第3話 たぶん、作りすぎちゃうだろうから


 ――二時間前。


 HRを終え、ダラダラと帰り支度をする。

 するとふと、となりから視線を感じた。


「なんだ荒良々」

「! ……なんだ風呂」

「いや、なんだは俺のなんだなんだけど」

「そうか。じゃあなんだは返す」

「ありがとう」


 おかえり、なんだ。

 ……なんだ?


「いや、視線を感じたんだけど……」

「気のせいだ。それは間違いなく気のせいだ」

「そうか?」

「そうだ」

「……そうか」


 ならいいか。

 用がないならなんだっていい。


 支度を済ませ、帰ろうと立ち上がる。


「帰るのか?」

「あぁ」

「真っすぐ家に?」

「真っすぐ家に」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

「……そうか」


 荒良々が頬杖を突き、窓の外に顔を向ける。

 そのとき、荒良々の指に何枚も絆創膏が貼られているのが目に入った。


「どうしたんだ? そんなに絆創膏して」

「っ! こ、これは……まぁ、色々あって」

「……そうか」


 可哀そうだなとぼんやり思っていると、荒良々が慌ててつけ足す。


「べ、別に喧嘩したとかじゃないぞ! そもそも私は喧嘩するようなタイプじゃないし、したことだって……」

「わかってるよ」

「え?」

「荒良々は喧嘩するような人じゃないって、わかってるよ」

「っ!!」


 荒良々が指を忙しなく動かしながら、顔を少し伏せる。


「そ、そうか……ならよかった」


 そう呟いて、パーカーのポケットに手を突っ込んだ。


「じゃあな」

「あぁ……また」


 鞄を背負い、教室を出る。


 なんだか最近、荒良々とよく話している気がする。

 前よりもずっと態度がやわらかいし、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「ま、いい人だもんな、荒良々」


 なんて呟きながら歩いていたら、また曲がり角で人とぶつかった。


 気を付けようと思った。




















 リビングのソファーに寝転がり、漫画を読む。


 基本的に学校から帰ってきたら寝るか食べるか読むか見るか、まぁ寝るか。


「ふはぁ……」


 時刻は夕方の六時。

 疲れてきたし、夕飯前の一睡でもかまそうとしたところでインターホンが鳴った。


「はぁーい」


 のろのろと扉を開け、ピタリと固まる。


「…………」


 何も言わずに俺を真っすぐ、キリっと睨んでくる彼女。

 

 同じくらいの身長なのに、存在感と威圧感で俺よりずっと大きく見える。

 それに今、目の前にいることの違和感が凄まじく、何度もまばたきを繰り返した。



「えっと……どうした? 荒良々」



 俺が言うと、荒良々がハッと我に返り、ビクッと肩を震わす。

 黒い毛先をいじりながら、「えっとだな……」と言葉の先を探す。


「た、たまたま風呂の家の近くを通りかかって……」

「たまたま?」

「ほ、ほんとにたまたまだ。たまたまなんだ。……たまたま」

「たまたま……ってか荒良々、俺の家知ってたんだな」

「っ! えっと……あー…………た、たまたま。たまたま知ってたんだ」

「へぇ……え、住所たまたま知ってることある?」

「あ、あるだろ普通に。世界は風呂が思ってるよりもずっと広いんだぞ」

「……まぁ、確かに」


 それを言われると何も言い返せない、気がする。


「あ! それから……」


 荒良々が思い出したように右手に提げた袋を掲げる。




「たまたまスーパーで食材を買いすぎてな。作りすぎちゃうだろうから、お裾分けに来たんだ」

「相場作りすぎてからじゃないか?」




 ・・・。


「あ、あるだろ普通に。世界は風呂が思ってるよりもずっと広いんだぞ」

「……まぁ、確かに」


 それを言われると何も言い返せない、やっぱり。


「夕飯、まだだろ?」

「まだだな」

「ならちょうどいいな」

「ちょうどいいけど」


 荒良々がグイっと扉の隙間に足をねじ込んでくる。


「じゃあ、上がらせてもらうな」

「え?」

「へぇ、ここが風呂の家の玄関か。綺麗にしてるんだな」

「えっと……え?」

「あ、お邪魔します」

「遅いな」


 ズカズカと風呂家に上がる荒良々。

 

