第4話 法の中身
「先生、その『改善基準告示』って何ですか?」
正木が福寿に尋ねる。
「簡単に言うとね、これ以上働かせたら危ないという、デッドラインのこと。正確には『自動車運転者の労働時間等の改善のための基準』というもので、年間・月間の拘束時間、1日の休息時間を示したものよ」
正木がメモを取る。
「休息時間は、勤務終了後から次の出勤まで継続11時間以上取れるように努めることを基本として、継続9時間は下回ってはいけないことになっているのよ」
「え…じゃあ、完全にアウトじゃないですか…」
正木が顔を上げる。
「もちろん、これだけではないんだけどね。ねぇ三枝さん、この状況を会社に指摘したことは?」
福寿が三枝に尋ねる。三枝は弱々しい視線を福寿に返す。
「はい。何度か社長と、運行管理者には言いました。でも、『補助者は黙ってやれ』『嫌なら辞めろ。会社に損害を与える給料泥棒はいらない』と」
「給料泥棒って…」
正木がつぶやき、ソファの隣に置かれた小さな椅子から立ち上がった。
「愛ちゃんは間違ってないよ、一人で抱えたら駄目だよ!ねぇ先生」
正木が熱を込めて話し、福寿に顔を向ける。
「三枝さんは、どうしたい?私にどうして欲しいかしら」
「父を助けていただきたいのはもちろんです。このままでは、取り返しのつかない事が起きそうで…でも…」
消え入りそうな声で、三枝は言葉を絞り出す。
「父だけでなく…他のドライバーも助けていただきたいです…」
視線を落とす三枝を、福寿が優しい目で見つめる。
「分かりました。三枝さんの思いは十分伝わってきたわ。ただね、三枝さん…」
福寿が姿勢を正して座り直す。
「私には立入検査のような強制権限はないの。もちろん捜査権もない。その中で、私が社労士として何が出来るか…」
三枝は小さく頷いた。
「正木君、このノートをコピーして、内容と『改善基準告示』の違反箇所を照合して欲しいの。三枝さん、ノートをコピーさせてもらうわね」
三枝が同意すると、正木がノートを手にコピー機へ向かった。
「それから三枝さん。もう少しだけ会社で証拠を集めてほしいの」
「証拠…?」
「ええ。上司が何らかの『改ざん』を命じた記録になるもの。例えば音声、あるいは修正される前の日報の写真。それがあれば、運輸局を動かせると思う。勇気がいることだけど、出来るかしら」
三枝は俯いたまま唇をかみしめ、しばらく考えている。そして顔を上げた。
「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが…頑張ってみます」
正木が三枝にノートを返す。
「元々は、こんな無理を強いる会社ではなかったんです。ただ、新型感染症による行動制限などで売上が悪化し、別の資本による経営に変わってしまい…そこから、今の様になってしまって…」
三枝が、かつての会社との違いを福寿と正木に話した。
「それなら尚更辛いわね…」
福寿は視線を落とした。正木は茶菓子を小さな紙袋にまとめて、三枝に渡す。
「帰ったら食べて」
福寿が伝えると、三枝は深く頭を下げて事務所を出た。
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