二十八歳、独身。
地方の量販店で魚を売る綾瀬翔は、ある春の夜、駅のホームで人生の終わりを迎えた。
――はずだった。
目を開けると、そこは音も温度もない白い場所。
案内人から与えられた選択の末、翔は中学一年の春から、自分の人生をもう一度辿ることになる。
吹奏楽部で手にしたコントラバス。
初めて自分の「好き」を受け取ってくれた村上晴音。
何も聞かずに隣にいた友人たち。
鳴った音。
鳴らなかった音。
言えなかった言葉。
言えたあとに残ったもの。
高校を卒業し、大学へ進み、音楽にのめり込み、恋をし、働き、旅をして、酒を覚え、就職活動に迷い、やがて社会へ出ていく。
けれど、人生をやり直したからといって、すべてがうまくいくわけではなかった。
正しくやれば、正しく返ってくる。
結果を出せば、ここにいてもいい。
誰かに選ばれなければ、自分には価値がない。
翔を最後まで追い詰めたのは、失敗した出来事だけではない。
いつの間にか自分の中に作り上げていた、いくつもの法則だった。
それでも、何も残っていなかったわけではない。
指が憶えていた音。
くだらない昼休み。
誰かと並んで歩いた帰り道。
途中で閉じられなかった会話。
届かなかったと思っていたものは、形を変えながら、ずっと翔の中に残っていた。
これは、過去を変えて成功する物語ではない。
終わったはずの人生をもう一度歩きながら、自分が何を受け取り、何を読まずに捨ててきたのかを知る物語。
自分の心の底から届き続けていた、未読の手紙。
その一通に、返事を書くまでの物語。
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