかった。
荒良々に管理され、単純にサボれない。
さらに俺が勉強していると、荒良々がなんだか嬉しそうにしていて俺もなんか嬉しい。
そして、
「な、なんでもというのは……要するになんでもだ。お前が望むなら……まぁ、色々としてやらないこともない……ぞ? 色々……な。色々……」
このご褒美というのも大きい。
別にこれ以上荒良々に何かしてもらいたいわけじゃないけど。
でも、ご褒美ってなんか嬉しいし。
それに……それから。
「風呂、集中が切れてる」
「ごめんなさい」
「謝って許されるなら塾講師はいらないぞ」
「どういうこと?」
とにかく、勉強に集中だ。
こうして、日々は過ぎていき……金曜日の夜。
追試を月曜日に控え、荒良々が帰った後も机に向かっていた。
するとガチャリ、と扉が開く。
「タロー。今から動物園いこ」
「動物も飼育員も寝てる頃合いだぞ」
「寝てるところも見たい」
「……住居侵入?」
「飼育員の方じゃない」
わたげがとてとてと俺の下にやってくる。
すでにパジャマに着替えていて、よりふわふわゆったりしていた。
「何してるの」
「勉強だよ」
「珍しい」
「確かに、珍しいな」
「だから動物園いこ」
「だからって何?」
「わたげが突然、動物園に行きたくなったから」
「夜に突然動物園に行きたくなるものなのか?」
「なるもの。だからいこ」
「勉強中だし、今閉まってるよ」
「だからいこ」
「だからってだから何?」
夜の学校的なテンションで動物園行きたいのか? わたげは。
「月曜日に再試があるから、今は勉強させてくれ」
「タロー、どんなときも勉強しない人。私が知ってるタローはそう」
「俺の知ってるタローも勉強しないタローだよ」
「じゃあなんで?」
「え?」
「なんでタローは、勉強するタローになったの?」
わたげのくりっとした瞳が俺をまっすぐとらえる。
「なんで?」
知りたいという以外に雑念のない、わたげの純粋な問い。
色々と頑張る理由はある。
けれど、今はこの問いに対して最も中心にあるものを答えるべきだと思った。
わたげのきゅるんとした瞳に引き寄せられるがまま、俺は答えた。
「荒良々が俺のために色々してくれたからな。それに応えたいんだ」
俺の返答に、わたげが目を丸くさせる。
「それって……トラ子が好きってこと?」
「え?」
「好きってこと?」
「……まぁ、そういうことになるか」
言うと、わたげが小さく微笑む。
「そっか。トラ子も好きで、タローも好き。だから勉強するタローなんだ」
「そう、だな。たぶん」
「よくわかった」
わたげがゴソゴソとポケットを漁り、机に飴をひとつ、ぽんと置く。
「これ食べて、頑張って」
「……あぁ、ありがとう」
またひとつ、頑張る理由をもらった。
それが心に、じんわりとぬくもりをくれる。
「ありがとな、わたげ」
「うん、ありがと」
わたげがとてとてとドアへ向かう。
俺も勉強を再開しようとシャーペンを持ったところで、わたげがぺたっと足を止めた。
くるりと俺の方を振り返り、
「今やってる動物園ってある?」
「ないよ寝ろ」
「じゃあ水族館は?」
「あるかもだけど寝ろ」
「うん、ありがと」
わたげがぺたぺたと歩いていく。
「寝ろよー」
「うん、ありがと」
バタン、とドアの閉まる音が聞こえる。
「……よし、頑張るか」
▽ ▽ ▽
日曜日の朝。
「ふはぁああ……」
瞼を擦り、あくびをしながら寝室を出る。
普段使わない頭を酷使しているせいで、いつもより数段眠い。
だが、昨日に引き続き今日も休日。
荒良々はいないし、自分で計画的に勉強を進めなければいけない。
ふと、リビングからじゅ~という耳心地のいい音が聞こえてくる。
なんだか、懐かしい。
「ふはぁああ……」
もう一度あくびをし、リビングへ。
「おはよう、風呂」
「おはよう」
「遅かったな。昨日夜更かしでもしてたのか?」
「いや、いつもくらいの時間に寝たよ」
「そうか。偉いな」
「ありがとう」
いつものようにソファに腰かけ、太陽の光を浴びる。
カーテンは……なんか開いてるな、うん。
「お腹は空いてるか?」
「空いてる」
「じゃあご飯、多めにしとくな」
「ありがとう」
今日も勉強か……やだなぁ……。
「…………ん?」
目をぱっちりと開き、キッチンの方を見る。
「どうした?」
「……いや」
いつもの青いエプロンを身にまとい、きょとんと首をかしげている彼女。
やがて笑みをこぼすと、腰に手を当てて言った。
「どうしたんだよ。そんなおかしなものでも見たような顔して」
「一言一句その通りだな」
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