 ……まぁ、よくわかんないけど別にいいか。

 断る理由もないし。


「へぇ、広いな。二部屋もあるのか」

「1LDKだからな」

「うんうん、意外に綺麗にしている。偉いな」

「まぁ、ありがとう」


 褒められたらなんでも受け取るのが吉。


 それからも、荒良々は「ほぉ」とか「ふぅん」とか「はぇえ」とか、声を漏らしながら風呂家を物色した。


 全く持って理解できないが、ここも「郷に入っては郷でゆっくり」の精神。この場合、入ったというより入られたの方が適切なのだが、細かいことはワカチコ。


 そして、荒良々がキッチンにレジ袋をドンと置く。


「キッチン借りるな」

「どうぞ」


 腕に着けていたヘアゴムで髪を一つ結びにし、エプロンの紐をキュッと結ぶ。

 よしっ、と小さく呟くと食材を取り出していく。


「何を作りすぎる予定なんだ?」

「肉じゃがだ。肉じゃがを作りすぎる予定だ」

「へぇ、肉じゃが」

「男の子で嫌いな人はいないと聞いたし、栄養価も高い。それに家庭的なところをアピ……んんっ。まぁとかく、美味いからな。作りすぎるには絶好の一品だ」


 確かに、肉じゃがは美味い。作りすぎてもいい。なおいい。


「っていうか荒良々、料理とかするんだな」

「! ま、まぁな」


 答えながら、ジャガイモとニンジンの皮をむく。

 

「それで……えー……」


 ぱたりと固まる荒良々。

 しばらくして、俺をちらっと見てからスマホを取り出し、「ふんふん」と頷く。


「……なるほど、そうだったそうだった」


 思い出したようにジャガイモの芽を取り除き、ニンジンの根元を切り落とす。

 しかし、その手はぷるぷると震えていて、明らかに包丁を使い慣れてない人のソレだった。


 俺がじーっと見ていると、あっぷあっぷになっている荒良々が弁明するように俺に視線をよこす。


「ふ、風呂家のキッチンに慣れてないだけだ。それだけだ」

「キッチンってどこも一緒じゃないか?」

「そんなことはない! そんなことは……ない、から。ないから!」

「……そうか」


 荒良々がそこまで言うなら、そうなんだろう。

 

 それから玉ねぎの根元を切り落とし、手を止める。


 またしても俺をちらっと見て、スマホを確認。

 「ふんふん」と頷き、ジャガイモをまな板に並べた。


「……よしっ」


 ゴクリと唾を飲み込むと、ジャガイモに包丁を向ける。

 その手はやっぱりブルブルで、危なっかしさしかなかった。


「あ、荒良々?」

「っ! だ、大丈夫だ。お前は心配しなくていい」

「でもな……」

「心配しなくていい! ソファーでゆっくりしててくれ。私が……私が終わらせるから」


 終わらせるってなんだよ。


 緊張した面持ちで包丁を動かす荒良々。

 しかし、猫の手も何もかもできていなくて、包丁はジャガイモの表面を滑り、カン! とまな板を打った。


「……荒良々?」

「大丈夫だ! 大丈夫だから!」


 カン! カン! カン! カン!


「お、おかしい……全然切れないぞ……」


 カン! カン! カン! カン! カン! カン!


「硬いのか? このジャガイモ、硬いのか?」


 カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン!



「くっ……こうなったら手で……」

「ストップストップ」



 さすがに見てられず、荒良々から包丁を取り上げる。


「あぁっ……私の包丁……」

「荒良々、ちょっと見ててくれ」


 ジャガイモをしっかり押さえ、縦に四等分に切る。


「そんで横向きに置いて、斜め四十五度に刃を入れる」

「おぉ……」

「ジャガイモを手前に九十度回して、また斜め四十五度に刃を入れる。これがいわゆる乱切りだ」

「なるほど……」


 荒良々が興味深そうに声を漏らす。


「風呂、料理できたんだな」

「一人暮らし始めて一年以上経つからな。普段料理しないけど」

「そうか……なんだ、私いらなかったな……」


 しょんぼりと荒良々が俯く。


 その手には相変わらず絆創膏が巻かれていて、ふと気が付いた。


「あ。もしかして、その怪我……」

「っ! ち、違うぞ! 私は普通に料理できるからな!」


 あの手つきでさすがにそれは無理があるだろ。


 そう言おうと思ったが、荒良々が顔を赤らめて俺をじっと睨んできたのでやめておいた。

 

 荒良々が言うなら、疑う必要もない。



「じゃあ、あとはお願いしていいか?」

「あ、あぁ………………がんばる」



 荒良々が一息つき、ジャガイモに包丁を向ける。

 

 そしてまた、カン! とまな板を打った。

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